第33話 人命救助

あいつが深層に転移した時、俺は何もできなかった。

無事生還したから良かったが、知り合いが死にそうになっている時に配信を眺めるだけ、なんてのはもう二度と御免だと思った。

だから俺はレベルを上げた。

3日で30レベまで上げて、翌日には25層のワイバーンを討ち取り、26層に初めて踏み入ったのがつい昨日のこと。

今のレベルは31だ。




「バウンド!バウンド!バウンド!バウンド!」


俺が駆けつけた時には既に要救助者の姿は無かった。

代わりに高速で跳ね回るサンの姿があった。

サンが相対しているのは『山男』という魔物。

確か28層〜30層に出る一般魔物だ。

本来26層には出ない。

推奨討伐レベルは32レベ前後。

出てくる階層で変動するが、スタンピードが起こっている今は格上と思った方がいいだろう。


「…アースブレード」


俺は茂みに身を隠し、剣に魔法を付与した。

相手が格上なら隙を見て一撃で決めなければならない。


(…あの時と同じか)


サンが囮になって敵の注意を引き、俺は敵が完全に背中を向けるのを待つ。

だがあの時とは違い俺の体調は万全。

そして何より、サンの動きが完全に別物になっている。


(速ええ…)


配信で見た時も速いと思ったが、実際に目の前でやられると本当に姿を見失う。

これが世界最速か。

しかも『衝撃緩和』と『隠密』の効果で着地音もせず、


「バウンド!」


という声に目を向けても、サンは既に跳んだ後。

…しかしこう速いと俺も出て行くタイミングが難しいな。


(…いや、よく見りゃ跳び方に規則性がある)


相変わらずサンの姿は見えないが、サンを目で追おうとする山男の動きから一定のパターンがあることが分かった。


「バウンド!バウンド!バウンド!バウンド!」


右、左、前、後ろ。

この順番でサンは跳んでいるようだ。

そして、山男が俺にケツを向けるのは3度目の『バウンド』の後だ。


「フー…」


サンのお膳立ては完璧。

あとは俺が山男をぶった斬るだけだ。


「バウンド!バウンド!バウンド!」


今!

背を向けた山男に飛び掛かり、ロングソードを大上段に振り上げる。


「GIGI!!?」


気配を察知して山男が振り返ったが、もう遅い。

避ける間も無くロングソードは山男の脳天にめり込んだ。

しかし、両断は叶わず。


「GIGIIIIIIIIIIIII!!!」

「ちぃっ!!」


おまけに致命傷でもなかったらしく、山男は拳を固めて殴り返してきた。

俺は盾で受けたが受け止めきれず、身体ごと吹き飛ばされた。


「万堂さん!?」

「問題ねえ!!」


やや体勢を崩されたが、すぐに立て直す。

倒せはしなかったが、深傷は与えた。

ダメージの影響か山男はその場で棒立ち。

追撃もない。

一瞬後、俺の後方に生えている木の上にサンが着地した。


「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だっつってんだろ。それより、悪いがまた囮役を頼む。次で決める!」


パンチの重さで分かったが、相手はやはり格上の魔物だ。

だが、あれだけダメージが入っているなら十分勝ち目はある。


「分かりました!バウンド!!」


サンはスキルを発動し、一直線に山男へ跳んで行った。


「GIGIIIIIIII!!!」


山男は即座に拳を構えて迎撃体制。

サンが跳んでくる軌道上に右ストレートを被せた。

が、拳が当たる直前、サンの姿は煙のように消えた。


「今です!!」

「オラアァッ!!!」


空振りして前のめりになる山男。

その脳天に再び剣を叩き込むと、今度こそ頭蓋は真っ二つに割れた。




山男を倒すと、左手の茂みからサンが戻ってきた。

どうやら攻撃を受ける直前に横に跳んで逃げたらしい。


「また上着でも投げんのかと思ったぜ」

「え?ああ…今は素早さカンストしてますからね。もう小細工も目眩しも必要なくなりましたよ」

「そうか」


それは何よりだ。

奇策なんて大抵運の要素がデカいからな。

普通に戦えるのが1番良い。


「あ、レベル上がってる!新しいスキルもある!」


格上の山男を倒したことで俺達はレベルが上がった。


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:万堂 堅也

レベル:32(+1)

