第65話 対面②

「まずは遠慮なく座ってほしい」

 ドレスアップした表情乏しめのレミィとふわふわした雰囲気を持つポルカを書斎に案内してすぐ。

 正面にあるソファーに手を差し出しながら指示した矢先。

「レ、レミィ〜?」

 姉のポルカが早速、この声を上げる。

 それも当然。


 漆黒が手を差し出した側のソファーではなく、当たり前の顔をして、漆黒が座る方のソファーに座ったレミィだったから。


「本当、なにしてるんだか。お姉ちゃんを困らせるべきじゃないぞ?」

 ポルカと同様にこのツッコミが出るのも当然のこと。


「でも、隣に座るぞ。座りたい」

「も、もうー。今日はそういう場じゃないでしょう?」

「だって、久しぶりに会えた」

「……ま、まあその鋼の意志は商業人にとって大事なのかもな」

「本当に申し訳ありません。漆黒様……」

「いや、俺の方こそなんかすまない」

 萎縮しながら頭を下げるポルカに手を振り、怒ってないことをアピールする。

 相手は権力者の娘なのだ。頭を下げられるとこちらの方が萎縮する。


「一応こっちはこれでも問題ないから、気にしないでほしい。むしろ好かれてるようで気分はいい」

「寛大なご対応、心より感謝いたします」

「レミィも感謝する」

 と便乗するように言いながら、なぜか体を寄せてくるレミィ。

 もし防具を着ていなかったらこの行動に動揺していただろうが、着ているおかげで人肌や柔らかい感触も感じない。

 

「……手を焼いてるんじゃないか? コレに」

 冷静なままにポルカに視線を送りながら伝えれば、綺麗な苦笑いを浮かべながら言う。

「確かに漆黒様のおっしゃる通りなのですが、病気がちだった頃には見られなかった姿ですので、また嬉しい姿ですね」

「ああ、なるほど。それもそうなるのか」

「むふ」

 いい言葉を聞けて嬉しそうな声が漏れているレミィ。


「まさかここまで押しが強い性格だったなんて気づかなかったくらいで……。本当、あの大変貴重なお薬を恵んでいただいた漆黒様には頭も上がりません」

「いや、それは俺の方こそ。だからそう硬くならないでほしい。むしろレミィをお手本にして楽にしてくれ」

 立場的にも。身分的にも。その他には——。


「壊すつもりは毛頭なかった分……橋の修繕費を出してくれたこと、本当に感謝している。こちらこそ頭が上がらない立場だ」

「そっ、そんなそんな……」

 白魚のような手をパタパタと振りながら、恐縮した様子。あわあわとしたマークが浮かんでいるようにも見える。


「正直なお話、修繕費を出させていただいたところでお助けにはなれなかったと考えておりまして」

「ん? それまたどうして?」

「金銭面でのお困りごとはないと思いますから」

「いや、それは誤解だ」

 手をパーにして、堂々と伝える。


「確かに不自由のない生活はできているが、自慢できるほどの資金があるわけじゃない。……まあアイテムを売ればどうにかなる部分だが、それを抜きに考えればいつなくなるか不安って言えるくらいだ」

 カレン、リフィア率いる公爵家や、ニーナ、マリー率いる聖々教会から大量の謝礼金はもらったものの……以前として仕事をしていないのだ。

『減る一方』なだけに、賄ってくれるのは一番嬉しいこと。


 また、諜報員スパイやトレジャーハンターという嘘をついただけに、そんな仕事をしていると思われているが、なぜバレていないか不思議で仕方がないこと。

 追及されないのも不思議で仕方がないこと。

 

「マリーが言っていた恵まれない方々に支援をされているというのは本当のことなのですね……」

「……ん? すまん、聞き取れなかった」

「あっ、申し訳ありません。ただの独り言ですから」

「そ、そうか」

 なにか勘違いしているような言葉を耳に入れた気がするが、考えごとをしていたばかりに聞き取れなかった漆黒である。


「……橋、壊すつもりがなかったのはウソ」

「本当なんだが……」

「そんなカッコいいウソ、いつかレミィもつきたい」

「いや、本音を言ってるんだが……」

「信じない」

 もうレミィの中では確定しているのか、硬い鎧に頬擦りをしてくる。絶対に勝手が悪いだろうに、なぜかご機嫌そう。

 そんな彼女は『あ』とした表情を見せた後、上目遣いでおねだりしてくる。


「ね、昨日言ってたレミィのプレゼントはいつもらえる? ずっと楽しみにしてる。昨日あまり眠れなかったくらい」

「はは、そんなにか?」

「ん、本当だぞ」

 首を上下に動かしながら、目を輝かせてもいるレミィ。これで嘘なら人間不信に陥ってしまいそうなほどわかりやすい。


「まだ年も年なんだから、ちゃんと寝てくれないと心配になるんだがな……」

「じゃあちゃんと寝た」

「……そ、そうか。なら安心だ」

 こうしたところは年相応だろう。『じゃあ』と言っている時点で、もう嘘は明白である。

 そして、ジト目を作って牽制を入れるポルカだった。


「レミィ〜、まだお話の途中なんだから我慢して。漆黒様に謝礼品もお渡しできていないんだから」

「おねえちゃ、だめ?」

「ダメ」

 そう断れた瞬間、顔がこちらに向く。

「……だめ?」

 次に漆黒に問いかけるレミィ。この柔軟な発想にはさすがに笑ってしまう。


「俺からはポルカさんさえよければ。謝礼の順番は特に気にしない」

「——おねえちゃ」

 途端、ソファーから立ち上がったレミィは、パタパタとした足音を鳴らしてポルカに顔を近づけていく。

 それはもう目と鼻の先の距離感で——この圧に押されるように、『うう』と可愛らしい声が漏れている。


 立場上は断らないといけない。だが、可愛い妹のお願いはそう無碍にできないのだろう。


「し、漆黒様……よろしいですか?」

「ああもちろん。むしろお姉ちゃんらしくていいんじゃないか」

「そ、そのようにからかわないでくださいませ……。お恥ずかしいです……」

「おねえちゃの顔、赤くなったの初めて見た」

「そのくらいお前のことを大事にしてるってことだな」

「嬉しい」

「も、もう……」

 この流れに完全に弱っているポルカ。

 カレン、リフィア姉妹。ニーナ、マリー姉妹を見てきたが、本当に全員が良い姉妹を築いていた。


 そうして微笑ましい気持ちで立ち上がる漆黒は、今回のプレゼントを入れた引き出しに足を動かすのだ。


 また、この数十秒後のこと。

 ——ポルカはこの判断を取ったことを後悔することになる。

 漆黒が出したプレゼントが予想を超えるものであったばかりに。

 今回持ってきた謝礼品では、絶対に釣り合わないとわからされてしまうことで。

  


 *



 あとがき失礼いたします。


 大変お待たせいたしました……! 

 毎日更新は難しいところではございますが、なるべく早くの更新を目指して、本日より更新再開となります!!

 

 今後とも何卒よろしくお願いいたします……!

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