丘の道 Ⅱ
窓の外は、夜の色が続いていた。
月が明るい。真昼のように周囲の輪郭がはっきり見えるのも、豪雨の時とそう変わりなかった。
車が進む上り坂は、やや右回りの弧を描いていた。歩道には葉のない
どこかで見たことのある風景だ。外を眺めていた俺は、はっと気づく。そうだ、この道はいつもの中学校へ続く通学路じゃないか。
次第にぽつぽつと、歩道に人影を見かけるようになった。
坂を歩く人たちを見て、俺は少し目を見開かせる。なぜなら奇妙なことに、みな一様に全身を黒いローブで覆っていたからだ。頭にも黒いフードをかぶって、黙々と歩いている。
見知った顔であるかどうかは確認できなかった。体つきからして、学生ではなく大人のようである。
たまに背丈が低い子どももまじっていた。同じく黒いローブをまとって、大人たちに手を引かれて歩いている。
「ああそうか、みんな卒業式へ行くのか」
俺はなんとなしに、納得した。
黒いローブの人々は徐々に数を増していく。坂道にあふれんばかりまで増えて、やがて前が詰まってきた。いつしか銀杏並木の歩道には、卒業式の参列者による黒い
あまりの渋滞っぷりを見た俺は、その脇の車道でスイスイ移動している自分たちとを比べて、気まずさを覚えた。
(というか、ふつうに見つかったらまずいかもな)
俺は窓をこっそり閉める。姿勢を低くして、運転席の真島に「早く行こう」とうながした。優等生が素直に従ってくれるか心配だったが、車は程よく加速する。
「…………」
母と妹が生きていれば、あの参列者のなかにまざっているかもしれない。淡い期待が胸に浮かぶも、黒いローブとフードせいで誰も見分けがつかないことを思い出す。
再び窓をのぞこうとするのは、やめにした。
うっかりして、見つかってしまうのも怖かった。
* * *
俺こと筧井頼人と真島賢治の二人が通う中学校は、小高い丘の上にある。
だから、このまま長い坂道を進んでいけばいい。進んでいけば――やがて、坂が終わって平坦な道になるはずだ。そこが丘の上であり、すぐに学校の校舎が見えてくることだろう。
ところが、坂の終わりに俺たちを待っていたのは、思いもしない風景であった。
――湖である。
フロントガラスから見える光景に、俺は目をまばたかせた。丘の上には、中学校の校舎などどこにも見当たらない。代わりに平たい土地に、静かな湖畔が広がっていた。
水の透明度は低く、湖面は緑色に
湖の奥は白い霧が立ち込め、先がよく見えない。すぐ手前には泥にぬかるんだ岸辺に
(どうやら湖のぬかるみに、タイヤがはまったな?)
そのまま泥に引きずられて、車が沈みかけているようだ。ぴちゃぴちゃ、タイヤが水になでられている音も聞こえてくる。
俺はじたばたしなかった。
大きく酸素を吸い込む。口いっぱいに空気をため込み、頬を風船のようにふくらませた。念を入れて、片手で鼻を押さえておく。
真島のほうを向いて、準備万端とばかりにうなずいてみせた。
それを合図に、真島がアクセルを踏む。
俺たちを乗せた車は、ゆるやかに湖のなかへと沈んでいった。
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