体 力:57(+2)

攻撃力:57(+2)

防御力:56(+2)

素早さ:56(+2)

魔 力:20/25

 運 :10

S P :0(-8)

スキル:剣術、シールドバッシュ、土盾、石飛礫、アースブレード、闘志

ーーーーーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:28(+1)

体 力:30(+7)

攻撃力:35

防御力:10

素早さ:120【MAX】

魔 力:9/10

 運 :24

S P :0(-7)

スキル:バウンド、透視、衝撃緩和、隠密、一閃、天恵

ーーーーーーーーーーーーーー


俺は万能型なので雑に上から均等に割り振った。

サンは悩んでいたが、全てのポイントを体力に割り振った。

救助活動を行うなら体力は重要だろう。


「すみません、『天恵』ってどんなスキルか分かりますか?」

「確か、回復系のレアスキルだったっけな?」

「おお、回復系のレア!」


自分含む周囲の人間の怪我を少しづつ回復させる、みたいな感じの能力だったはずだ。


「うーん…今の状況では使えそうですね…」

「何か不満か?」

「いや…私もミアさんも防御力捨て気味で、全回避前提の構築なので、今後使うかって考えると…」

「ああ…」


一応詳しく調べたが、回復範囲は半径2メートル。

回復効果は1分毎に体力1回復程度だった。




救助再開。


「基本的に戦闘は避けていく。さっきは勝てたが、何度も格上と戦うのは自殺行為だ」

「分かりました。あ、この下です!」


要救助者は随分深くに埋まっていて、土砂を掻き分けるのも一苦労だった。

本来なら重機が必要だったかもしれない。

だが俺達は探索者だ。

ステータスは30まで上げると人間の限界を超え始める。

攻撃力35のサンでもヘビー級ボクシングチャンピオンより腕力は上。

攻撃力52の俺に至っては人間重機と言っても過言ではない。

スコップも無いので盾や剣を使って数分掘るうちに、要救助者が顔を出した。


「この人、息してません!」

「中級ポーションがある、飲ませるぞ」


掘り起こした探索者にポーションを飲ませると、少ししてゴホゴホとむせ返った。

よし、とにかく息は吹き返したな。


「救助した人は地上に運んだ方が良いですよね?私、ちょっと行ってきます」

「1人で大丈夫か」

「行って帰ってで30秒ってところですかね」

「怪我人背負ってんだから無茶すんなよ」

「じゃあ1分くらい目処で」

「あと行く前に他の奴が埋まってる場所を教えてくれ。掘り返しておく」


サンは救助者を抱えて走って行った。

一瞬で姿が見えなくなったので、俺は俺で土砂を掻き分ける作業を進めた。


「うわぁーっ!?」


そしてすぐにサンの悲鳴が聞こえた。

見てみたら、海外の子供向けアニメみたいな勢いでサンが空に跳び上がっていった。

魔物にでも鉢合わせたか?


(…まあ、あいつなら大丈夫か)


