深夜、イケメンを拾いました

斎木リコ

第1話 イケメンを拾いました

 深夜帯。それは、住宅街が寝静まる時間。街灯が心許なく灯る道には、普通の人はいない。


 繁華街ならまだしも、こんな家だらけの場所には、酔っ払いも通らないしな。


 でも、自分のように出歩く人間は、いる。いや、実は通りすがった相手は人間じゃないのかもしれない。




 深夜に家を出るようになったのは、ほんのちょっとの悪戯心からだ。人が寝静まった時間帯に外に出る。その特別感を感じたかった。


 子供の頃、遠出をする時は夜中か夜明け前に家を出ていたのを思い出す。あれの影響か、未だに暗い中外に出るとわくわくするのだ。


 そうだ、自分に足りなかったのは、このわくわく感だ。最近は家と職場の往復だけで、ときめく暇もなかった。


 この深夜の散歩は、ときめきを取り戻す、いいチャンスなのだろう。


 深夜の散歩が日課になりつつある今日この頃、普段通りのコースを歩いていた時に、それは起こる。


 中学校の前を抜け、もうじき来る角を曲がって……と思ったら、いきなり目の前が真っ白になった。


 あまりのまぶしさに、目が開けていられない。何も見えなくて動けなくなっていたら、目の前に人の気配。


 変質者か!? 慌ててなんとか目を開けて確認すると、やっぱり人が立っていた。一目出日本人じゃないとわかる、端整な顔立ち。


 そして、全裸だった。変質者あああああああああ!!


 悲鳴を上げたつもりだったけれど、声がにならなかったらしい。慌てて両腕を振り回したら、相手はこちらの腕をがっしりと掴んできた。


 う、動けない。何て強い力だろう。ああ、こんなところで人生終わるなんて……


 世を儚んでいたら、相手が何か言った。


「*@※△×」

「はい?」

「**、*@※△×!」

「いや、何言ってるのかわからないって」


 聞いた事もないような言葉を、べらべらべらーと話されてびっくりした。相手が全裸なのも忘れる程。


 彼は何か困っている。でも、こちらも困る。何せ、相手は全裸だ。目のやり場に困るというもの。


 今は深夜だから、この辺りに人通りはない。でも、騒げば近所にも民家はある。誰かが出て来てしまうかも。


 仕方ない。着ていたコートを脱いで、相手に渡した。サイズが合わないから着られないだろうけれど、せめて下半身くらい隠してほしい。


 変質者である彼は、受け取ったコートを無事腰に巻いて、危険ブツを隠す事に成功した。


 それにしても、改めて見る彼はイケメンだ。顔立ちが整っているのもあるけれど、体型がまた凄い。


 鍛え上げられた筋肉。バランスよくついているから、スタイルがいい。そして顔。彫りが深く、どこの映画から抜け出ていたんだという程だ。


 明るめの茶髪、明るい緑の瞳。


 こんなにイケてる見てくれなのに、どうして変質者になどなったのか。露出がしたいのなら、それこそ映画界にでも行けばいいのに。彼なら、きっとどの国でも引っ張りだこだろう。


 言葉が通じないとわかったイケメンは、目に見えて落ち込んでいる。どうしたものかと思ったら、くしゃみが出た。


 日中は大分暖かくなったとはいえ、夜はまだ冷える。だから上着を着てきたんだし。


 ここでこうして、半裸のイケメンと対峙していても仕方ない。放置する訳にもいかないから、イケメンを拾って帰る事にした。




 翌朝、あれは夢だったのではないかと思いたかったが、イケメンはしっかり自分の部屋にいた。朝日の中でおがんでも、やっぱりイケている。


 しかし、着る物をどうしたものか。この家は祖母から譲り受けて一人で済んでいるものだし、当然彼のサイズに合うものはない。


 下着くらいなら……と思わないでもないが、どう考えても入らなそうだ。


 仕方ない、買いに行くか。


「ドコヘいく?」

「ああ、あんたが着るものを買いに……って、えええええ!? 言葉ああああ!?」


 驚くのも当然だ。目の前のイケメン、いきなり日本語を喋ったのだから。


 夕べは、よくわからん言葉を話していたはずなのに!?


「君ノことば、覚エた」


 たどたどしいけれど、詳しく聞くとこっちが寝ている間に何かをして、言語情報を得た……らしい。


 あれ? これ変質者じゃなくて、もっと違うヤバい人? 宇宙人とか?


