そんな教科書…修正してやる!

ちびまるフォイ

教科書が知識の基盤

「はあ……暇だ……。昔の歴史なんて知らなくても生きていけるだろ」


退屈な日本史の授業中にできることは限られる。

時計を見て時間が早く進むよう祈るか。

写真が多い資料集をめくって暇をつぶすか。


けど、それもやり尽くしてしまって今に至る。


「暇すぎる……」


退屈な教科書をめくってるとドヤ顔の偉人と目があった。


暇つぶしがてら、そのキメ顔にひげを生やし

額に「バカ」と書き添えたうえ、耳から毛を飛び出させた。


「フフッ……フフフッ……!」


めっちゃ面白い。


授業中というマジメな空気感がそうさせるのか。

マジメでおカタい教科書にふいに差し込まれる顔芸が倍面白い。


味をしめたついでに他のページも装飾をほどこしてやった。

そんなことしていると授業の時間も終わった。


落書きをしているとあっという間だった。


「お前、なに書いてるの?」


「うわっ!?」


うしろから急に声をかけられて焦った。

開きっぱなしの教科書を後ろの席の人に見られてしまった。


「ぷっ……。なにそれめっちゃ面白いじゃん」


「え……。そ、そう?」


「落書きのセンスあるなぁ。これ笑っちゃうわ」


「だろ」


「次の授業のとき、お前の教科書かしてよ。授業が退屈だからちょうどいいわ」


俺の落書き教科書は次の授業中に別の人の手に渡った。

その人がまた別の人に教科書をまた貸ししてしまい、なかなか戻ってこなかった。


戻ってくるころには、俺の落書き教科書は学校のひそかなブームになっていた。


「あの教科書、お前が書いたんだって?」

「めっちゃ面白かったわ」

「授業中に笑いこらえるのキツかった!」


「えへへ……」


「俺の教科書にも書いてよ!」

「ずるいぞ! それなら俺も!」

「いいやこっちにも書いてくれ!」


「え、えええ……!?」


いくつものまた貸しが口コミのように広がったせいか、

自分のもとに落書きをしてくれと教科書を貢ぐ人が増えていった。


教科書も王道の日本史だけでなく、数学・国語・生物・科学などジャンルを問わない。


特に難易度が高いのは科学。

挿絵もすくなく化学式ばかりなので落書きの余地が少ない。


保健体育のように人の絵がたくさん登場するのは書きやすく、

オナラを追加するだけで抱腹絶倒の爆笑ギャグになる。


「ふう……終わったぁ……」


依頼されていた教科書すべてに落書きをし終わるとすでに真っ暗。

集中していたせいか、スマホの通知にすら気づかなかった。



>ちょっとお願いがあるんだけど。

>他校の友達にお前のことを話したら落書きしてほしいって。

>頼まれてくれる??



「た、他校!?」


ついに自分の評判は他校にまで轟くことになった。


顔も見たことない、自分と違う制服の男子が

ラブレターでも渡すように積み重ねた教科書を渡してくる。


「これに……落書きしてくれ!!」


「なんだこのシチュエーション……」


この頻度では学生のまま過労死してしまいそうなので、

ブレーキをかける意味もこめてお金を取るようにした。


しかし、逆効果だった。


すでに落書き教科書を持っている人は「お金を出してでも手に入れた」という特別感を与え、

持っていない人からは、ますますうらやましがられるようになった。


学生というのは人生で最も同調圧力に弱い人種なのだ。

たとえ外がマイナス100℃でも、みんな夏服なら夏服を着て登校する。


「はい、今日のおこづかい」


「……あ、ああ。うん」


「なによそれ。うれしくなさそうね」


「そんなことないよ」


「前は前借りしてくれとか増やしてくれってあんなに騒いでたじゃない」


「そうだっけ……?」


「そうよ。それに最近は勉強がんばってるみたいだし、増額よ」


「うん……ありがと」


落書きを有料にしてから毎月入るお小遣いははした金に見えてしまっていた。

自分でも使い切れないほどのお金が毎月入るようになった。


どんなにお金が入ってもそれを使う時間はなく、

休日も教科書に落書きを書き続けていた。


親からすれば毎日教科書を開いて勉強しているっぽく見えるのでご満悦だ。


「はあ……疲れた……」


ろくに休みも取らずに落書きばかりをしている日々。


どんな落書きにしようかと考えることにすら疲れ、

同じような偉人には同じような落書きばかりをしていた。


「もう最初っから落書きされてないかな……」


自分でも心から出た愚痴だった。

けれど、これ以上ない最高のアイデアだと思った。


「そうだよ……なんでバカ正直に書いてたんだ。

 最初っから落書きありの教科書を作っちゃえばいいんだ!」


幸いにも手元には余りあるお金があった。


今の地獄から脱出できるという思いが後押しし、

工場をつくり、教科書に落書きをペイントする会社を立ち上げた。


「最初から落書きされている教科書だよーー!

 授業中に退屈しらず! 親からも怒られない! いかがですかーー!?」


落書き教科書の販売をはじめると、

工場の稼働でも追いつかないほどの大人気になった。


教科書の本文は手をくわえてないので、

教科書そのものとしても使えることから親が買いに来るケースもあった。


親からすればキャラクターがのっている算数ドリル感覚なのだろう。


「あっはっはっは! 儲かりすぎて笑いが止まらない!!」


落書き教科書の勢いはとまらない。


落書きイラストレーターをいくつも雇い、

作者ちがいの落書き教科書を出すとこれも大ヒット。


テイストが違うからと、同じ教科書を落書き作者ちがいで何冊も買う人が出てきた。



最初こそ否定的だった教科書側も、

自分の教科書がたくさん買われるのならと自分にも味方してくれた。


金の魔力の前には誰もあらがえない。


そして、自分自身も教科書を広めた偉人として教科書にのることになった。


「ついにここまで来てしまったか……」


テレビの取材を受ける楽屋で、自分の過去にふけりながら思った。


学校ではカースト最底辺のゴミムシ同然だった自分が、

落書きという武器でのしあがって今では有名人の仲間入り。


はては教科書にまで登場し、後世まで語り継がれるのだろう。


なんて最高なサクセスストーリーなんだ。


「〇〇さん、そろそろ取材のお時間ですーー」


「よし行くか」


きらびやかな取材ルームに通され、富豪のようなポーズで椅子へ腰掛ける。

これまでの自分の成功を噛みしめる。


「〇〇さんは教科書で大成功を収めた資産家なんですよね」


「ええまあ。でも運が良かっただけですよ。ふはははは」


「教科書でも拝見しています。授業でも取り上げられてました」


「そうでしょうそうでしょう。ぬはははははは」


取材は気持ちよく進んで時間はあっという間に過ぎていった。


「以上で取材は終わります。ありがとうございました」


「こちらこそ。またよろしく」


立ち上がろうとしたとき、取材していたキャスターが最後に言った。


「でも実際会ってみて驚きました」


「なにがですか?」




「実際のお顔は、ひげも生えてないし、耳に毛もない。

 おでこに"バカ"と書いてないんですね……イメージと違いました」



数日後、俺は教科書を禁書として封印した。

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