3. ルームメイトが冷たいです

 転入続きを済ませ、学園寮に向かう。

 与えられた部屋は二人部屋だ。同室の子に挨拶をしなくてはいけない。


(どんな子かな……友達に……なれるといいな)


 期待を膨らませて、ドアをノックする。どうぞ、と返事があったのでドアノブをゆっくり傾けると、ベッドに腰かけた女の子と目が合う。

 紅茶色の髪は波打って腰まで伸びている。睫毛が長く、顔の輪郭も小さい。つり目がちな茶色の瞳は意志が強そうで、ディアナは内心ひるむ。


「なに?」

「今日から一緒に過ごすことになりました、ディアナ・ミルレインです。どうぞよろしくお願いします」


 緊張で声がかすれたけど、最後まで噛まずに言えたことにホッとしていると、ぼそりとつぶやくような声が聞こえてくる。


「……フロラル・マイヤーよ」

「よ、よろしくね」


 精一杯の笑顔を張りつけ、ぎこちなくも挨拶の手を差し出す。

 しかしながら、彼女は一瞥しただけで、すぐに本へと視線を戻した。


「……私は親しくするつもりはないから」

「え?」

「最低限の会話はする。でも、それ以上は遠慮して頂戴」

「…………」


 一方的に宣言され、ディアナは言葉を失った。


(早くも線引きされちゃった……)


 こんなギスギスした雰囲気の中、やっていかなければならないのか。あわよくば、同性の友達とお近づきになれるかと思ったが、仲良くなる夢は儚く砕け散った。


         *


「君か。編入試験に合格した『新月の巫女』というのは?」

「……!」


 ディアナは頬を引きつらせた。

 まさか他国に来てまで、その呼び名を聞くことになるとは思わなかったからだ。


(でも、そうか。敵国の情報は握っておきたいはずだから、月宮殿にも間者が紛れこんでいたんだとしたら……合点がいくわね)


 がやがやとした職員室で顔合わせしたフォルカーは担任の教師だ。

 担当教科は世界史。鳥の巣みたいな髪に垂れ目で、けだるげな雰囲気を隠そうともしない。二十代後半と推定されるが、面倒事はごめんだと顔に書いてあって、いろいろと残念な男である。


「満月の王国からやって参りました。ユリア女王の妹、ディアナでございます。これからご指導、よろしくお願いいたします」

「ふん。せいぜい、おとなしく過ごすことだな。無事に生きて帰りたければ」


 フォルカーは眼鏡のブリッジを指で押し上げる。


「……肝に銘じておきます」

「ついて来い。教室へ案内する」


 椅子から立つと、意外と上背があるのがわかる。頭二つ分大きいフォルカーの後に続き、階段を上る。渡り廊下を歩いて突き当たりの教室に入っていく。

 フォルカーが中に入ると、騒がしかった教室内が一気に静かになる。しかし、彼の後ろに続いて入ってきたディアナに気がつくと、こそこそと囁く声がする。


「今日は、満月の王国からの転入生を紹介する。ほどほどに仲良くしろよ」


 壇上に上がったフォルカーが目配せし、ディアナが一歩前に出る。教室内の好奇の視線が集中し、目を瞬く。


「は、初めまして。ディアナ・ミルレインと申します。よろしく……」


 続くはずの言葉は途中で遮られ、矢のように次々と質問が飛び交う。


「ねえねえ! 満月の王国から来たって本当?」

「女王の妹と同じ名前だよね。わざわざ敵対国に乗りこむなんて、宣戦布告とか?」

「満月って大きいの? ずっと夜が続くってどんな感じ?」


 どう反応すればいいか困っていると、フォルカーがパンパンと両手を叩く。


「静かに! 質問は休憩時間にしなさい」


 水を打ったように静かになった中、窓側の後ろの席に腰を下ろす。隣にいたフロラルは視線をさっとそらした。


(前途多難だわ……)


 自分を守れるのは自分だけ。まずはこの教室に溶け込むことが目標だが、それも怪しい。友好条約を結んだ国とはいえ、心のどこかで敵国の人間という認識は根強いはずだ。

 フォルカーが連絡事項を話す間、ディアナは心の中でため息をついた。

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