6. 闇の精霊を召喚したのは

 放課後は他のクラスメイトにも事情聴取をするという名目で、ディアナは隣室で待機することになった。

 学生議会室の続き部屋はこぢんまりとしているが、二人がけのソファとテーブルがあり、学生議会のメンバーがくつろぐ場所として重宝されているらしい。

 そして、監視役として残っているのが、ロイヴァートに付き従っていた従者だ。腕章はなく、学生議会のメンバーではないらしい。紅茶と焼き菓子を用意してくれる手際はプロ並みで、つい見入ってしまう。


「何か?」

「あ、いえ。……なんでもありません」


 言葉を濁すと、従者はコホンと咳払いをした。


「僕はシアン・オースターンと申します。学年はあなたの二つ上。ロイヴァート殿下の護衛兼従者をしています」


 すらすらと自己紹介を始められ、言葉を失う。シアンは小首を傾げた。


「違いましたか? 僕の正体が気になっているようでしたので」

「……顔に出ていました?」

「まあ、そうですね。あなたはわかりやすい」


 素っ気なく肯定されてしまい、自然とうつむく。自分に交渉事が向いていないの薄々感じていたが、第三者からの評価は思ったより心をえぐった。


(そっか……私ってわかりやすいんだ……)


 落ち込んでいると、ふと薄茶の瞳と目が合う。

 ディアナより少し背が高いくらいなのに、余裕のある微笑みを向けられて恥ずかしくなる。場慣れしていない経験の差が浮き彫りになったみたいだ。


「犯人は……見つかるでしょうか」


 隣では、クラスメイトがロイヴァートの質問に答えているはずだ。その中にはケイトもいるだろう。


(闇の精霊を呼び出すなんて真似、誰が何のために……?)


 理由がわからない。あの切り込みは闇の精霊の仕業なのだろうか。


「殿下が主導で捜査なさっているのですから、きっと見つかるでしょう」

「……信頼していらっしゃるんですね」

「あれでも学生議会長ですからね。殿下が見つけると言ったら見つけてくれますよ。だから、あなたは安心して待っていてください。それが殿下の望みですから」


 テーブルに載せられたティーセットとシアンを見比べていたが、赤髪の従者は静かに頷いてみせる。


(私は……ただ待っているだけでいいの?)


 おそらく、ロイヴァートに任せていればいいのだろう。彼なら余計な諍いも招くことなく、スムーズに事件を解決に導くに違いない。

 だけど任せきりというのも、心が落ち着かない。疑われているのは自分なのだから。


(何か手伝えることはないかしら……)


 ディアナの助けなど、必要とされていないかもしれない。けれど、ここで待つだけというのも苦痛だった。自分のことなのに、何もできないなんて。

 両手を握りしめて耐えていると、不意にドアが開く。


「闇の精霊を召喚したやつがわかったぞ」


 ロイヴァートが首元のネクタイをゆるながら、ディアナの真向かいに立つ。


「だ、誰だったの?」

「クロイツだ。彼の友人のダミアンが証言してくれた。だが、面白半分で呼び出したものの、すぐに精霊は消えたそうだ。つまり、あの状態になったのは闇の精霊のせいではないということだ」


 クロイツはクラスの中心人物の一人だ。ムードメーカーでもあり、いつも人に囲まれている男だ。ダミアンは細身のフレーム眼鏡をかけた、クロイツの歯止め役だ。少々きつい物言いをするが、言っていることはどれも正論という堅物タイプだ。


「ですが、これでディアナが犯人という線は消えましたね」


 シアンの声に、ロイヴァートはかぶりを振った。


「いや、そうとも限らない。お前はすぐに寮に戻ったそうだが、クロイツたちがいなくなった後に小細工をしたと考えられている。真犯人を捜し出さない限り、犯人の有力候補であることに変わらない」

「そんな……」


 新事実が判明しても、状況は変わらないというわけか。


「カーテンに悪戯をしたのは何かの鬱憤を晴らすためか、ディアナを犯人に仕立てあげるための細工か。どちらかだろうが、正直わからないな」

「殿下、闇の精霊を呼び出したときにはカーテンは無傷だったのですか?」


 顎に手を当てていたシアンが質問を投げかけると、ああ、と頷きが返ってくる。


「そのときは無事だったらしい。だから、事が起こったのはその後だ。一応、そのカーテンは回収済みだ」

「…………」

「ディアナは浮かない顔だな。まあ、無理もないが」


 ロイヴァートは壁にもたれていた体を起こし、ディアナが手をつけていないフィナンシェを取る。気づいたときには半分が彼の口に入っていた。


「これからクラスに行って実況見分をするが、ディアナもついてくるか?」

「……もちろん、行くわ」


 フィナンシェを二口で平らげ、シアンがドアを開ける。ロイヴァートが続き部屋から廊下に出て、その後ろにディアナも続く。


「シアンは違う方面から捜査を続けてくれ」

「かしこまりました」

「では、行くぞ」


 命令するのに慣れた背中だ。自信にあふれた後ろ姿は姉と同じもので、既視感を覚える。

 渡り廊下を通り、普通教室棟の四階へ向かった。

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