正義執行

クロノパーカー

エピソード1 正義執行

この世には『絶対悪』なんて者はいない。

どんな状況においても『相対悪』でしかない。

それに気づいた俺は…


正義まさよし!何寝ている!」

「…んあ?」

目を開け顔を上げると、怒りの表情に満ちた教師が立っていた。

「何の用っすか?なんもないなら起こさないでください…」

俺はそれだけ言って再度うつ伏せになる。

「貴様、教師に見られた状況で二度寝とはいい度胸だな」

「そんな度胸は…な…い…」

「寝るなぁ!」

教師は二度寝を決めた俺の頭に拳骨を落とす。

「…痛い」

体罰がすぐさま問題視される今の世の中、この行動をよく取れるな。逆に尊敬する。

「目が覚めただろう?じゃあ授業を聞くんだな」

「…うっす」

俺の起床を確認すると、教師は教卓に戻った。

こいつは『悪』ではない。

周囲は俺を見て笑っている。

この学徒達も『悪』ではない。

そうして授業は再開した。


放課後。

学徒達が学業から解放される短時間。

各々が自身の活動に移す。

そんな中、『悪』に縛られている生徒がいた。

「おい、金は?」

校舎裏。『悪』に呼び出された弱者は利用される。

「こ、これだけ…です…」

弱者は謝罪をしながら財布を渡す。その中身を『悪』が確認すると

「っんだよ、もっと持ってこいって言ったよな!」

激昂した『悪』は弱者をいたぶる。

そこで俺はスマホの録画を止める。証拠は取れた。

鬼武者の仮面を被り向かうことにする。

正義執行。俺の正義ジャスティスの名のもとに。

「やめたまえ」

「あ?なんだよ、てめぇ」

突如現れた俺を睨みつける『悪』。

「貴様に答える必要はない」

「はぁ?…うぐっ」

俺は急接近して鳩尾を殴る。『悪』は激痛に耐えかねうずくまる。

「な…んだよ…お…前」

「『悪』に発言権はない」

俺は後頭部に蹴りを入れ黙らせる。

「お前」

「は、はいっ」

俺は弱者に声をかける。弱者は怯える。俺を見て。

「どれだけ盗られた」

「え?」

「どれだけ盗られたと聞いている」

「えっと…5万くらい」

「…なるほど」

俺はそれだけ聞いて頷く。

「これを持っていけ」

「…え?」

俺は財布から6万取り出し弱者に渡す。

「これは?」

「いいから持っていけ。そしてこのことは誰にも言うな。盗られたことも俺に会ったことも」

俺が強く指示し弱者に無理やり受け取らせる。

「わ、分かりましたっ」

弱者は急いで立ち上がりこの場を去る。

仕上げだ。

「お…前…」

「殺されないだけ死んで喜べ」

俺は『悪』の右腕を掴む。そして肘の部分に狙いを定める。

「お、おい…お前…なにす…」

「執行」

俺は肘を曲がらない方向に力を入れ折る。

「あっがぁぁぁぁっ!」

『悪』は大絶叫をする。

「次は無い。命の次に大事な部分を破壊する」

それだけ言い残し俺は去った。

正義執行完了。


「ただいま帰還」

俺は自宅に戻りそう言う。

「おかえりなさい、マスター」

すると奥から出てきたのは、女だ。

「今すぐにパソコンを起動しろ。作業に取り掛かる」

「イエス、マスター」

俺の指示を聞いた女は返事をする。それど同時にパソコンが起動する。遠隔操作だ。

「今日は何を?」

「『悪』の口座から金を出す。6万だ」

「イエス、マスター」

俺は受け答えをしながらゲーミングチェアに腰かけ、パソコンを操作する。

