Mたち
佐楽
man with
「こんばんは、いい夜だね」
電灯の灯りの下に浮かび上がった顔は妙に作り物じみていて
「なぁに?そんな幽霊でも見たような顔して」
幽霊のほうが良かったかもしれない。
「義姉さんじゃああるまいし」
幾度となく見てきた顔が知らない表情を俺に向ける。
深夜1時半、俺は実の妹と数カ月ぶりに対面した。
晩酌用のストックが無くなり歩いて数分のコンビニに行った帰りの事だ。
それまで少しばかり暖かくなってきた夜風に気分が良くなり鼻歌なんか歌いながら歩いていたら彼女がすっ、と現れたのだから思わず心臓が跳ねた。
「家行かせてよ。こんな時間にまさか一人でいさせないよね?」
一人でこんな時間に俺を待っていたくせにと心の中で舌打ちをしながら断るわけにもいかず彼女を連れ立って家に入った。
妹は家に入るときょろきょろと中を見回し
「なんだ、結構きれいにしてるんじゃん」
とぽそりと呟いた。
「もっと汚いかと思ったか」
「まぁね」
そしてテレビの前にすとん、と座るなり電源をいれ深夜にやっているトーク番組を映し出した。
俺は買ってきた酒類を冷蔵庫にいれると彼女の隣にいくらかの間を空けてどかりと座り込んだ。
「飲まないの?」
「今はいい。飲むか?」
「いい」
二人でそのままぼんやりとテレビを眺める。
ちら、と横目で彼女を見たがおそらく彼女もこの番組を見たくてみているわけではなさそうだ。
感情のない瞳がそこにあった。
「義姉さんのことだけどさ」
突然彼女が口を開いた。
そして顔をテレビに向けたまま言葉を紡ぐ。
「兄さんのせいじゃないよ」
テレビから聴こえる笑い声が酷く空虚に感じる。
「あれは事故で、どこからどう見ても事故で、兄さんは関係ないよ」
「ミカ」
俺は妹の言葉を遮るように彼女の名を呼んだ。
「俺は彼女が居なくなることを望んだんだ」
妻であるマユミが浮気していることを知ったのが彼女が事故で亡くなる数日前だった。
夕食後、急に告白された俺は頭が真っ白になったが彼女に対して怒りをぶつけることはなく「そうか」とだけ返した。
彼女はより暗い瞳で俺をじっ、と見るとその後何も言わずに寝室に入っていった。
それから何も会話を交わすことなく過ごした先に彼女の事故の一報だ。
駆けつけたとき彼女はすでにこの世のものでなく力なくシーツに横たわる左手の結婚指輪がやけに目についたことを覚えている。
そして病室から出ると、そのまま駆け出すようにして病院を飛び出しタクシーを捕まえそのまま遠くへとやってきたのだった。
彼女の葬儀やら何やらを全て放り出して。
「ふうん」
ミカが興味なさげな声を上げる。
また二人の間に沈黙が流れた。
何なんだ、俺の吐露をこんなに何でもないように受け流すだなんて。
ミカには当然ながらマユミが浮気したことを言っていない。
ミカはおろか知り合いの誰にも言っていないのだ。
「まぁ、夫婦の間にはいろいろあるんでしょ。知らないけど」
ミカが何気なく言ったであろう言葉に俺は何もかもを知られていたような気がして背筋が寒くなった。
「…ちょっとトイレ行ってくる」
妹が怖い。
俺は尿意を催してもいないのにトイレに入った。
※※※
ねえ、兄さん。
ホントはね私も義姉さんに消えてほしいと思ってたんだ。
でもだからって何をするわけにもいかないからあのことを話したの。
義姉さんと会った日、それは彼女が兄さんの誕生日が近いから何をあげたらいいかと相談するためだった。
何がいいかな、と悩む彼女に私は極めて愛想よく返した。
「ご自分をプレゼント、なんてどうです?」
すると彼女は顔を赤くしてやだ、なんて笑っていたけどすぐにその笑いを引っ込めた。
「私は喜んでもらえましたよ」
義姉さんはぽかん、として固まったのちに口をつけようとしていたカップを置いてそれから私達の間には何の会話もなくそのままその日は別れた。
彼女が事故死し、兄が行方をくらましたのはその数日後だった。
私はいい提案をしたと思ったのだけど。
兄が18歳、私が14歳のとき誕生日を控えた日にたまたま両親が外出していて家には二人しかおらずなりゆきはよく覚えてないが私は彼を誘いまたそれに彼も応じたのだった。
暗黙のうちに誰にも言わない約束を交わし、兄は無かったことにしようとしたようだが私はそうしたく無かった。兄の結婚相手に言ってやろうとずっと思っていたのだ。
まさか死ぬとまでは思っていなかったけど。
恐らく彼女はこの話を誰にも、浮気相手にもしていないだろう。
というか真実彼女は浮気なんてしていなかったのかもしれない。
私は彼女の遺体にはめられたままの指輪を眺めながら思ったものだ。
トイレから兄が戻ってくる。
今日は兄の誕生日だ。
プレゼントを買ってこようと思っていたけどすっかり忘れてしまった。
まぁ、いっか。
Mたち 佐楽 @sarasara554
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