【KAC20234】空腹で散歩は二度としない。

かなめ

空腹で散歩は二度としない。

 ふわりと鼻をくすぐる甘くしょっぱい匂い。

 ああ、立ち上っている湯気すら美味そうな熱を帯びてじわじわと泡立つようなタレをたっぷりとまとった魅惑の肉肉しいボディが、店頭の炭火の上で並んで心の癒やしを求めているわたしを待ってる気がする。

 ひとくち噛んだらじゅわっと肉汁が出てくるの。

 想像しただけで、くぅと腹が鳴った。無意識の期待で、口の中に唾液が溜まっていくのを止められない。月明かり頼りに散歩しながら、またお腹が鳴る。

 ふらふらと匂いにつられて足を運んだ。後悔した。


「えへへ〜」

「……は?」


 お店は、一体どこに? あるのかな? 思わず現実逃避したくなった。

 なんで焼き鳥が一本だけ宙に浮いてるの? せめて網の上とか炭火台とかバーベーキューグリルとかで焼かれていてくれないかな?


「あら〜。いらっしゃ〜い」

「は?」


 老舗のママ? みたいな上品な口調で話しかけられた。

 そう。話しかけられた。


「どうぞ〜。美味しいうちに〜召し上がれ〜」

「無理では?」

「ど〜〜して〜〜〜」


 正直に答えた。中に浮かんでる怪しげな焼き鳥にいらっしゃいさあ召し上がれとか言われても、それを口にするとか生理的に無理ですよ。

 即決で断るよ。お巡りさん、こちらです。たぶん信じてもらえない。

 何で焼き鳥と会話というか、意思疎通が出来ているの?


「え〜そんな〜〜! この旨みたっ〜ぷりむっちりボディを是非〜味わってくださいな〜」

「バルス!」


「そちらの呪文は効きませんわ~~。名店の由緒ある焼き鳥なんです〜〜! それに痛覚とかないんで、遠慮とかしなくていいんですよ〜? どうぞお口で、ガブッといっちゃってくださいな〜」

「こんなときは防犯ブザーの出番! えい!……鳴らない?」


 意味深な笑い声が聞こえてきたんですけど? 待って誰か助けて!

 バルスの呪文も企業努力の防犯ブザーも通じてくれない!


「うふふ~~ゆっくり召し上がって~~」

「無理!」




終わり

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