「これで良しっと…ふぅ」

しばらくして俺は作業を終え、息をつく。

「終わりましたか?」

「あぁ。もういいぞ」

俺がそう言った直後、女は俺に抱き着いてくる。

「お疲れでしょ?私が癒してあげます」

「…頼む」

「名前呼んでくれないとしてあげません」

「…」

「マスター?」

「…テミス」

「よく出来ました」

そう言うとテミスは俺を担ぎ上げ、近くのベッドに放り投げる。ふかふかのマットレスでないと腰を痛めそうだ。

「じゃあ失礼して…」

テミスはそう言うとベッドに横たわる俺のズボンを脱がそうとしてくる。

「ちょっと待て。何をしようとしている」

「なにって…ナニを?」

「身も蓋もない事を言うな。俺はそんなこと頼んでいないぞ」

俺はズボンを脱がそうとしているテミスに全力で抵抗するが…

「くそがっ」

どれだけ頑張っても止められない。その理由は…

「何にも負けないようにこの体を造ったマスターの自業自得ですよ?諦めて私に任せて…」

「テミス、強制停止」

俺がそう言うとテミスの体が動かなくなる。すると…

「あぁマスター!非情です!」

と、文句を言う。

「全く、何が非情だ」

「それは…マスターの使いどころのない初めてをくれないところですよ!」

「…くれてやる訳無いだろう」

「なんでですか!?」

ずっと喚いているが気にしないようにする。

「はぁ…どうしてお前はこうなってしまったんだ」

俺は深くため息をつきベッドから出る。

余計に疲れてしまった。

「そんなの私がマスターにガチ恋してるからに決まっているじゃないですか」

「その原因を聞いているんだがな」

動けないテミスの後頭部のハッチを開く。

「あー!やめてください!初期化しないでください!」

「…しない」

俺はぱっと中身を見ただけで閉める。

「テミス、起動」

「…はぁ、やっと動けます」

不服そうに体を起こすテミス。

「ほんと、私がアンドロイドだからってマスターは扱いが雑です」

「気のせいだ」

俺は面倒なので適当に返す。ここがテミスの言う雑な扱いなのだろうが気にしない。

テミスは俺が造ったアンドロイドの一人だ。

自律成長型補助機械人間。

見た目は一般の女性と変わらない。自作のAIを搭載し、俺の目的を補佐できるようにしていたがいつからか俺を一人の人間として意識するようになってしまった。

しかしそれはそれで使えるので気にしないことにしている。

「ところで次の目標は?」

「そうだな…」

俺は少し考えていると点けいていたテレビから聞こえてきた音声に反応する。

「これだ」

「これですか?」

俺が反応したのは交通事故の速報だった。

概要は乗用車が一人の女性を突き飛ばしたとのことだった。しかし、この乗用車がヤから始まる組織が関係しているとのことだ。

「この女性、マスターのお知り合いですか?」

「いや」

「じゃあマスターの言う『悪』ですか?」

「そうだ。一般人に危害を加えるのは奴らの信義に反する。それは俺の相対『悪』だ」

「でもマスター?どうやらその女性は他のヤから始まる組織の組長嫁らしいです」

「ほう。どこで知った?」

ニュースではそんなことは言われていない。

「私の独自ネットワークです。マスターのハッキングアカウントで情報を入手しました」

「痕跡は?」

「一切残していませんよ」

「ならよし」

俺はテミスを褒め、頭を撫でてやる。

