第2話

ー ツトム ー 

 私は馬鹿にされてもしょうがない。

本物のバカなんだから。

彼氏の嘘に3年間も気づけなかった私は、愚か者でしかないのだ。

半年も前から、今年こそ一緒に過ごそうと約束していたクリスマスの今日。ツトムが私の元へ戻ってきてくれると、密かに期待していたなんて、

本当に助けようのないバカだ。


 元カレのツトムとは、もう30歳目前だし、

勝手に結婚を視野に入れて付き合っているものだと思い、

両親にも友達にも、「近々、彼を紹介する」と

浮かれて言いふらしていたのに。

どうして。。。。


 ツトムとの出会いは、

高校卒業後初めて、ミチルと街でばったり会った4年前のあの日、

尽きることのない思い出話と部活仲間の噂話に

立ち話も何だからと言って、近くにあった居酒屋に入った時だった。

たまたま隣の席で一人で飲んでたツトムに

「美味しそうですね。それ何ですか?」と話しかけられただけだったのに、ノリのいいミチルが「一緒に飲みましょう。」と誘ってしまった。

私はミチルと話したかっただけなのに、

私に一言の断りも無く身勝手な行動を取る、

高校の時から何も変わってないミチルに呆れたが、

結果的にツトムと意気投合し連絡先を交換することになった。

でも、それから、連絡は無かったし、私も恋愛には興味が無かったから、

彼の存在すら忘れかけて頃に

『また出張でそっちにいくから会えないか。今度は二人きりで。』と

連絡がきた時は、彼の存在を思い出すのに時間がかかった。


 初めてのデートで、私たちの距離は一気に近づきすぎてしまった。

恋愛をほとんど経験してこなかった私には、早すぎる展開で、

ドキドキに耐えられず、思わず目を覆ってしまいそうな

ドラマや漫画でしか見たことのない世界だった。

自分の鼓動で、頭がボーッとしてしまうほどの

強烈な喜びに満たされた感覚を初めて味わった。


それから、月に1度か2度、私のアパートで会ったり、

旅行にも必ず年に1度は行って、遠距離恋愛をなんとか続けていた。

会いたい時に会えないし、連絡取りたい時に取れなくて、

寂しさからわがままを言ってツトムを困らせたりもしたが、

「もうすぐ、ずっと一緒にいれるようになるよ。今だけの我慢だよ。」と、私の心を掴んで離さないツトムの魔法の言葉だけを

信じたいと思い込んでいた。


あの日までは。。。


思い出したくもない数ヶ月前のあの夏の日、

ミチルの住む街で開催される花火大会に行こうと、

ミチルから誘われていた。

私の最寄駅から3つ先の駅で電車を降りる。

引っ越したばかりのミチルの家に行くのは、その時が初めてだったから、

スマホで地図を確認しながら歩いていた。


大きな公園の前を通りがかり、

「パパー!」と叫ぶ声にハッとしてスマホから、

声がした方へ目線を送った。


3、4歳ぐらいの男の子が青いゴムボールを拾い上げ、

「パパ~、行くよー!」と気合十分に言い放ちボールを放ったが、

明後日の方向へ飛んでいく。

私もつい溢れた笑みのまま、ボールの行方を追う。

ボールを追いかけて行った男性が、拾い上げて顔を上げた。


ツトムだ。


なぜ、こんなところにいるのか分からなかったが、

それは絶対にツトムだった。

つい二日前に、「髪切ったよ」って送ってくれた写真と同じ

耳元を刈り上げた髪型をしてるし、

どこから、どう見てもツトムにしか見えない。


私に気づいていない彼に、「ツトムー!」と呼ぼうと手を上げた時、

ツトムは芝に敷かれていた敷物に向かって歩きだした。

そこには妊婦の女性が座っていて、

ツトムはその女性の隣に足を伸ばして座り、

女性のお腹をゆっくりと撫でた。

男の子が「ママ~」と走って戻ってきて、女性に抱きつく。

そこには、私が夢にまで見た幸せな家族の一コマが繰り広げられていた。


手を振る準備をしていた私の右手と、広角が上がったままの口元が、

居場所を見失い困り果てている。その手を理性で一旦下ろし、

唇をギュッと噛み締めて、何事もなかったかのように歩き出した。


私が見たものは、きっと私が想像したようなことでは無いのかもしれない、きっと勘違いなんだと自分を落ち着かせようとすればする程、逆に涙が止まらなくなった。


ミチルの家に着く頃には、周りの目も気にせずに、

呼吸が乱れるほど泣きじゃくっていた。

浴衣姿のミチルがアパートのドアを開け、

私の姿を見るなり、「大丈夫?どうしたの?とりあえず中に入って。」と

私の背中に手を回し、そっと部屋の中へ迎え入れてくれた。

部屋中に積み上がってる段ボールの壁をすり抜けて、

ソファに置いてる服やら雑誌やらをテーブルの上に放り投げ、

「ここに座って」と言うと、

動けなくなっている私の手を引っ張って座らせ、

ペットボトルのお茶と箱ティッシュを目の前に置いた。

「どうしたの?何があったか話して?」


見たまま、そのままを、ゆっくりと息を何度も詰まらせながら話した。


 私だって本当は理解している、

だけど、幻であって欲しいと願っているからこそ、

私が知らずに犯していた罪、

『その言葉』だけは、口にすることはできなかった。


それなのに、私の気持ちを知ってか知らずか、

その言葉をミチルはさらっと言い放った。


「やっぱり不倫だったんだね。最悪じゃん。

ってかさー、出張でこっちにきてるのは真っ赤な嘘で、

この近所に家族と住んでるってことでしょ?ヤバくない?

ノブコと前に、電話で話した時に、

デートはノブコの家だけだって言ってて、おかしいと思ってたんだよ。

だけど、ノブコ幸せそうだったしさ、本当のことはわからないから、

何も言えなかったんだ。

ツトム、最悪の男じゃん。

そんな男とはさっさと縁切りなよ。マジ最低のキモい男。」


ツトムが最低な男なのはわかったが、

ミチルにそこまで言われたくなくて、ミチルに対しても怒りが湧いてきた。


居酒屋でツトムを気に入っていたのはミチルの方で、

ツトムが私には連絡して、ミチルには連絡していなかったことを知って、「ノブコに負けた」と、直接言いはしなかったけれど、

私に対する怒りなのか、ヤキモチなのか分からない、

不貞腐れた態度をとるほど、ミチルもツトムを気に入っていたじゃない。


でも、こんなつまら無い事でミチルと言い争うほどの心の余裕は無くって、これ以上話すことさえできない極限状態だった。

ミチルに「駅まで送って行こうか?」と言われたが、「大丈夫。」と断り、色鮮やかな花火が打ち上がる音を背に、

「どうして?… 愛してるって、言ってたのに…」と

何度も何度も頭の中でリフレインしながら、

真っ黒なコンクリートだけを見つめて帰りの電車に乗り込んだ。



*このストーリーはフィクションです。

最後まで、読んでいただきありがとうございました。

続きもお楽しみに!

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