孤独な月
松本玲佳
1.混沌
天上から音楽が聴こえてくる。
何の楽曲だろうと耳を傾けてみると雷の音だった。地震でもないというのに私は咄嗟にテーブルの下に隠れる。せっかく読書が捗っていたというのに何という仕打ちだろう。お気に入りの本を抱えながら小刻みに震える私。カーテン越しから不気味な色が光ったと思うと、直後激しい音が響き渡る。大袈裟に捉えてしまえば神の怒りなのかもしれないが、本当の神はもっと温厚であるに違いない——そんな憶測を立てながら狭いスペースで頑なに目を瞑り深呼吸を繰り返していると、いつの間にか静寂が訪れていた。
溜め息を前方に伸ばしながら芋虫のように這って元の位置に戻り、飲みかけだったブラックコーヒーを口にするとすっかり冷めてしまっていた。このことから数秒しか経っていないと思っていたはずが、実際にはかなりの時間が過ぎ去っていたということが窺える。部屋の中で最も勇敢なのは蛍光灯だろう。何しろ人間である私がここまで逃げ回っていたというのに、蛍光灯ときたらまったく臆することなく煌々と輝き続けていたのだから。賞賛に値すると同時に恋人にしたいほど頼もしい存在なのは明白である。
今夜は眠れるだろうか。ベッドの上に寝っ転がると不安が頭の中をよぎる。同時に自分を落ち着かせようと必死になるのだが如何せん呼吸は乱れたままだ。私は絶望的なまでの孤独を得た。そう、死にたくなる程の美しいネガティブな感情は今この瞬間、地球という名の青い惑星を微かに揺らしている。そんなことを考えていると、何処からか声が聴こえてきた。どうせ幻聴だろうと耳を塞ぐが、それでも声は鳴りやまない。もはや睡眠どころではない。いっそのこと明日の朝まで眠らずに頭の中を整理しよう。自分を癒すことが出来るのは自分しかいないのだ。
世界は病んでいる。ありとあらゆる文明が発達したのはいいが、人類はそれに反比例して退化の道を辿ってきたと言えよう。そんな世の中で私は何が出来るだろうか。ただ酸素を吸って二酸化炭素に愚痴を混ぜ合わせて吐き出している現状を速やかに変えたい。いつから私はそんな人間になったのか分からない。考えられる要因が身近にあるのではないかと考えると、真っ先に浮かんできたものがある。スマホだ。この小型通信機器を今すぐ破壊してしまおう。私は枕元にあるスマホを睨みつけながら呟いた。
「ごめんね、孤独になりたいの」
おもむろに立ち上がり、スマホを床に置くと躊躇することなく何度も何度も踏みつける。悲鳴が聴こえたような気がするが、そんなのは無視。激しい音が四方八方に響き渡る。ひび割れた画面を見下ろすと、ようやく私の口元は緩んできた。
「バイバイ」
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