39.VS湯水(part1)
……この世は、私のためにできている。
私を中心に世界は動いている。
「あ!湯水さん!おはよう!」
「舞ちゃんおはよー!」
私がひとたび現れれば、みんなが私の方を向き、私を愛そうとする。そう、この世は私のためにできたドラマ。私こそが主人公。
「みんな、おはよう!」
私は満面の笑みを浮かべて、脇役たちに
「はい、湯水さん。今回も100点だ」
先生が微笑みを浮かべながら、私にテストを返した。クラスメイトたちは、「やっぱり湯水さんすごいー!」とだの「どうやったら100点なんて取れるんだ!」だの、ピーチクパーチク騒いでいる。
学校のテストなんて、ただ暗記したことをそのまま書くだけ。他に何を考える必要があるの?
この程度で騒ぐところが、あなたたちが脇役である由縁なのよ。
「ううん、大したことないよ。みんなありがとう」
でも、私は脇役を大事にする。主人公の私が輝くには、脇役の存在が必須だものね。
キーンコーンカーンコーン
次の授業は、体育。その日はバスケットボールだったけれど、これも当然、私が一番輝いた。
「舞ちゃん!ナイスシュート!」
「舞ちゃんカッコいいー!」
運動も、ただ自分の想い描く通りに身体を動かせばいいだけなのに、何をみんな驚いてるの?
こんな簡単なこともできないあなたたちが、時折私は、可哀想に思えてくる。
でも、その可哀想なままでいてちょうだいね。じゃないと私が一番になれないから。
「ねーねー舞ちゃん!部活、まだどこも入ってないんだよね!?」
クラスメイトの女の子が、眼をキラキラさせて私に詰め寄る。汗臭いから近寄らないでほしい。
「舞ちゃん!私のとこのさ、バスケ部に入ろうよ!舞ちゃんが入ったらウチの部、絶対強くなるよ!」
「大袈裟だよ。私はそんな……」
「もー!謙虚だなー!ねっ!入っろう入ろう!?舞ちゃんみたいな天才が努力したら、絶対凄い選手になれるよ!」
あ~~~鬱陶しい。私はそんな、汗臭いことを必死にやる趣味はないの。
だいたいね、努力なんてすること自体が、浅はかな脇役の考えることなのよ。私は主人公なの。何をやっても輝くの。努力なんて必要ないわけ。
「ん~、気が向いたらね」
愛想笑いで誤魔化しつつ、彼女の勧誘を断った。
体育を終えて、自分のクラスに戻る途中、三年生の先輩たちとすれ違った。その中に、例の……今話題になってる『渡辺 明』がいた。
「渡辺先輩ー!」
クラスメイトたちのブサイクな黄色い声に、渡辺は照れ臭そうに手を振って返す。
クラスメイトたちの話によると、渡辺には妹がいるらしく、その子を虐待気味な親から守るために学校を早退し、何日も逃亡したことがあるのだとか。
また、あの誠実そうで落ち着いた雰囲気が『大人びてる』という評価を受けていて、学校を休んでまでも妹を守る熱さと大人びた落ち着きが人気の先輩となっている。
「……………………」
はっきり言って、顔は好みじゃない。芋っぽくて冴えないし、その辺にいそうなモブって感じの顔。
ただ、誠実そうなのは面白い。ああいう人を私に振り向かせて、人生めちゃくちゃにさせるのが結構楽しかったりする。
今いる彼女を捨てて、私にすがりつく。その様を見てみたい。
(確か前の学校に……立花とかいうヤツがいたっけね)
立花はサッカー部のキャプテンで、みんながはしゃぐほどのイケメン。彼にも幼なじみの彼女がいたが、私が一声かけたら、ころっと私に堕ちた。
試合での事故で脚を負傷して、サッカーを辞めた時、そいつとはスパッと別れた。その時の泣き喚きようったら……今思い出してもゾクゾクする。
そう、私よりも良い女の子なんていない。それを証明する瞬間が、楽しくて仕方ない。
(今日辺り……また渡辺に声をかけてみるか)
