ケガレチ ~穢れ地~
密(ひそか)
ケガレチ ~穢れ地~
いきなり野生化する友人がいた。気に入らないことがあると他人の腕を噛むのである。
思い返せば、あの土地は友人だけじゃなくて野生化する人が多かったと思う。
とくに教師が暴走するのを何度も目撃した。暴力に走る者、非常に暗い者、突然、授業中に劇を演じる者、自己主張が強く、生徒の意見を聞かぬ者。ただの自己中心的な性格が多かっただけなのだろうか。
小学校の旧校舎の取り壊しの話である。旧校舎は3階建ぐらいの木造であった。見た目も内部も朽ち果てる寸前のボロボロ状態であった。取り壊しの2週間前に、当時の校長先生が全校集会で「せっかくだし貴重だから自由に入っていいよ」と生徒に出入り自由にさせていた。
貴重な建物ということで取材する者が何人か来るらしい。その他にも何の関係者か分からないが、当時、複数の大人が旧校舎を訪れていた。
しかし、当時、旧校舎が何だか怖いといって近寄らない生徒もいた。
小学校低学年の頃の話である。突然、教室内で暴走した先生がいた。始業を知らせるチャイムの音とサッカーボールを床につく音と緊急業務放送が重なって、「うるさい、うるさい」とパニック状態に陥った。その直後、サッカーボールを床についていた生徒を押し倒して生徒に馬乗りになると、その生徒の体を床に何度も叩きつけていた。
教室にいた生徒は固まって動けない。偶然、廊下にいた違うクラスの生徒が走って、他の先生を呼んできてくれた。呼ばれた先生が暴走した先生を止めて、事情を聞いても「あいつがボールをつくから」と暴走理由を述べたきりである。
その生徒は、その後、学校に来ていたかどうかは覚えていない。ただ、2週間後に転校してしまったことだけは覚えている。
その子は当時、TVでやっていた人間ポンプの話やら何やらでよく笑わせてくれた子だった。いろいろなお話をしてくれたことを覚えている。
その子が転校する日、担任は普通に今日でお別れだと紹介していた。担任の隣りで無言のままで立っている生徒。そこに笑顔はなかった。
中学校に上がると、クラスでコックリさんが流行っていた。コックリさんに夢中になりすぎて、授業中に気が散る、宿題をやってこないなどの生徒が出てきた。担任が「コックリさんはやめろ。絶対にやってはいけない」と注意するほどであった。
それでも隠れて、放課後に教室や家でコックリさんを続ける生徒がいた。ハマってしまうとなかなか止められないものらしい。コックリさんは一人では出来ないものであるから、よく友だちに誘われたものであった。
中学の時に、途中で精神病者になってしまった先生がいた。その人は人気があった先生だった。基本、臆病で穏やかな性格だった。でも、変わった後に一言いっていた。「○○さんは、お話してくれるんだね。ありがとう」
先生が変わってしまってからも、先生の基本的なところは変わってはいないと思った。しかし、先生の周りの人はかなり変わってしまったのだろう。
私はただの生徒であったが、先生の親しい人ほどどうなっていったのだろう。
そういえば、あの街のところどころに暗く黒いものが見えた。
小学校の時に友だちの家に遊びにいった時のことである。その時に、外で遊んでいたら家の人以外にいわれた。「いい、覚えておいてね。あそこへ行ってはダメよ」
その人の指差す方角を見た。友だちの家からかなり離れていた場所である。祠か何かがあるといっていたが、ここからだと小屋っぽいものしか見えなかった。しかし、風景の中に黒いものが浮かび上がっていた。
別の地区の話である。普段は人が入らない、立ち入り禁止の場所があるのだと聞いたことがある。
以前に、私はその辺をバスに乗って通りがかった。バスから外を眺めると昼間なのに風景の中に黒いものが見えた。そのバスに何度か乗ったが、だんだんと黒いものがなくなっていった。
高校入学からまもなくの頃である。
クラスの1人が暗い顔をしていた。その子はとても可愛かったが、表情がとても暗いのである。隣りに新しい友だちがいた。
時折、その2人の会話や他の人の会話が聞こえた。
暗い顔の少女が、
「時々、手が震える」といい、
「ちゅうき」
という。いわゆる自虐ネタである。他の子が、
「ちゅうき?」
と聞くと、暗い顔の少女が、
「手が震えていると『ちゅうき』とかいわれる」
と笑っていた。少女の親友が、
「ヤバイ、ヤバイ」
といっていた。
ある日、2人の会話がはっきり聞こえた瞬間があった。それは、2人で同じ言葉を繰り返していただけである。
「しょうき?」
「しょうき?」
私は、この2人の会話に勝手に字を当てた。
「瘴気?」
「正気?」
2人の隣りでニヤニヤしていた少女がいた。彼女は、暗い顔の少女の元友だちだった。入学当時、暗い顔の少女のそばにいた少女である。その子は私の視線に気がついた。それから卒業まで、その子に親の敵みたいに冷たくあしらわれた。
暗い顔の少女はだんだんと笑顔が多くなっていった。高校に入って、新しい友だちが出来たことがよかったのだろう。
親の転勤でこの土地に引っ越して、初めの頃の話である。
自宅の外で一人で遊んでいた私に、通りすがりの大人が話しかけてきた。
「お前、どこから来ただ? 何しに来ただ?」
私は疎外感を受けた。何でこんなことをいうおじさんがいるんだろう。何故こんなところへ親は引っ越して来たのだろう。とても悲しかったのを覚えている。
だいぶ、あとになって「内と外の文化」を知った。田舎特有の知り合いとそうでない者への態度をきっちりと分ける文化である。
と同時に「内は秘密を知られたくない」ということがあると知った。
これは親の転勤で、いままでに行ったこともない、知り合いもまったくいない土地に住んだときのお話である。
ケガレチ ~穢れ地~ 密(ひそか) @hisoka_m
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