 どうしよう。自称宇宙人ならまだしも、本物だったら。いや、自称も大分ヤバいけど。


「ウチュウ……じん? とは?」

「あれ? 口に出してた? ええと、宇宙人とは、地球外から来たとされる別の惑星の人類?」


 そういえば、宇宙人の定義って何ぞ? スマホで調べたら、地球外生命体だってさ。


 それを伝えたら、今度は地球とは何かを聞いてきた。あれこれ聞かれるまま質問に答えて、とうとう昼過ぎ。在宅仕事で良かった。


 とはいえ、腹が減ってる。キッチンで、適当に作って食べるか。買い物はその後だ。




 イケメン宇宙人に留守番させ、買い物へ。自分より大分大きなサイズの服や下着を買い、ちょっとした散財を。


 まあ、最近は外に出る事も希だったから、いいか。いや、深夜の散歩はしていたけれど。


 家に戻ると、イケメン宇宙人が何やら難しい顔をしていた。


「どうかした?」

「ココは、※△@×デハないノカ?」

「何だそれ?」


 またしても、聞き慣れない単語が出てきた。しかも、多分発音出来ないやつだ。だって、聞き取れなかったし。


 イケメンは、何やら塞ぎ込んでいる。とりあえず、体に巻き付けているシーツから、買ってきた服に着替えさせよう。




 落ち込むイケメンは、それからもあれこれ聞いて来た。知識欲、半端ないな。


 それに答えつつ、家の中のあれこれの使い方を教え、気付けばイケメン宇宙人を拾って一月が経っていた。


 いい加減、警察に行った方がいいのかな。もしかしたら、誰かがどこかで捜索願を出しているかもしれないし。


 悩んでいるところを、イケメン宇宙人に見つかった。


「何を悩む?」

「う……ん、ちょっとね」


 思えば、大分流暢に日本語を話せるようになったよな。たった一月で。


 テレビも積極的に見て、本も読んで、最近ではネットも見るようになった。


 本当に、彼は何者なんだろう?


「気になるか?」

「そりゃあ、まあ」

「俺は……多分、こことは違う世界から来た」

「はえ?」


 何それ。宇宙人じゃなくて、異世界人!?




 巷には、いつからか異世界ものと呼ばれる小説、マンガ、アニメが出始めた。


 いや、正確には元から細々とあるジャンルだったんだろうけれど、ここ十年くらいでメジャーになったというか。


 でも、あれらの基本は日本人が異世界に行った、もしくは転生した、だ。異世界人が日本に来る話なんて……なくはないだろうけれど、少ないよね? 多分。


 イケメン宇宙人改め、サッドモルデスが言うには、彼は異世界で世界を救う為に戦っていたんだと。


 それで、邪神を討伐し終わったと思ったら、なんと仲間に裏切られて殺されそうになったんだとか。


「その時に、カミの力を感じたんだ」

「かみ」


 髪でも紙でもなく、多分神様……なんだろうな。


「そして、気付いたら全ての装備をなくして、お前の前にいた」


 だから全裸だったのか。一応辻褄はあうね。


 信じがたい事だけれど、どのみち彼……愛称はサッドだ。サッドとの出会いからして、普通じゃなかったから信じざるを得ない。


 いきなり目の前に、全裸のイケメンが立っててみろ、ビビるわ普通。


 しかも、あそこは隠れられるような場所が何もない。サッドの言葉が嘘なら、彼は一体どうやって全裸であの場所に立ったのかって事だよな。


 おそらく、邪神討伐をしたサッドを死なせたくなかった神様とやらが、彼を安全な場所へ飛ばしたんだろう。


 せめて、装備は剥ぎ取っても下着くらいは残しておいてやれよと思わなくもないが。


 にしても、異世界か……


「サッドはさ、自分の世界に帰りたい?」

「……」


 そこで考え込むなよ。普通なら、即答で帰るって言うべきところなんじゃないの?


 じっと彼の返答を待っていたら、俯いていたサッドが顔を上げた。


「俺は、れいの側を離れたくない」

「! そ!」


 それは、反則。そう言いたかったけれど、声にならない。そのまま、二人で無言のまま動けなくなっていた。




 結局、異世界なんてどう帰ればいいのかわからないから、サッドはうちに居続ける事になった。


 さすが神様の仕事、いつの間にか、彼の戸籍が出来ていた。これも奇跡のうちに入るのかなあ?


 ともあれ、サッドと俺は二人で暮らしている。きっと、このままずっと一緒にいるんだろうな。それもいっか。

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