実際特に問題は無かったらしく、サンは宣言通りの1分ほどで戻ってきた。

同様の作業をもう一度行い、この土砂の下の要救助者2名は無事に救出できた。


「次はどこだ」

「透視!ええっと…向こうです!」




その後も2人で救助活動を続けた。

救助した者の状態もまちまちで、意識がある者もいれば、間に合わなかった者もいた。

何であってもサンは地上まで運んで行った。


「ダンジョンで死んだら遺体も消えてしまいますから。それに、往復1分ですし」


重症を負っている者にはポーションを飲ませた。

自分達で持参したポーションはとっくに無くなったが、サンが1層に戻る度に新しいポーションを貰ってきた。


「ちなみに私達、救助人数ぶっちぎりの1位らしいですよ」

「そりゃそうだろうなあ…」


サンがいれば当然だろう。

ネット上ではニンジャとかアサシンとか言われているが、サンの能力は人助けが1番向いているんじゃねえかな。


「待て、魔物だ」

「うわ…氷の鳥ですか。アレ絶対この辺の魔物じゃないですよね」

「31層から雪フィールドだ。まず間違いなくそっちの魔物だろう」

「待ってればどっか行きますかね?鳥だし」


しかし、氷の鳥はその場から一向に動こうとしなかった。

くそ、あの土砂の下に要救助者がいるっていうのに。


「…あいつのレベルってどれくらいですかね」

「雪フィールドの魔物なら最低33、最高38ってところか」

「6レベ上は厳しいですね…」


さっきの山男は1〜2レベ程度上の魔物だった。

それでも不意打ちの1発で倒せなかった。

それほどレベル差というものは大きい。


「でも、逆に言えば最高でも6レベ差ですよ」

「…運が良ければ1レベ差か」

「最悪、私が囮になって遠くに魔物を連れて行けばいいし」

「…やるか」

「やりますか!」


幸運にも、氷の鳥は全く勝てないというレベルではなかった。


「バウンド!一閃!一閃!」

「JIIIIIIIIIIIIIIIII!!?」


飛び上がった氷の鳥をサンが空中まで追いかけて『一閃』で攻撃。

両断には至らなかったが氷の翼にはヒビが入って飛べなくなり、


「アースブレード!!!」


落ちてきたところに俺が斬撃を合わせて倒した。


ーーーーーーーーーーーーー

名 前:サン

レベル:29(+1)

体 力:30

攻撃力:40(+5)

防御力:10

素早さ:120【MAX】

魔 力:3/12(+2)

 運 :24

S P :0(-7)

スキル:バウンド、透視、衝撃緩和、隠密、一閃、天恵

ーーーーーーーーーーーーーー




氷の鳥を倒して要救助者を掘り起こし、上層まで運んで戻ってきたサンは腕にドローンを抱えていた。


「被害状況調査用のドローンをもらってきました。映像はテレビとかで流れるかもしれない、とのことです」

「そうか。じゃああんま悪いことはできねえな」

「万堂さんが悪いこと?しなさそー」

「…」


サンは慣れた手つきでドローンを飛ばした。


「結構助けたが、あとどれくらいだ?」

「結構助けましたけど、未だ山の3分の1くらいしか見てませんね…」

「マジかよ…いつになったら帰れるんだこれ」

「0時には帰りたいですね…」

「今何時だ?」

「23時です」

「無理そうだな」

「無理そうですね…」


疲労で重くなった身体を無理矢理動かして救助作業を続行する。

土砂の下から人間を掘り返してはサンが運び、また掘り返しては運び。

魔物を見つけた場合は隠れてやり過ごす。


「あ、右の方に巨人が見えます」

「どんな巨人だ?」


巨人系の魔物も種類が多い。

サイズの違う奴から、多腕、一つ目、首無し巨人まで様々だ。


「多分、40層のボスです」

「あいつかぁ…」


40層の階層主は有名だ。

外見はやや毛深いだけの茶色の巨人。

サイズも3メートル程度で、多腕でも一つ目でもない。

だが、1日のほとんどを沼に浸かって寝て過ごすという『最も怠惰な魔物』として有名になった。

ついた名前が『ビッグトロール』だ。


「スタンピードで起こされて暴れてんのか?」

「もしかして山崩れの原因?」

「かもな…」


流石に40層のボスとは戦えないので俺達は左に進路を変えた。




「大丈夫ですか!」

「た、助けて…」


下層まで来る探索者は男の方が多い。

だから救助者も男ばっかりなのだが、今回は珍しく女だった。

助け出すと自力で意識を取り戻し、


「まだ下に鞘と波ちゃんが…」

「分かってます。大丈夫、全員助けます」


女探索者は3人組のパーティーだったらしく、土砂の下から更に2人が出てきた。

この2人は気絶していて、そのうちの1人は腹を怪我して重症のようだった。


「重症の人から運びます」


気絶している2人にはポーションを飲ませ、サンが重症を負っていた女から運んだ。


「波ちゃんは…」

「息はあった。多分大丈夫だろ」

「ありがとう…ございまずぅ…」


女探索者は礼を言うと泣き出した。

窮地を脱して緊張が緩んだんだろう。


「よく頑張ったな」


彼女は頭も身体も土で汚れていたから、軽く払って背中の汚れを落とした。

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