そのお人好しそうな顔が、彼女を振って私に振り向く瞬間を、ぜひ拝みたいものね。
……放課後。私は渡辺を帰り際に発見し、「渡辺先輩」と声をかけた。
誰もいない廊下を、私は渡辺の隣に張り付いて共に歩く。
「何の用だ?」
相変わらず素っ気ない態度。こちらを見ようとすらしない。この私を前にして、よくもまあそんな顔ができるものね。
「先輩って、映画観るの好きですか?」
「……………………」
「今度、気になる恋愛映画があって……良かったら先輩と行きたいなあと……」
「悪いけど、恋愛映画は趣味じゃない。他を当たってくれ」
「え~?恋愛映画嫌いですか?」
「少なくとも、君とは行きたくないね」
この男ときたら……私に対してなんて失礼なことを。
「彼女さんに気を使ってるんですか?」
「使わないわけないだろ」
「黙ってれば良いじゃないです~。男女の間にも友情ってあると、私は思いますよ~?」
「……………………」
嘘。私はそんなこと1ミリも思っていない。だいたい、同性同士ですら対等な友情なんて存在しない。心の中では、『いかに自分にメリットがあるか?』で付き合いを決める腹の探りあいが展開されている。同性でそんな状態なのに、異性間で友情なんかあるわけない。
でも、こういう渡辺みたいなタイプの人間は、誰とでも友情は生まれると夢見てる。そこの甘い考えに漬け込む……!
「それとも、私とは友達にすらなってくれないんですか?先輩とは、彼女にはなれなくとも、仲良くなれると思ったのになあ~」
「湯水さん」
渡辺はその場に立ち止まり、ようやく私へ顔を向けた。
「君は、俺の誠実さが好きだと言ったね?」
「ええ、もちろん」
「それならなぜ……俺から誠実さを消そうとするんだ?」
「え?」
渡辺の眼が、真っ直ぐに私を見つめる。
「いかに友達と言えど、女の子と二人きりで居ることは、彼女に要らぬ不安を与えてしまう。俺はそんな不誠実なことはしたくない。君は、俺の誠実さを好きだと言うわりに、俺へ不誠実なことをさせようとするね」
「…………っ」
「湯水さん、俺のことが本当に好きであろうと、本当は心底嫌いであろうと、どっちでもいい。ただひとつ言えるのは、君に本当の誠実さは分からないということだ。そんな子とは、俺は彼女であろうと友達であろうと、なる気はない」
「…………!!」
「それじゃあ、さようなら」
渡辺はそのまま歩きだし、私に背を向けたまま去っていった。
「……なによあいつ」
がんっ!!
むしゃくしゃした私は、廊下の壁を思い切り蹴った。
「……ええ、湯水はいつも通りですよ」
私はお昼休み、明さんと共に屋上へと来ていた。お互いに床へ座り、春の暖かい風を浴びながら、ひそひそと声を潜めて話す。
「すまないねメグちゃん、同じクラスだからって、こんなこと頼んじゃって」
明さんがそう謝ってくるけど、私は全然へっちゃらだった。
私が明さんから頼まれたのは、美結をいじめた湯水を観察すること。同じクラスだと知った時は、背筋がひゅっと凍えたような心持ちだった。
でも、同じクラスだということは、どんな人間か観察できるということ。明さんは『湯水が他の人をいじめたりしてないか』かなり気になっているらしく、「それなら私が監視しておきます!」という風に、私から名乗り出たのだ。
「俺、昨日も湯水から映画に誘われたよ。俺に彼女が居るって知りながら、よくもいけしゃあしゃあと……」
「そのくらい図太い性格じゃなきゃ、いじめなんてできませんよ」
「そうだよな……。メグちゃんも、もしあいつに何かされたら、遠慮なく俺や美結へ相談していいからな?」
「はい!」
話題にしているのは、他愛もない雑談……と言えるほどのんびりしたものではないけれど、明さんとこうしてお昼休み会えるのは、なんだかんだ嬉しい。
