84(最終話).とある二人













……朝の六時半。


ワタシは、誰もいない電車の駅のホームで、ベンチに座りながら欠伸をしていた。


足元には、割れたコンクリートの隙間からたんぽぽが生えており、既に綿毛になっていた。よくもまあそんな生命力があるよねと、私はそのたんぽぽを羨ましく思った。



ひゅううううう……



「うう……寒い……」


ひんやりとした朝の空気が、ワタシをぶるっと小さく震わせた。まるで『眠るな!』と言われてるみたいで、なんかムカついた。


「はあ……なーんでいきなり朝一発目から会議あるのよ……ふざけんじゃないっての。あれマジで、ただの部長の自己満じゃん……」


ワタシはスマホのカメラ機能で、自分の姿を撮した。うわーひどい……朝の化粧も全然できなかったし、スーツもちょっと寄れてる。髪もなんか、若干ボサボサだし……。


「あーあ……毎日毎日忙しいのに、心は退屈ってどういうこと……?なんかこう、面白いことないかな~?イケメンが爽やかに声かけてきてくれたりしないかなあ~……?」


なんてことをぼやいていたら、突然「すみません」と声をかけられた。


「え!?あ、はい!」


ワタシはベンチから飛び上がって、その声の主を見た。そこには、ワタシよりも幾分か若い男の子がいた。年齢は、たぶん高校生か大学生?くらいの感じ。残念ながら私好みのイケメンではないけど、感じの良さそうな印象ではあった。


その彼の隣には、女の子もいた。彼女はピンク色のボブヘアで、たぶんその彼と同学年くらいなんだろうけど、顔つき的に男の子よりは年下っぽい。


男の子の方は、大きな藍色のキャリーバッグを片手で引いており、女の子の方はちいさなポーチを肩にかけ、ベビーカーを押していた。そのベビーカーには、一歳か二歳くらいの赤ちゃんがすやすやと眠っている。


(え……?こんなに若そうなのに、もう夫婦なのかな?)


なんてことを詮索していると、男の子の方が「すみません、驚かせちゃって」と、申し訳なさそうに眉を潜めて謝ってきた。


「あ、いえ……別に大丈夫です。どうかしましたか?」


「あの、俺たち新幹線に乗りたいんですけど、どの駅に向かえばいいんでしょうか?」


「ああそれなら……この四番線のホームに来る電車に乗って、三駅くらいで新幹線がある駅につきますよ」


「ああ、そうでしたか。ありがとうございます」


男の子が恥ずかしそうにはにかんで、頭を掻いて「やっぱりこっちで良かったな」と隣にいた女の子に話しかけた。彼女もそれに答えて、「分かって良かったね、お兄ちゃん」と言って笑った。


(『お兄ちゃん』……か。なるほど、この二人は兄妹なんだ。ん?じゃあこの赤ちゃんは一体誰なんだろう?親戚の子を預かってる的な?)


いまいちこの子たちの関係性を把握できない私であった。首をひねり、いろいろと推測してみる。


「教えてくださり、ありがとうございました」


男の子の方が丁寧にお辞儀をすると、妹ちゃんの方もぺこっと頭を下げた。ワタシは妙に大人びた二人に面食らって、「いえ、お気になさらず」と思わず敬語になった。


それから二人は、ワタシから五メートルほど横に離れたベンチに荷物を下ろした。


「お、そうだ美結、何か飲むか?」


お兄ちゃんの方が妹ちゃんの名前?を呼んで、ベンチの近くにあった自販機の前で、お財布を取り出した。


「あ、じゃあココアちょうだい」


「はいよー」


お兄ちゃんの方がふたつ自販機で購入すると、片方を妹ちゃんに手渡した。妹は嬉しそうな顔で「ありがとう」と言った。お兄ちゃんの方はココアを開けて、妹ちゃんの横に座った。


「結喜ちゃんは、すやすや眠っているかい?」


「うん、かれこれ一時間は寝てるかな」


「うむうむ、いい寝顔だ!天使ですな天使!」


「ふふふ」


二人の微笑ましい会話が、私の耳に届く。


うーん、それにしてもあの赤ちゃんは誰の子なんだろう?一向に関係性が分からない……。


「なあ美結、お昼は何か食べたいものあるか?」


「うーん、せっかくならご当地ものがいいよね」


「そうだな!何か調べてみるか」


「でもどうせなら、その場でふらりって見つけたところに入っちゃうのも良くない?」


「おー!いいなそれ!粋なスタイルじゃないか!」


二人はベンチに腰かけて、電車が来るまでずっと談笑していた。他に誰もいないとは言え、彼らからそこそこ離れている私にすら聞こえるくらいに、その弾んだ声は大きかった。


(仲良し兄妹だな~……。ワタシにも弟がいるけど、あんなに近寄って話すなんて絶対無理だわ。あそこまで仲良いのはマジで稀だと思う)