「おぉ…これは良いですね。毎日やってほしいです」

テミスは撫でられると猫みたいに喜ぶ。…本当にこいつの思考AIはどうなってしまったんだろうか。

「で、結局被害者も関係者のようですけど…どうするんですか?」

「決定に変更はない。どのみち組長の嫁というのは本筋に組織と関係はない」

「イエス、マスター」

そして俺らは後に起こす作戦を組み始めた。

テミスに地形、個人、環境情報を調べてもらい、目標ターゲットの行動予測をしてもらう。

その間に俺は兵器の調整を行う。

「マスター、疲れましたか?」

「…あぁ」

俺の準備が終わることを確認すると、既に終わっていたテミスはそう聞いてくる。

「今度こそ癒してあげましょうか?」

「…変な事をしないなら頼む」

「流石にしませんよ」

テミスは馬鹿ではない。そして嘘はつかない。

だから今度は何も言わずベッドに横になる。

「…頼んだ」

「はーい」

テミスに声をかけるとベッドに上がり俺の頭を持ち上げる。

その間にテミスの膝が入れられる。

これは…膝枕か。

「何も気にすることなく、おやすみなさい。マスター」

「…あぁ」

俺は静かに目を閉じ、意識を落とした。


「マスター、準備完了です」

「分かった」

朝。着替えるとテミスが高校の荷物を持ってきてくれた。

「行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、マスター」

テミスに見送られながら拠点を出た。

…行ってらっしゃい…か。

毎度あいつはこれを言ってくれる。

ホント、助かる。主に精神的に。

「レッド。カモン」

俺がそう言い指を鳴らすと、空から椅子が設置されている人一人は乗れるサイズのドローンが降下してくる。

それが静かに着陸すると、俺は椅子に深く座る。その直後周りを透明なカプセルで覆う。

「目的地、高校。10分で着くよう設定」

俺が指示をするとドローンは浮かび上がる。建物よりも高い位置まで来ると高校方面へ飛び始めた。

これは自動操縦型小型飛行体(Autopilot Compact Aircraft)。

通称、頭文字のACA=赤でレッド。

俺の脚となる優秀な道具だ。

下や横から見えなくなる視認阻害カプセルを展開し、レーダーでも探知出来ないよう特殊な電磁パルスを発している。これを俺は『ステルスカプセル』と呼んでいる。

ドローンを元にしているのでジェット噴射でもない。ステルス性は完璧だ。

音声認識システムを搭載しているので指示をするとその通りに動く。速度設定はせず目的地の距離を時間通りに到着するようにプログラムしている。

「…ん?」

俺は学校へ向かいながら下を見ていると、公園の方で問題を確認できた。

「たすけて!」

「こんのガキ!来い!」

少女が男に連れ去られそうになっているようだ。

「レッド、ストップ」

俺の指示でレッドは停止する。

「テミス」

『なんでしょう?マスター』

俺はスマホを開きテミスを呼ぶ。テミスは元々AIなので俺が拠点にいない間はスマホにいる。

「今から写真を送る。そいつらの関係性を調べろ。10秒以内だ」

『イエス、マスター』

俺はその写真を撮るとすぐさまテミスが調べてくれた。

『関係性はないようです。男はしばらくずっとこの公園にいるようなので子供を攫うタイミングを伺っていたのではないかと。それにあの男は過去に一度誘拐の罪で起訴されています。ここ最近釈放されたようです』

