深夜の散歩で起こった出来事

麻倉 じゅんか

本編

「……はぁ? 『異世界転生で大金持ちになる』?

 バッカじゃないの、風良ふうら信悟しんご!」


 パスっ!

 俺の進路希望の紙を巻いて作られた筒で、本人の頭が叩かれた。


 ここは生徒指導室。言わずと知れた学舎における拷問部屋。

 ここでは事あるごとに生徒達の(心の)悲鳴が響くという。

 そして今日の被害者、これも言うまでもない、俺だ。


「きゃーたすけてー(棒)」

うるさい」


 パスっ!

 また叩かれた。


非道ひでえな、従姉アネキ。知らないのか、教師が生徒に暴力を働くのは犯罪なんだぞ」

「学校ではたき先生と呼べ、と言っているだろうが。

 あと、知らんな、そんな話。こんな殺傷力あるか無いかの道具・・振って体罰になるとか」

「神経過敏なお年頃なんですよ、高校男子ってのは」

「お前、それ5年後10年後も言ってそうだよな。

 とにかく、それ持って帰って、ちゃんとした文章を書いてこいよ!」

「無理です」

「なんで?」

「俺、童貞なんで」

「『〜ちゃんとシた話』を書かせる訳無いだろう! さっさと帰れ、阿呆!」


 蹴って追い出すかのようなフリをされたんで、さっさと下校することにした。



 帰れと言われて帰ってるが、どうせ両親は出張中とその付添いで、当面帰ってきそうにない。急ぎ帰る必要は無い。

 マンガやアニメのように女の子と同居、なんて展開でもありゃあ楽しいんだが。残念ながら俺は天涯孤独、妹も姉も彼女も幼馴染も家を訪ねてくるような友達も居ない。

 ……段々悲しくなってきた。

 俺周辺の唯一の女っ気・従姉の有子アンコ姉は一駅離れた実家にお住まいだし。


 まあ当然、生活費はあるから他に問題はない。むしろ気楽に生活出来てばんざ……


「あれ? 深夜みやじゃないか」


 通りの柵の上を歩く深夜が居た。

 ――こう言うと誤解する奴が多いので言っとくと、深夜は人間じゃない。


「みゃ~」

「散歩か」


 猫である。

 みゃ~、とよく鳴くから、そして捨て猫だったのを拾って洗ってやった時に、つややかで深い黒色の毛をしているように見えたので〈深夜〉と名付けた。

 今では俺の唯一の同居人だ。……ああ、紹介し忘れていたけれど、じゃあないからいいか。


 その深夜がなんか「みゃあみゃあ!」鳴き出した。


「早く帰れっていうのか? 分かった分かった」


 そう言うと深夜はまた散歩を始めた。


「さあて、帰るとしましょうか。いとしい深夜が、帰った時には腹かしてるかもしれないし」




 ……帰還失敗。

 理由は、ず通りすがったコンビニの新発売スイーツが気になったから。

 実は俺、スイーツが好きだ。

 なので釣られてコンビニに入り……今度はお気に入りのマンガ雑誌の新刊が目に入ったので立ち読みした。

 ――ら、日が暮れてしまったわけで。


深夜あいつ怒ってないかな〜」


 女を怒らせると恐い。

 ……お陰様でそういう体験だけは多い俺の学んだ教訓の1つだ。

 一応、ちょっと値の張る猫缶を幾つか買ったんだが、機嫌をとれるだろうか。




 住宅街にまで帰ってきた時。

 道路脇にある蛍光灯の下で、サラリーマンが一人倒れていた。

 酔っ払って倒れたのか、手足を曲げた形で大の字になって仰向けに倒れていた。背広なんか、ボタンが取れたのかはだけて、ワイシャツが見えてしまっている。


「もしもーし、生きてますか〜」


 呼びかけるが、返事が無い。

 寝息も聞こえない。まあ、この距離じゃあそうなのかも知れない。

 

 ゆっくりと、そろ〜りそろ〜り近づいてみる。

 男の体がかすかに動いた。

 ……生きて、る、よなあ。


 もう少し近づく。


 いきなりキーン、と耳鳴りがした。

 ――何、これ?


 そしてグチ……という音が聞こえた。

 お腹壊した音……に似ていた。


「あの、早く目を覚まさないと漏れウンしちゃいますよ〜」


 と言って手を伸ばした時だった。


 ミチッ! そんな音がして突然、男の腹が裂けた!

 そしてそこから這い出てくるのは、大量の蜘蛛!

