第5話 ドワーフの棲家で

 マザーはドワーフ達に頼んで、アンデルさんの家から、一番古い水甕を急いで持って来てもらい、「時戻しの水薬」を無事に収めた。


「これで終わり。良かったー」


「「「ハックション!」」」

 途端に、モリアーティと五代目と私が、揃ってくしゃみをした。


「あ、忘れてた。今乾かしてあげるわ」


 マザーは慌てて杖を一振り。

 一瞬で三人とも乾かしてくれたのだった。


「今日はもう遅いわ。みんな疲れたでしょ、ドワーフの棲家に泊めてもらいましょう」


 マザーの言葉に従い、小さくなって彼らの棲家に入った。

 暖炉に火が入れてあり、隣の部屋には干し草がたくさんあった。

 兎娘の冬越しのために集めたものの様だ。

 ピフ、パフ、ポリトリーが、カモミールティーを入れてくれて、やっと人心地がついた。


 毛布も出してくれたのでそれにくるまり、暖炉の前で輪になって暖まった。

 兎娘は疲れたのだろう、五代目の膝の上で丸まっている。

 それを抱いている大きな手だけが、ワトソン君のものなのがなんとも不思議だ。


 ドワーフ達の作る、ライ麦パンに炙ったチーズ、ミルクと林檎の夕食が、空腹に染みた。



「魔法でご馳走も出せるけど、今は魔法力を無駄遣いしたくないの。

『時戻しの水薬』って、普通の水よりずっと重いのよ。魔法力をフルに使ってやっと持ち上げられるかどうかなの。

 だから今日はこれで辛抱してね。必要なものは何でも魔法で出してあげるって言ったのに、御免なさいね、ホームズさん。


 さて、落ち着いたところで、これからどうするか作戦を練りましょう。

 私達は、『時戻しの水薬』を手に入れた。これで、お城のお年寄りにされた人たちを治せる。

 でも、あちらがどれだけ『時進みの水薬』を持っているかわからないから、念のためみんなを元に戻すのは、サンドリヨンを取り戻してからにしましょう。

 サンドリヨンを救い出して、悪いモリアーティ教授を捕まえる為に、ホームズさんの考えを聞かせて。貴方は困った時に必ず適切な助言をしてくださる方ですもの」


「煽てないでください。いかに優秀な頭脳も、常識の全く通用しない世界では輝きを喪失するものです。

 しかし、一つだけ見当がついた事がある。

 なぜモリアーティ教授が今朝、お城に現れたかです。

 マザーはあの兎穴についてこう言った。『横穴に間違ってはいると、とんでもないところに出る』と。


 たぶん老いたモリアーティ教授と、老いたビオラちゃんは、たまたま半日前のお城に向かう横穴に流されたのです。あの水盤の中に見えた白いものは、老いたビオラちゃんだったのだと思う。そうして、『時進みの水薬』は生まれた。


 事件は起き、マザーが私を呼びに来たため、我々はビオラちゃんを連れてライヘンバッハの滝に行く。あの衝突と爆発が起こり、二匹のビオラちゃんと、二人のモリアーティと、二つの水薬が産まれたというわけです。あくまで推測だが」


 私が語り終わると、マザーがため息をついた。


「あのお年寄りのモリアーティ教授が『時進みの水薬』を使わなければ、わたしはホームズさんを呼びに行かなかった。

 ホームズさんが滝に行こうと言わなければ、ビオラちゃんはあそこに行かなかった。

 ビオラちゃんがあそこで二匹にならなければ『時進みの水薬』も『時戻しの水薬』も生まれなかった。こんな卵が先か鶏が先か、みたいなことってあるの?