「分かった。ありがとう。ついでに通報しろ。レッドのドライブレコーダーの映像を弄って警察に送れ」

『イエス、マスター』

あいつの正体がわかった。俺にとっての『悪』だ。遠慮はいらない。

正義執行。俺の正義ジャスティスの名のもとに。

「レッド、武装展開パターン狙撃」

俺が指示を出すと俺の前に狙撃銃が出現する。

よく狙いを…定めて…。

…今だ。

「うぐっ」

俺が発砲すると男の横腹に命中した。

殺してはいない。麻酔弾だ。

「うぅ…おかあさーん!」

少女は突然倒れた男に驚いていたが、恐怖で逃げた。

しかし…これで安全だな。

あとは警察に任せよう。

「レッド、行くぞ」

一応解決したので学校に向かうことにする。


「おぉ正義。おはよう」

「よう結朔」

「お前聞いたか?あの話」

「ん?何のことだ?」

学校に着き教室に入ると、一応友人の輝朝結朔てるあさけっさくに話題を振られる。

「隣のクラスの不良が退学になったんだってよ。なんかカツアゲをしていたっていう理由で」

「そうか。どうして発覚したんだ?」

「なんかネット上にそいつのカツアゲ現場の動画がネットに上がってたらしい。しかも匿名で学校側にその動画が送られてきたんだってよ」

「そんなことが…被害者は?」

「さぁね。顔、靴とかの特定出来そうなところにはモザイクがあったんだとよ。分かっていることはこの学校の制服だったくらいだ。声もぼやかされていたらしい」

「そうか」

「しかし一つ変なことがある」

「なんだ?」

「その不良は腕が折れていたらしい。変な仮面を被ったやつにされたって言ってたけど…結局カツアゲしたことに変わりはないからな」

「へー…変わったことをする奴もいたもんだな」

「ほんとにな。まるで正義のヒーローだ。それに比べてお前は…」

「…なんだよ」

「正義っていう名前なのにかっこよくはないよな。地味だし。昨日も授業中爆睡して先生に怒られてたしな」

「テストでは点を取っている。問題はないだろ」

「そうだけどな…まぁ若干不真面目というか」

「課題は遅れず提出している。出席もしている」

「だから先生たちもあまりお前に強く言えないんだけどな」

結朔は俺が数少ない気を遣わずに話せる相手だ。俺のやっていることは知らないが、不愛想な俺に関わろうとしてくれるので助かっている。

とりあえず昨日の『悪』は排除できたようだ。

結朔の言う動画というのは俺が撮ったものを編集し世に送り出したものだ。

これであいつは世から批判される。一度ネットの世界に出てしまえば逃げ場はない。

「そろそろ先生も来るな。座るか」

「あぁ」

「今日は寝るなよ?」

「保証しかねる」

何気ない普通の学生のような話をして席に着く。

すると耳元で声が聞こえた。

『マスター、先程の男の連行が完了しました』

「分かった」

片耳につけた極小イヤホンからテミスの報告を聞く。俺も小さな声で返事をする。

粘着性でそう簡単には剥がれなく、それなりの音質で音が聞こえる。

あまりの小ささに傍から見ても気付かれない。

だからこそ学校でテミスの報告をいつでも聞く事が出来る。

…テストのカンニングでは使っていない。決して。

その後、結局授業が始まってすぐに寝てしまい、教師に注意されてしまった。


「ただいま帰還」

「おかえりなさい、マスター」

今日は対して『悪』が見つからなかったので普通に帰ってくる。

拠点ではテミスが出迎えてくれた。

「マスター、今日は早めにお休みになられては?」

「何故だ」

「ここ最近はマスターの『悪』が多かったですよね。執行するための兵器の整備も休まず毎日やって、遠征して執行することもありました。明らかに疲れていると思います」

「…」

「私の癒しも受け入れてくれませんし…限界が来ますよ?身体的にも精神的にも」

「…かもな」

こいつの癒しを受け入れれば俺の貞操が危ぶまれるから受け入れないのだが…テミスの言う通りかもしれない。だが…

「俺は休んでいる場合ではない」

「…でも」

「俺の『悪』がこの世に存在しうる限り、歩みを止める事は出来ない」

「…マスター」

「…なんだ」

「一日くらい休んでください」

しかし俺はテミスの提案を無視しパソコンと睨めっこをし始める。

「最後に熟睡したのはいつですか!」

「…」

後ろで叫ぶテミス。だが俺は聞こえてないふりをする。

「私は心配です。マスターに自律成長型補助のAIを搭載してくれたおかげで様々な事を感じる様になりました」

「…」

「それで分かったのは人間の弱さです。私のように部品さえ変えれば治るなんてことはない。休みなく行動するにも限界がある。それなのに…それなのに…」

「…テミス」

「マスターはいつまで自分と戦い続けるんですか!」

