回帰した悪役令嬢と騎士

牧村 美波

第1話

 深夜の庭園を夜な夜な歩いているイザベラを護衛騎士のリュカは気付かれないように少し離れた場所から見守っていた。 

 

 お部屋へお戻りくださいと声をかけるべきだろうが14才の少女とはいえ公爵令嬢が1人になる時間も、何かに想いを馳せて人目を気にせず涙する場所もそう多くはない。

 だから、公爵に報告せず、イザベラにも何も言わなかった。


「リュカ、あなたは覚えているのでしょう?私の最後を。」


 それは満月の美しいある夜のこと。

 イザベラもまた、あえて知らないふりをしてきただけだったのか、リュカのいる位置は把握していて、しっかり彼のいる方を向いて話しかけてきた。


「こちらへいらっしゃい。少しだけどクッキーもあるのよ。厨房から持ってきちゃった。」


 2人は近くのベンチに並んでも腰かけた。


「子どもの頃はいろんなイタズラをして怒られたわね。私がやったことなのにリュカに濡れ衣を着せたことも…。」


 濡れ衣という言葉にリュカはドキッとする。


「ねぇ、私はあの女に毒など盛ってはいないのよ。」

「はい!」


「あれから陛下とあの女は婚姻を?」 

「…はい。」 


「あなたも一度死んだのね?どうして?」

「…。」


「お父様とお母様は元気かしら?」

「…。」


「あなたのご家族はどうしてる?」

「…。」


「この屋敷の者た」

 言いかけてイザベラは唇をグッと噛んだ。

 リュカはうつむき加減で両手の拳を膝の上で握りしめている。


「リュカは嘘も隠れるのもヘタなのよ。適当にやり過ごせばいいのに。10日前だって、あなたまで回帰したんだって一目みて分かってしまったわ。」



 お願いがあるのと言ってイザベラは立ち上がった。

「私がすべきことを成し遂げたら頭のおかしな女として殺してちょうだい。」

「えっ…。」


「あの2人の愛を純愛と呼ぶにはあまりにも多くの血が流れすぎたと思わなくて?」

「ですが、殺してくれとは一体…。」


 イザベラはリュカに背を向けたまま話を続ける。


「ふたたび悪女と呼ばれてもかまわないわ。今度は本当にそうなるんだもの。すでに皇太子の婚約者である私の死は回避できないとしても…。」


 リュカは慌ててイザベラの両肩を掴むと自分の方へ振り向かせた。


「この世界ではまだ弟が生きているのよ。あの女と出会う前の。弟だけじゃないの。2人に翻弄されて不幸になるはずの人をできるだけ救うつもりよ?それには多少強引な手も必要になるし、良い人のままで成し遂げるのはとても無理なのよ。でも、この屋敷の者たちに迷惑をかけない方法で死ぬには回帰前を知るあなたの協力が必要なの。」


 ああ、あれほど夜な夜な泣いていたお嬢様がイタズラっ子の顔をしている。やると決めたら誰の言うことも聞かない見知った表情をしているとリュカは思った。


「わたしが悪女になったらそれはもう凄いんですのよ?」

 スカートの裾をつまんでイザベラはおどけて見せた。


「金髪で青い目をした美しい年下の妻を迎えるのも悪くないと思っていたのですが。」


「年上の黒髪の騎士を夫にする生き方も悪くないとは思ったわ。来世があればね。」


 翌日からイザベラが深夜の庭園を歩くことはなくなった。


 そして、2人の生涯は、3年後のイザベラ17歳、リュカ20歳で幕を閉じることになる。


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