それにしても、彼らの荷物はやけに多い。時期的に春休みだろうから、その休みを利用して旅行……とかなのかな?量的にも、日帰りとかじゃなさそう。まあ何にせよ、遠出であることは間違いないよね。


二人は一体、どこへ行くんだろう?あんなにワクワクした様子を見せられると、さすがに赤の他人であるワタシも、ちょっと気になっちゃう。



『四番線に、電車が参ります。黄色い線まで、お下がりください』



ホーム内に、無機質なアナウンスが流れた。


「あ、そろそろ来るな」


「うん、そうだね」


兄妹は二人してベンチから立ち、各々の荷物を持った。電車がやって来て、扉が開く。そこに向かって兄妹が歩き出す。


「じゃあ、行こうか美結」


「うん、お兄ちゃん」


二人はにっこりと笑いあうと、一緒に並んで電車に乗った。


二人が電車内を歩いている姿が、窓越しに確認できた。二人はワタシに背を向ける形で席に座った。電車が動き出すまで、また二人はずっと談笑していた。


(マジでずっと喋ってるな、あの二人。あれだけ会話が続くのもすごいなあ……。本当に、今日の旅行?的なのが楽しみなんだろうな)


『ドアが閉まります、ご注意ください』


またもやアナウンスが流れた。ゆっくりとドアが音を立てて閉まる。まもなく、出発だ。


ワタシはその間も、ずっと兄妹の後ろ姿を眺めていた。全然知らない二人なんだけど、あまりに微笑ましくてついつい眺めしまう。


「……………………」


その時の瞬間を、ワタシはきっと忘れない。


「あっ」


ワタシは、思わず声が出た。妹ちゃんの方が、兄の方に身体を寄せて、自分の頭を相手の肩にこてんと乗せた。


兄の方も、妹ちゃんの頭に寄り添うようにして、自分の頭を傾けた。


「……………………」


電車がゆっくりと進みだした。少しずつ速度を増していって……やがて、ホームから去っていく。


遠くなっていく二人のことを、ワタシは最後まで眼で追った。


……あの二人は、本当に兄妹なのだろうか?最後に見せた寄り添う姿は、兄妹というより……まるで、恋人みたいだった。


そう、恋人だと思うと、いろいろつじつまが合う。あんなに距離が近いのも、互いを観る目に愛おしさが宿っているのも。赤ちゃんだって、まるで……自分たちの子を観ているかのようだった。


でも……それでも妹ちゃんは「お兄ちゃん」と呼んでいた。


兄妹なのか、恋人なのか、はたまた全く違う関係なのか、まるでわからない。困惑するばかりだ。


「……………………」


いろんな思いが交差する中、ワタシはふいに空を見上げた。


深く爽やかな青い空が、天高く広がっていた。


「……いいか、別に。そんなのどっちでも」


ワタシはなぜか、そんな言葉がふいに溢れた。


あの二人が、どういう関係なのか、ワタシなんかが知るよしもない。恋人かも知れないし、兄妹かも知れない。あるいは、全然別の関係性かも知れない。だけど……間違いなく言えるのは……あの二人は、一緒にいられて幸せなんだろうということだ。


そして、きっとこの先も……幸せであるために、二人は一緒に支えあって、頑張って生きていくんだろうな。その様子が……驚くほど鮮明に、眼に浮かぶ。


「……………………」


本当に、ワタシは彼らのことを全然知らない赤の他人だけど、あの二人がこれからも微笑ましい二人であることを……あの二人の笑顔が絶えない毎日であることを、ひっそりと心の中で祈った。



ひゅううううう……



朝の冷たい風が吹き抜けていく。


それに煽られて、足元にあったたんぽぽの綿毛が、ふわっと風に乗って飛び立った。


その綿毛は、大きな空の彼方へと向かっていった。


恐れを知らずに歩む旅人のように、どこまでもどこまでも、飛んでいった。



おしまい









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【完結】生意気な義妹がいじめで引きこもりになったので優しくしたら激甘ブラコン化した話 崖の上のジェントルメン @gentlemenofgakenoue

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