異世界魔法授業 〜深夜のお出かけ〜

明里 和樹

真夜中のお散歩

 どうも! 特別なチートも無ければ前世の記憶も無かった転生者、デリシャといいます! 栗色の髪の三編みお下げと飴色の瞳の、八歳の女の子です!(挨拶) 料理人を目指して日々奮闘中ですが、同時に魔法も勉強中の身でもあります。


 これはそんなわたしの、ある日のできごと。




「夜中なのに、意外と明るいんですね……」


 時刻は深夜。場所は先生のお屋敷。その庭園。裏口の扉から外に出て夜空を見上げれば、数多の星々と、一際強く輝く満月が、地表とわたし達を照らしていました。


「リーシャは、この時刻に起きているのは初めてですか?」


 わたしを『リーシャ』という愛称で呼ぶこの方はセシリア様。この貴族のお屋敷のような立派な建物と広大な庭園の主で、わたしに魔法を教えてくれている先生です。

 深い藍色のローブを身に纏い、絹糸のようなサラサラの長い金髪と空色の瞳が綺麗な、儚げな美少女さんです。……まあ、儚げなのは見た目だけで、食生活とか壊滅している、残念な感じの美少女さんでもあるのですけどね(率直な感想)。

 それでも、好きなことに真っ直ぐに情熱を注ぐ先生のことを、わたしはとても尊敬しています。……恥ずかしいのて本人には内緒ですけどね。それに実はこのお屋敷、なんだか高度な魔法(雑な説明)の一種だそうで、魔法の腕は本当にすごいのです。


「んー……そうですね、夜中にふと、目が覚めたことはあったかもしれませんが、自分の意思でこんな時間に起きているのは……初めてかもしれません」


 今日は先生のお屋敷にお泊り……というと楽しそうなイベントに聞こえますが、その実態はただの課外授業なのです。林間学校かと思った? 残念、夏休みの補習授業でしたー、といった感じです。


 それでも生まれ変わってこのかた、子どもなのもあってこんな遅い時間に起きていたことのないわたしは、先生との二人での深夜のお散歩に、若干、気分が高揚しております。


 先生とお揃いの、子どもサイズのローブを着て、まるで植物園かのように多彩な緑を讃えた庭園を、二人っきりで、深夜の静かで落ち着いた、この特別な空気感を楽しむように、ゆっくりと歩いていきます。……まあ、庭園とは言いましたがその実、薬草や希少な植物といった、調合に使うために先生が趣味で集めた多種多様な植物が植生されているので、ぼんやりと歩いてもいられないのですけどね。……毒草とかもありますし。


 今日は、この時間でないといけない授業だそうなので、深夜テンションも相まって、何をするのかとても楽しみなのです。




「うわぁ……!」


 先生に連れられて辿り着いたのは、煉瓦で綺麗に区分けされた、田んぼのようにとても広い花壇。頭上に輝く月に照らされた庭園の一画が、他に照明などないはずなのに、そこだけ青白く、蛍の放つ光のように、淡く輝いていました。


「リーシャ、あれは《月光草》。満月の夜に光を放つ《魔草》の一種です」


 先生の言葉に、目を凝らしてよく見てみれば、水仙のような細長い感じの葉っぱをした小さめな植物が、花壇いっぱいにぶわー、っと辺り一面にたくさん植わっていました。


「すごいですね……」

「そうでしょう? この《月光草》は魔力を含んだ魔草ですが、どういう訳か満月の夜、それも深夜にだけ、こうして光を放つのです」


 ちょっとだけ得意気に、そう説明してくださる美少女先生。大好きな分野のお話ですからね、わかります。


「……満月の夜のこの時間にだけ光る理由は、先生でもわからないんですか……?」

「……いずれ解明します」


 ちょっとだけ不満気に、そう説明してくださる美少女先生。……悔しいんですね、わかります。


「楽しみにしています」


 わたしがそう言って彼女を見上げて微笑むと、先生は少しだけ、驚いた表情をしたあと「……わかりました」と、優しげな瞳でそう答えてくれました。


 月明かりに照らされ、透けるように輝く金色の髪と、しっかりとした意思を宿した空色の瞳をした先生の姿は、《月光草》に負けないくらい、わたしにはとても幻想的に、光輝いて見えました。




「そうです、そのまま根本から一気に切ってください。根が残っていれば、また生えてきますので」


 先生の指示に従い、採取用の手袋をしてナイフを握り締めたわたしは、淡く輝く《月光草》を傷つけないようにむんずと掴むと、根本からスパッ、と切り採ります。

 なんでもこの月光草、普通のお薬から魔力回復薬といった魔法のお薬まで、いろいろと調合の材料になる素材なのだそうです。しかもこの光っている状態で採取すると、なんでも特別なお薬の材料になるのだとか。


 ちらり、と先生の様子を伺えば、まるでお気に入りのおもちゃで遊ぶ子どものように瞳をキラキラとさせ、慣れた手付きで月光草を次々と採取しています。……先ほどの幻想的な美少女先生は、一体どこにお出かけになられたのでしょう(遠い目)。


 幻想的な光を放つ花壇に腰を屈め、先生と二人、黙々と《月光草》を収穫していきます。


 ……。


 …………。


 ………………いえまあ、今日の目的は授業で、游びにきたわけではないですし、こうして実地で直接教えていただけるのはありがたいのですけどね。それでも……この幻想的な光景を前に、せっせと農作業をしているのはですね…………。



 なんていうかこう………………風情がない!



 光り輝く庭園の真ん中で、淡い光を放つ《月光草》を握りしめた元日本人なわたしは、そう、心の中で、思ったのでした。


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