 ビオラちゃんは魔法界の外から来た兎だから、この世界の法則には当てはまらない。何が起こってるのか見当もつかないわ。


 お城の人達やこの世界の住民は、あの水の力を恐れて、全員近くの南の森に隠れて戦う気はない。つまり戦えるのは今ここにいるメンバーだけなの」


「私は共に戦う。だが若いモリアーティ、君はどうする? 自分と戦うことになるんだぞ。そもそも君はこの事態をどう捉えてるんだ?」


 若い犯罪王は戸惑ったように言った。


「それが、体は若くなったけど、今まで経験してきた記憶は何故かあるんだ。

 でも本でも読んでるみたいな感じで、これほんとに俺がやったことなのって、どっか他人事なんだよ。

 だから、ホームズさんにも敵意を感じなくて……兎ちゃんは、見たところ二ヶ月ぐらいの赤ちゃんに見えるけど、今までのこと覚えてる?」


「ウン ゼンブオボエテル。 デモ タシカニ “ホントカナ?”ッテ カンジ」


「そうか、そんな感じなんだ。大変だね、ビオラちゃん」

 五代目が、兎娘を撫でながらそう言った。


「ンー ソウデモナイ。 フィフ ヤサシイモン、 ダイスキ」


「僕も大好き。話せる兎さんと友達になれるなんて、まるでディズニーアニメみたいだ。この世界に来て得しちゃったな、僕」


「ディズニーアニメ ッテ フィフノ セカイノ モノ?」


「うん、でも口で説明するのは難しいな。要するに、絵を動かして見せる技術なんだけど。スマホがネットに繋がれば見せてあげられるのにな。ここWifi来てないよねー」


 五代目が、長方形の厚みのある金属の板の様なものをだして触っているが、ダメな様だ。


「フィフノ アタマノナカ ミタカラ、 ネット ツナゲルヨ」


 そう言うと、ビオラちゃんはスマホにポンと触った。

 途端に金属の板が反応し、目まぐるしく動く画像が映し出された。

 シンデレラ物語だった。


「な、何だこれ、動いてる!」


 モリアーティが驚いて後ろに下がり、私にぶつかった。


「大丈夫、これは映画だ。危険はない」


 そうか、モリアーティは1891年に死んでいる。1895年、ルミエール兄弟による世界初の映画を観たことがないんだ。

 しかし、こんな小さな金属の板切れに映画を映すなんて、どんな技術なんだ? おまけに色と、音までついているじゃないか。


「きゃーこのフェアリー・ゴッド・マザーわたしにそっくり! 確かに絵が動いてるわ、綺麗ねえ。21世紀の魔法ってすごいわ」


 確かにどう考えても魔法としか思えなかった。ピフ、パフ、ポリトリーも、夢中になって“ビビディ、バビディ、ブー”と楽しげに歌っている。

 だが私には、それを楽しむ気になれない気がかりがあった。


「マザー、お楽しみのところ悪いが、『時戻しの水薬』が手に入ったのだから、私のワトソン君を元に戻してやってくれないか? 

 手だけ戻っているのを見るのは忍びない。そしてワトソン君だけ、元の二十世紀に返してやってくれ。私は残って戦うから。

 五代目も、早く元の所に帰りたいだろう?」


「イヤ! フィフ イナイナラ ビオラ タタカワナイ」

 兎娘は、目を吊り上げて怒ると、五代目のTシャツに潜ってしまった。


 それを見てマザーは言った。

「ホームズさん、悪いけどワトソンさんを元に戻すのも、戦いが終わってからにしてもらえる? 今、ビオラちゃんを失うわけにはいかないのよ」


 確かに今、兎娘のお気に入りを失うわけにはいかない。

 ワトソン君すまない、もう少し待ってくれ。


「話を本題に戻しましょう。お城の見取り図を持ってきたの。

 お城のみんなは、森に立てこもるとき、武器庫の物はみんな外に持ち出したって言ってたから、モリアーティの武器は『時進みの水薬』だけ。

 今のお城はあの二人以外、無人状態。

 だから、戦いの巻き添えの心配はしなくていい。


 夜のお城に突入しても、真っ暗で松明持っていかないとダメだし、それじゃあ居場所がバレバレ。

 だから、あすの朝明るくなってからいきましょう。森からなにか武器をドワーフ達に運んでもらうわ。問題は敵がどこにいて、私達がどこから忍び込むかなの」


「あいつが立て籠るとすれば、キッチンさ。あいつ、不味いものを食うくらいなら、死んだほうがマシだって言う奴だから。

 でもホームズさんと違って、料理なんて全然出来ない。あいついつも他人に指示してやらせてるから、自分一人で何かするのは苦手なんだ。

 サンドリヨンは、人質というより、料理をさせるために捕まえたんだと思うよ。

 キッチンで武器と言ったって肉切り包丁やフライパンくらいだろ、鎧でも着てれば防げるよ。」

 若いモリアーティが言った。


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