76.帰ってきた!





……湯水の隠れ家。


それは、湯水の仲間であった天然パーマの男の子曰く……『立花の親が持つ別荘地』であるらしい。山奥に潜むその別荘地で、湯水を匿い、お兄ちゃんを拘束していたとのこと。


この別荘地の駐車場には、城谷さんと柊さんが所有している軽自動車1台が停まっている。そして、葵さんが通報して呼んだパトカーも1台、そろそろここへ到着する予定だ。


私たちを案内した天然パーマの彼は、湯水が相当恐ろしいらしく、車の中で自分の肩を抱き、ガタガタ震えている。


「城谷さん……圭さん……」


二人が別荘地内に侵入してから、早くも30分が経過していた。みんなで中に入るべきかどうか検討したが、城谷さんと圭さんの判断により、他のメンバーは別荘の周りに誰もいないか確認しながら、待機することとなった。


暗く鬱蒼とした夜の森に住む木々たちが、風に煽られてざわざわと騒ぐ。そのざわめきが、私の不安を大きくしていく。


玄関から五メートルほど離れた場所で、城谷さんと圭さんを覗いた残りのメンバーが待機している。他に湯水の仲間が来ても大丈夫なように、背中合わせになって辺りをキョロキョロしながら、お兄ちゃんたちが帰ってくるのを今か今かと待っている。


「……………………」


胸にかけている、ママの手紙が入ったお守りを……私の手でぎゅっと握りしめる。


黙っていると、バクバクと心臓が揺れる音が聞こえてしまう。そのせいで、余計に緊張が高まってしまって、心が落ち着かなくなる。


(お兄ちゃん……)


ようやく……お兄ちゃんに会える。湯水からお兄ちゃんを救い出せる。


(でも、でも、もし……酷い目に遭わされてたら、どうしよう)


そんな想いが、頭から離れない。私はあの湯水という女が、どんなに異常な奴か知っている。自分の頭で嫌な想像をかき消そうとしても、決して消すことはできない。


「……美結」


隣に立つメグが、私の背中をさすってくれた。


「美結、大丈夫……?車の席に座っておく?」


「う、ううん。大丈夫……」


「……そっか、無理しないでね?」


「うん、ありがとう」


メグの言葉に元気をもらった私は、落ち着くために深呼吸をした。


「……!来ましたね」


柊さんの独り言を聞いて、私は玄関の方を見た。しかし、そこはまだ開けられていない。


柊さんが見ていたのは、パトカーだった。私たちの軽自動車の横に駐車し、中から三人の男性警察官が出てきた。


「柊さん、お疲れ様です」


一人の若手警官が、柊さんへそう挨拶した。柊さんは会釈を返すと、中に今城谷さんたちが行っている旨を話した。


「では、我々も中へ……」


「……いえ、その必要はありません」


「なぜ?」


「足音が中からしますでしょ?そろそろ出てきます。決着がついたようですね」


柊さんがそう言い終わった瞬間、玄関の扉が開いた。


まず出てきたのは、城谷さん。その後ろに、手錠をはめられた湯水がいた。


(湯水……)


私が知っているのは、黒髪ロングの時の湯水なので、今の湯水のヘアスタイルは、かなりイメチェンされた印象だった。頬には涙の跡まで見えるし……あの傍若無人な湯水 舞とは本当に思えない。


次に圭さんが湯水を睨むようにして立っている。あの二人の間に挟まれたら、さすがの湯水も出られないよね。


「……あ」


そして……そして、列の一番最後……最後尾に、お兄ちゃんが立っていた。


最後に会った時から随分やつれてしまってるけど……でも、でも、お兄ちゃんだ。お兄ちゃんだ、お兄ちゃんだ!


「お兄ちゃん!」


私がそう叫ぶと、お兄ちゃんはすぐに気がついてくれた。


「……美結」


私のことを見つめると、唇をぐっと噛み締めて、こっちに向かって走ってきた。


そして、ぎゅっと私を抱き締めた。それはもう……本当に強く強く、今までにないくらいに抱き締めてくれた。


「美結……!!美結!大丈夫だったか!?元気だったか!?」


「うん……!元気だよ!私は元気だよ!」


「そうか!そうか!良かった!良かったよ!本当に良かった……!!」


ずずっと、嗚咽と共に鼻をすする音が聞こえる。


「……………………」


私は目頭が熱くなって、思い切り、お兄ちゃんのことを抱き締め返した。暖かい……。ああ、この暖かさは、お兄ちゃんだ。本当にお兄ちゃんだ。


どれだけあなたに、会いたかったことか。どれだけあなたを想った夜を過ごしたことか。


「お兄ちゃん……」


私は思わず、お兄ちゃんのほっぺにたくさんチューをした。溢れる想いがそのまま形になっているような、そんなキスだ。


「明さん!」


「兄貴ー!」


「兄貴さん……!」


メグに藤田さん、そして葵さんがお兄ちゃんの元にやって来る。お兄ちゃんはまた目をうるうるさせて、私を含めて、みんなをことをぎゅっとまとめて抱き締めた。


「みんなーーーーー!」


歯を食い縛って、唸るような声をあげながら、お兄ちゃんは号泣している。ぶるぶると身体が震えて、眼から溢れる涙が地面にぽたぽたと水滴の跡を残す。


「みんな……!みんな!良かった!良かったよ!会えて本当に良かった!!」


メグが、うんうんと頷きながら、「私もです」と言って、頬に涙を伝らせた。


藤田さんは「兄貴ーーー!」と言って、お兄ちゃんと同じくらい、わんわん号泣していた。


葵さんは、にっこりと微笑みながら、お兄ちゃんの背中をさすっていた。


「明氏…………」


柊さんが、お兄ちゃんのそばに近寄った。


「ずいぶんと、やつれましたね」


「柊さん……」


「今回私は……あまり、あなたの役に立てませんでした」


「……………………」


「救出が遅くなってしまって……申し訳なく思います。やはり是が非でも、あなたを私たちのそばで見守ってあげるべきでした……」


「ううう……なに言ってるんですか柊さーーーん!!」


お兄ちゃんは柊さんへ思い切りハグをした。


「柊さんたちのお陰で、美結はこうして無事でいられるんじゃないですかーーー!!」


「ちょ、ちょっと、あ、明氏!は、はず、恥ずかしいです!」


「うおーーー柊さーーーん!!大好きだーーーーー!!みんな大好きだーーーーー!」


「あわ、あわわ……お、男の人に抱き締められることなんて、い、一度もなかったから……ど、ど、どうしていいのやら…………」


あの柊さんが、顔を真っ赤にして照れている。すごく珍しい……。


感情が昂りまくってるお兄ちゃんと、それに困惑してる柊さんを見て、私たちは朗らかに笑った。


ああ……本当に、本当に私たちのお兄ちゃんが帰ってきたんだなって、そう思った。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る