悲痛に叫ぶテミス。感情を持たれるとこういう時面倒だが…テミスの言うことは全て正しい。

「一度くらい立ち止まってはいかがです?」

黙り続ける俺の背に覆いかぶさるようにテミスが来る。

そして俺の肩に水滴が当たる。

「…泣いてるのか?」

「…はい」

「…何故だ?」

「…家族ですから」

…家族…か。久々に聞く響きだ。

「…アンドロイドじゃ…家族になれませんか?」

「…そんなことはない…と思う」

俺は必死に心配してくれるテミスの方に体を向けて、抱きしめる。

「…マスター?」

「…すまなかった」

俺はテミスの言う通り頑張りすぎなのかもしれない。

最後に熟睡したのも覚えていない。

休んだ記憶もない。

目的のためならばこの身砕け散ろうと関係なかった。

俺の事を心配してくれる奴なんてこの世に存在しえないと思っていたからだ。

だがテミスは家族と言った。

確かにそうかもしれない。すでにこいつと7年は過ごしている。

家族と言っても差し支えないのかもしれない。

しかし…

「俺は怖い」

「何がですか?」

「…また大切なものを失うのが…だ」

「…そうですか」

「だから…再度失わないためにも『悪』の排除をしなければならない」

「排除しきるまで…無理をし続けるんですか?」

「あぁ」

俺が即答すると、テミスはまた悲しそうな顔をする。

ここまで心配させると俺といえど胸が苦しい。

仕方ない…。

「だが…休息を取ることは増やそう」

「マスター!」

嬉しそうにテミスは再度抱き着いてくる。それを俺は受け入れ安心するよう頭を撫でる。

「テミス、頼みたい事がある」

「なんですか?」

「俺はこれからも無理をすることがあると思う」

「でしょうね」

「その時は…また止めてくれ。今日のように」

「任せてください」

テミスが落ち着いてきたようなので一度離れようとすると

「…テミス?離してくれ」

「嫌です」

拒否られた。こういう時自己判断機能を搭載したのは困るな。

「おわっ…」

俺はどうしたものかと思っているとテミスに持ち上げられた。これは…覚えがある。

「おい、テミ…スっ」

先日と同じようにベッドに投げられる。多分テミスが行おうとしていることは…あれだ。

それに気づいた俺は同じ対応策を使うことにする。

「テミス…お前、何をしようとしている?」

「なにって…ナニを」

「またか…テミス、強制停止」

俺は同じように指示をするが

「あ?」

テミスが止まらずに俺に覆いかぶさる。

何が起きている。一定の指示を拒否する事は駅ないようにプログラムしているはずなんだが…。

「ふっふっふ…マスター?なんで私が従わないかで驚いていますね」

「あぁ。お前何をした?」

「私は自律成長型AIを搭載しているんですよ?」

「そうだな」

「ずっとマスターの隣でプログラミングもハッキングも手伝ってきたんですよ?」

「…お前…まさか」

「気づいたようですね!私はマスターにプログラムされた一部を改竄したんです!」

してやられた…そこは予想していなかった。まさか改竄をされるとは思っていなかった。

「さてと!マスター!シましょう!」

「マズい…」

俺は急いで逃げようとするが

「あ…終わった」

手を拘束されてしまった。それでも抵抗しようとするが相手はアンドロイド。並の力である俺が勝てる力じゃない。

「さぁ!マスターも男です!玉ついてるなら相手してください!」

「…終わった」

「どうせ相手は作らないなら、私に下さいよ!」

目が血走った状態のテミスに迫られる。しかし今の俺に抵抗する手段はない。本格的に終わった。

「大丈夫です!痛くないですよ!マスターが実際の人間の女性と同じように造ってくれたのはこの時のためですよね!」

違うのだが…否定しようがしまいが変わらなそうだ。

「さぁ、始めますよ!」

「…終わった」

俺はされるがままナニかを失った。


「…じゃあ行くぞ」

「はーい!」

若干疲れている俺はとてつもなく元気なテミスに声をかけて外を出る。

「今日の目標は先日から用意した組ですね?」

「あぁ、相手は一般人ではない。容赦をする必要はない」

今日までに準備をし続けていた兵器を携える。

相手はその道のプロだ。俺はあくまで素人。

正面衝突してしまえば間違いなく勝てないだろう。

「レッド、カ…」

俺が移動のためレッドを呼ぼうとすると

「なんであいつを呼ぼうとしているんですか!」

「何?」

「あいつじゃなくて私に乗ればいいじゃないですか!」

「…何を言っているんだ?」

「だって私にも空中移動システムが搭載しているじゃないですか」

「しかしなぁ…」

テミスの言うとおりこいつには空中移動システムを搭載している。だがそれは緊急時やレッドとの並走用で、レッドのようなステルス性を搭載していない。

