ミッドナイト眠剤ハイ散歩
鮎河蛍石
眠れない夜
これは悪夢なのか?
だったらどれ程よかったことか。
眠れない夜ってあるだろ?
そんな夜が続いてたんだ。
ここ半年、ずっとさ。
勘弁してくれって感じだ。
医者に掛かって眠剤を飲む。
最初はすこぶる効いてたさ。
そのうち薬に耐性がついて、寝付けなくなった。
よくあることだろ?
医者に相談、処方量が増える、眠れない、医者に相談、処方が変わる。
それの繰り返し。
寝ようと気張って、緊張するから眠れない。
瞼を閉じると浮かんでは消え、浮かんでは消えする、将来だとか未来だとか、そういったせせこましい思考の連鎖が、不本意な覚醒を促す。
とどのつまり、寝つきが悪いってのは心の問題なんだ。
満たされなかった今日だったり、ため息から始まるだろう明日が、心をいやにざわめかせる。
冗談じゃねえ!
手元にはパチンコ屋で手に入れた焼酎と、クソの役にもたたねえ眠剤がある。
薬が入った紙袋から中身をぶちまける。
手のひらで山盛りになった粒には、ピルカッターのガイドの溝が刻まれている。これはキツイ薬の証だ。
薬を焼酎で流し込む。
鼻を刺すエタノール臭で咽た。
間接照明が照らす薄暗い穴蔵めいたワンルームに、俺の咳が響く。
丸めた背中をさすってくれるパートナーなんて勿論いない。
畜生が!
畜生が……。
どうしてこうなっちまった?
思い当たる節しかない。
じゃあなにから手をつけりゃあ良くなる。
何もかも焼け付いちまった人生に。
「——————五千円」
俺は財布からクシャクシャの千円を五枚、男に押し付ける。
その引き換えにカギを受け取る。
頭が痛い。ハンマーでたたき割られたみたいに痛い。
おまけに脚もしこたまぶん殴られたみたいに痛い、肩なんかがちがちに強張って動かすだけで軋みやがる。
どこだここは?
「××駅西口のコインロッカー」
男はそれだけ告げて夜の街に消えた。
これはアレか。
ODって奴か。
眠剤の副作用で錯乱した俺は、××駅前までふらふらやって来た。
街灯が照らすショーウィンドウを見ると、額から赤い黒い筋を伸ばした俺が映っている。
なるほどな、ぶん殴られたから頭と脚が痛むんだ。
頭を誰かにカチ割られて、脚をしこたま誰かにぶん殴られた。
ろくでもねえな。
できそこなったハードボイルドか?
レイモンド・ハンドラーが泣いてるぞ。
額をちょっと切っただけで、出血はたいしたことない。そして頭のてっぺんにコブができていた。
喧嘩なんて生まれてこの方やったこともない。
薬も酒も記憶が飛ぶほどやったことが無い。
初体験ってのは往々にして、ろくでもない結果が待ってると相場が決まってる。
情けねえ。
ラリって往来で喧嘩して、訳の解らねえ鍵を買って…………。
そうだ鍵。
こいつは何の鍵だってんだ?
男の言葉と謎の鍵に導かれやって来た、××駅の西口のコインロッカー。
鍵に着いた楕円のプラスチックに書かれた数字の扉を探す。
そしてキャリーバックが楽々入りそうなバカでかい扉を見つけた。
緑色の扉にはステッカーがベタベタ貼り付けられ威圧感を放っている。
鍵を差し込むと扉が開く。
ロッカーの中は荷物も無ければ空でもない。
そのかわりに階段が続いていた。
この先に何があるのか?
俺は興味の赴くまま階段を下った。
その階段は地下へ続いており角度は梯子みたいに急だった。
階段はらせんを描き先が見えない。
入り口は半身にならなければ通れない程狭かったが、徐々に通路の幅は広くなり、勾配も緩くなり、段差もいつしか坂になる。
地下通路は天井に埋め込まれたLEDが照らしており、若干眩しい。
ずいぶん歩いた。
地下へと続く渦巻く坂は、いつしか平坦でまっすぐな道になっていた。
道の先に赤く灯ったちょうちんが見えた。
ちょうちんにはこう書いてある。
『おむすびころりん』
自分の叫び声で目が覚めた。
俺の部屋だ。
夢だったのか。
気色の悪い夢だった。
頭が痛い。
喉も渇く。
手にねばついた感触がする。
右手を見ると握りつぶされ梅肉がはみ出た握り飯があった。
「なんだよこれは!」
壁に握り飯を叩きつけた。
ミッドナイト眠剤ハイ散歩 鮎河蛍石 @aomisora
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