第66話 対面③

「早く見たいぞ!」

「まあ落ち着いてくれ。すぐに渡す」

 目を輝かせながら立ち上がり、ピョンピョン跳ねている子ども。

 ワクワク、ワクワク! と、その感情を沸き立たせているレミィを一度制止させた漆黒は——。


「大したものじゃないんだが……これがプレゼントだ。現物のままなのはすまん」

 相手は立派な商業人。 

 このような贈り物をする時、謙遜の気持ちを込めて渡すのが大人だろう。

 明らかに高価なもの贈る場合に使用するのは好ましくない使い方だが、権力者を前にしているわけでもある。

 この言い方でも間違ってはいない、と判断して贈り物を机上に置いた。


 黄金色の液体が入った、豪華な装飾がされた手のひらサイズのガラス瓶を。


「……」

「……」

 これを見た途端だった。

 『わー!』となっていたレミィはスイッチが切れたように、スンと落ち着いた。

 ポルカはポルカで『よかったね〜』という言葉が出ることもなく、目を見開いたまま体を硬直させた。

 それどころか、恐ろしがる感情も。


「ん? な、なんかそんな反応されるとは思ってなかったんだが……」

「だって……。レミィ、もう少し別のものでも、嬉しい」

「ほ、本当にその通りでございます、漆黒様……。そのような大変貴重なものを受け取るわけには……」

「……」

 あのサブ拠点から持ち運べるだけ持ってきた——1つの幻の万能薬を少し動かしてみれば、レミィは逃げ帰るようにポルカの隣に。

 ついさっきまでグイグイきていた姿はもうそこにはない。

 自分の体がその薬で治っただけに、近づくことすら恐ろしいほどの価値があることを知っているのだ。


「な、なんで、レミィにそれプレゼントするの……」

「あ、ああ。そういうことか」 

姉妹揃って『受け取るわけにはいかない』と一貫した態度を見せられる中、ようやく漆黒も理解する。

 納得ができないから怖いのだと。受け取れないのだと。


「これを贈る理由は“いい夢”だと思ってな。レミィのことを応援をしたくなったんだ」

 そう言い切って、なにがなんだかわかっていないポルカを見る。


「ポルカさんは聞いてないだろうが、昨日レミィを送り届けた時、こう言ってくれたんだ。俺にいつか頼られるようにもっと力をつけて、この薬を集められるようになって、レミィがしてもらったように、困ってる人を治すんだって」 

「レ、レミィが、ですか……?」

「一言一句違わずには言えてないが、大まかにはこうだよな?」

 二人で視線を向ければ、恥ずかしそうに顔を伏せて——。

「……絶対、叶えたい」

 と、小さな声で。


「無論、俺もこのアイテムの価値は十分わかってるが、一つ渡したところで不都合はないんだ。むしろ使い道がないどころか手に余るくらいだったから、有意義に使ってくれる相手に渡した方が何倍もいい」

「こ……こちらをお売りして資金を増やすことは考えられておられないのですか? 先ほど『いつなくなるか不安』とおっしゃられて……」


「……ま、まあそれはそうなんだが、言い値ってくらいに価値がつけられないものを売れば必ず目をつけられるだろう? それは当然好ましくない。言い換えれば売りたくなった時もそう売れない不便な代物なんだ。コレは」

『幻の万能薬を売りにきた者』という情報が出回り、『大量のお金を持っている』『他にも貴重なアイテムを持っているかもしれない』なんて噂されたらどうなるか。

 強盗に狙われる可能性が高まる。

 橋の一件の時のようにまた襲われる可能性だってある。もし奇襲でもされたら……この先は想像するまでもない。


 安全に生活したいだけに、リスクだけは絶対に取りたくないのだ。

 

 それに——。

「レミィ」

「な、なんだ」

「レミィの夢を叶えるには、この薬は必ず助けになる」

 ゲームの知識があるから、それっぽく、ちょっとカッコつけて言えること。


「貴重なアイテムは金のなる木だ。その分、偽物もあれば、大金を払って詐欺に合う可能性もある。そのリスクを簡単に排除するには、本物と見比べることだ」

 鑑定眼の最大レベルで完璧に判別することは可能だが、子どものレミィにはまだ早い。


「幸い、出回ってないアイテムなだけに模造品は粗い……はず。本物一つ持ってれば成分も調合方法も調べられる。もしかしたら新たな調合方法を見つけることができて、生産量を増やすことができるかもしれない。それは俺も嬉しいことだし、下心を言えば、安く譲ってもらえる未来があるのかもしれない」

「っ」

「どうだ? こう聞けばいろいろ納得できるだろう? 贈ることで俺にもいいことがあるんだ」

 寝かせておくだけでは、なんの意味もないことで……メリットを伝えれば、コクッと頷いて納得したレミィ。


 そして、この姿をポルカが目に入れた瞬間だった。

「レミィの夢を叶えるため、ありがたく頂戴いたします」と、口を動かし、真剣な表情でいち早く受け取るのだ。


「また、一つご提案させていただきたいのですが——」

「ん?」

「今回は融資、ということにしていただけませんでしょうか。そういった形でも漆黒様からのレミィへの応援の意は変わらないと思いますので」

「プレゼントなのに……いいのか? 押し付けたと言ったら押し付けたものだから、返済を求めるのは筋違いだが……」

「もちろん問題ございません。我々の面目も保たれますから」

 損のない話なだけに、そう提案されたら乗り気になる。


「そ、そうか? なら担保というのは?」

「価値がつけられないものをご返済することになりますので、烏滸おこがましくありますが、『わたし』を担保にしていただきたく。漆黒様のご命令はなんでもお聞きいたします。……言葉通り、どのようなことでも」

「ほう。それは惚れ惚れする覚悟だな」

「おねえちゃ……」

「ふふ、そのくらいわたしもレミィの夢を応援したいの」

 本当に関心するばかりのカッコいい心意気だった。


「なら……もしもの時は、遠慮なくレミィの大切なお姉ちゃんを奪取もらおうか」

 もちろんこれは軽い冗談である。さすがに人の人生を担保として受け取ることはしない。いや、できるわけがないこと。

 軽い声を意識してわかりやすく伝えれば、見た目に寄らず、ふわふわした雰囲気のポルカのノリは誰よりもよかった。


「あらっ、それは大変なことになったね、レミィ?」

「む……」

 冗談に乗ってくれるポルカであり——なぜか漆黒ではなく、姉に頬を膨らませるレミィだった。

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