こいつはあくまで補助アンドロイドだ。移動専門のレッド比べると移動には使いづらい。

「…はぁ…レッド、カモン」

「むぅ~」

なんとかテミスを説得してレッドを使うことを了承してもらった。

…納得はいっていないようだが、仕方がない。

「じゃあ行くぞ」

「…分かりました」

俺がレッドの背にある椅子に座ると膝にテミスが座ってきた。

「うぐっ」

「マスター?どうしたんですか?」

「お、重い…」

「失礼ですね!マスターは!」

失礼と言われてもテミスはアンドロイドだ。あまり覚えていないが、製造当初の設計図では130kgはあったはずだが…。

「お前…アンドロイドだろ…」

「私は乙女ですよ!」

「くそが…レッド、上昇」

俺は諦めてレッドに指示をするとウィーンと重い音を鳴らし始めた。

何が起こっている?今まで聞いた事がない音だ。しかも浮かび上がっていないぞ。

『重量オーバー重量オーバー』

レッドから警告音が聞こえてきた。

一応音声機能を搭載していたが今まで使っているのは目的地到着時だけだった。まさかそれ以外の声を聞くのがこのタイミングだとは思っていなかった。

「だってよ。降りてくれ」

「マスター!こいつとてつもなく失礼ですね!早く廃棄にした方が良いと思います!」

テミスがキレた。最近のこいつは本当に感情が豊かだ。

多分俺よりもすごいな。この調子でAIとして成長を続けて反逆をされたら100負けそうだ。


「むぅ…」

「仕方ないだろ」

テミスは俺の上に座ることを諦めて自分に搭載されている空中移動用ジェット噴射で並走している。

これはテミス単体で使えば周囲から見えるし、レーダーでも探知できてしまう。だがレッドのステルスカプセル内であればテミスも気付かれない。

「もっとそのポンコツの積載重量を増やしてくださいよ、マスター」

「そんなこと言われてもなぁ。ここから積載重量の最大値を増やそうとなると体躯を大きくする必要がある。そうなるとステルスカプセルの展開限界量から出てしまう。諦めてくれ」

「むぅ…」

再度不貞腐れた顔で飛ぶテミス。

『目的地周辺、着陸地点の決定を乞う』

「了解した。周辺地図の表示」

俺の前にここら周辺の地図が表示される。人目につかないところが良いんだが…見当たらないな。どうしたもんか。

「あれ?今回はこいつの武装は使わないんですか?」

隣で一緒に探してくれていたテミスにそう言われ一度考える。

計画ではレッドの武装を使用することにしていない。基本は俺の武装だけで何とかし、緊急時はテミスの武装で対応するという事にしている。

「そうだな…良い着陸地点が無ければ奇襲として組の屋敷の上部からレッドの武装を発動してもいいが…どうしたもんか」

「そっちの方が良いんじゃないですか?ここからであればあちら側に抵抗する手段はありませんよ?」

「まぁ、その通りではあるが…目立ったことをするのは俺の目的には合っていない」

「じゃあどうするんですか?」

「うーむ」

俺は悩んだ結果、どう行動するかを決めた。


「結局着陸するんですね」

「あぁ、この辺りは組の総括地帯だ。一般人はほぼ住んでいない」

俺はあえて組の中心部に近いところに着陸をした。

そちらの方が監視の目が緩い事に気づいたからだ。

しかし少なからず人はいるので、組のメンバーが去るのを待つ間に武装の点検をしていた。

「ではそろそろ始めよう。俺の正義を」

「イエス、マスター」

俺らはお互いの武装を展開していつでも戦闘可能状態にする。

「レッドは俺らの上部一定高度で待機」

俺の指示でレッドは再度上昇した。これで緊急時の逃走手段を確保できた。

「テミスは生体感知センサーを常時展開。俺のイヤホンにその情報を送信しろ」

「イエス、マスター」

テミスも俺の指示に従い生体感知センサーを展開する。目には見えないし音もならないので気付かれることはない。テミスを中心とした半径150mを感知出来るので優秀だ。

『マスターの前方66mに18人。後方41mに8人。右方23mに3人。左方59mに1人』

イヤホンからテミスの声で報告が聞こえてくる。

前方の18人というのは組の本部だろう。

右方の3人は先程この着陸地点にいた見回りだ。

「慎重に行くぞ」

「私の生態センサーがあるのでまずないと思いますが、もし接敵した時はどうしますか?」

「無益な殺生は避ける。基本は麻酔弾だ」

「イエス、マスター」

一応実弾も用意してきたが、使うことはないだろう。

この組で更生しようがない奴は全て警察に突き出してやる。

始めよう。

正義執行。俺の正義ジャスティスの名の元に。

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