「それにしても明さん、自分に彼女がいること……湯水へ話しちゃったんですね」
「……?あれ、なんかまずかったかな?」
「湯水はほら、明さんと付き合うために、彼女の方へ何か……良からぬことをしてこないだろうか?って思って」
「……!そうか……」
明さんは額に手を当てて、「俺は馬鹿だ」と、小さな声で呟く。
「あそこでばか正直に答えるんじゃなかった……。湯水が俺の彼女が誰かを探って、美結へとたどり着いたら……面倒なことこの上ない。ちくしょう……失敗したな」
「でも、告白を断る時って……やっぱり、自分にパートナーが既にいるからって伝えるのが普通ですよ」
「それはそうなんだが……相手が湯水なんだから、もっと慎重に答えるべきだった……」
「明さん、そんなに落ち込まないで?大丈夫、私に……ひとつだけ作戦があるんです」
「作戦?」
「ええ、明さんが良ければ……なんですが」
私は作戦の内容について、明さんに耳打ちした。彼は大きく眼を見開き、「メグちゃん、それは……」と言ったきり、言葉が続かなかった。
私はにこっと笑って、「大丈夫、自己責任ですから」と言って答えた。
……その日の放課後。クラスのHRが終わって、クラスメイトたちが賑やかに帰っていく。
「ねーねー!今日カラオケ行こうよー!」
「俺この前さー、漫画読んでたらさー」
ざわざわと、いろんな人のいろんな声が交錯する中、私へ向かって一言、「ねえ平田さん……だっけ?」と、確かに誰かが言った。
その声の主は、湯水さんだった。
彼女は異様に、人懐っこそうに笑っているけど……内心どんなことを思っているかは、定かではない。
「ど、どうしたの?湯水さん」
私は緊張のあまり、思わずどもってしまった。
「今日さ、少しだけ話したいことがあって。教室に……残っててくれるかな?」
「……………湯水さんが、私に?」
「うん」
屈託のない笑みの向こうに、彼女の思惑が渦巻いている。そんな想像をすると、冷や汗が止まらなかった。でも、彼女が私に声をかけてくるのは想定済み……。ちょっと時期は早かったけど、必要以上に怯えることはない。
「分かった、私でよければ」
そう答えると、湯水は満足げに頷いた。
ガヤガヤと生徒たちが去っていき、次第に教室が静かになる。
「あれー?湯水さん帰らないのー?」
時々、クラスメイトから彼女へ声かけがされたが、湯水は決まって「うん、日直なのー」と言って返していた。
事実、今日は確かに彼女が日直だ。たぶんこの日を見計らって、私に声をかけたのだろう。明さんに今日の内、作戦のことを話しておいて良かった……。
「……………………」
とうとう、教室には誰もいなくなった。湯水が「えーとね」と前置きしてから、質問を切り出した。
「平田さんって、三年の……渡辺先輩と仲良いよね?」
「……うん、そうだね」
仲良い、なんてものじゃないよ。私と美結と明さんは、みんな本当の仲良しなんだから。
「先輩の彼女って、誰か知ってる?」
「知ってどうするの?」
「別にー?気になってるだけ」
……明さんと付き合うために、彼女がどんな人か探りに来た。これも予想通り。もしかすると、その彼女に何か……圧をかけて明さんと別れさせようとするかも知れない。そこまでも粗方予想できている。だから……
「私、渡辺先輩のこと気になっててさ。ねえ、平田さんは知らない?クラスメイトから聞いたけど、平田さんって先輩のこと前から知ってたんでしょう?だったら彼女がどんな人か、知ってるんじゃないの?」
「……そうだね、知ってるよ」
私は大きく息を吸って、震える手を湯水にバレないように抑えながら、息を吐き……湯水へと答えた。
「私が、明さんの彼女なの」
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