 出てきたと思ったら、今度は、さっきまで宿主だった男を喰い始めた。骨も、服も!


「うぇへ〜!?」


 変な声を出してしまった!


 ヤバいのは分かった。分かったから、とにかく、ここから逃げようとする。が……


「あ、足が、動かない!?」


 足元を見ると蜘蛛の糸が絡みついていた!


「な、何だよ、これ!?」


 慌てて糸をほどこうとすると、次から次へと糸が飛んでくる。


 その先を見て、驚いた!


「……へ?」


 なんと電柱に人ぐらいの大きさの蜘蛛がしがみついていた。

 よく電柱折れないなーと思ったが、あれは虫だ、見た目より軽いのかもしれない。


 いや今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なのは逃げる事だ!

 そうは思っても、次から次へと吹き付けられる糸がなかなかほどけない。

 今度は体にも糸が吐かれ……


 シャキン、と音が聞こえそうな位に鮮やかな太刀筋が、俺を襲う蜘蛛の糸を斬った。


 俺がぽかんとしていると、目の前に誰かが立った。


あるじ様、それを使って糸を切り、逃げて」


 振り向いたのは女だった。風にさらっと流れていく長い黒髪に、同じく黒い巫女装束を着〈つ〉けている。


 俺は彼女の言うことに従って寄越よこされた小刀を受け取ると、纏わりついた蜘蛛の糸を切り、その場から距離を置い……


「……『主様』?」


 その言い方に、ふと引っかかった。

 とはいえ思い出そうにも、そんなふうに言われた覚えはない。


「まさか、マジで俺は実は転生とかしていた、とか。……まさかな」


「術式・炎舞!」


 そうやって、俺が可笑おかしな妄想を自己否定した矢先に、何か術みたいなの使って何も無い所に炎を起こし小蜘蛛の群れを退治されたら、可能性を否定出来なくなっちゃうじゃないか。


「何をぼさっと突っ立って居られる、主様!

 早くそこからお逃げに………!」

「ほへ?」


 俺が考え事をしていると、何時いつの間にか背後に大蜘蛛が忍び寄っていた。


 蜘蛛はもう糸を吐こうとせずに俺に直接襲いかかってきた!


 やべぇ! が、もし俺に特別な人間なら特別な力だって持ってるはず!


 グーパン!


 ……大蜘蛛の腹に握りこぶしを当てたのに、一瞬相手を驚かせたぐらいの効果しか無かった様だ。


 キシャーッ!


 むしろ怒らせたようだ。


「す、すんません! すんま……」


 シュッ、と俺の横を何かが通り過ぎた。

 ……刀の刀身とうしんだ。その刀を突き出したのは、さっきの黒装束の女。無表情なままだが、怒っているのは分かった。


「主様、私の後ろにお周り下さい」

「はい」


 素直に従った。



 女はとにかく強かった。俊敏で、相手の攻撃がまるで当たらない。

 蜘蛛の脚が次々と斬られていき、動きを封じられていく。


 ――そこに彼女の背後から、生き残っていた小蜘蛛が近づいていく。


「あ」


 ヤバい、と思った俺は彼女の戦闘を邪魔しないように気にかけつつ、小蜘蛛を追った。

 そして、プチ。小蜘蛛を借りたままの小刀で刺した。


 ふと風が流れ灰が吹き流れていった。俺の足元でも小蜘蛛が灰になり、流されていっている。


 つまり、どうやら大蜘蛛は倒されたらしい。


「流石です、主様。私が気づかなかった小蜘蛛の生き残りを見つけ、退治して下さるとは」

「いやあ。は、ハハ……」


 大した事はしてないから、素直に褒められると照れ臭い。


「ところで君は……」


 言いかけてふと思った。

 鋭い目つき。

 丸みを帯びつつも、シャープな顔の輪郭。

 そして、頭の上に先の尖った耳と、お尻に尻尾が生えている。

 その耳も、尻尾も、真っ黒。


 もしかして……。


「まさか君、いやお前、深夜!?」

「左様に御座います、主様。このような姿なので簡単には分かるものでは無いと思っていましたが、まさか簡単に当てられてしまうとは。流石、私の主様です」


「え……どゆこと?」

「私にも解りませんが、散歩の途中『月の女神』と自称する青白い物体に『貴女あなたの主と街を守れ』と命じられ、この力と武器を与えられまして」


 深夜の散歩で起こった出来事に、俺は色々な感情を抱いて愕然とした。

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深夜の散歩で起こった出来事 麻倉 じゅんか @JunkaAsakura

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