第8話
〜〜キアーラ視点〜〜
「相談? この【女神の光輝】に?」
私が小首を傾げていると、部下のネルミは当たり前のように言う。
「大聖堂は相談件数が多いですからね。準司祭さまが相談の窓口ですが、問題が裁ききれないのです。それで格安の報酬前提で当ギルドが受け持っているのですよ」
「ふーーん。今まではどうしていたのよ?」
「雑用係に振っていましたね。格安案件ですし」
雑用係……。
地味子のイルエマか。
「お断りしましょうか?」
「ふん! 地味子がやっていた雑用でしょ。私がやるわよ」
と、本を閉じた。
魔力方程式は難しいわね。
習得するにはまだまだ時間がかかりそう。
まぁ息抜き程度にはなるでしょうよ。
相談者は伯爵夫人だった。
「息子がね。私に手を出しますのよ」
と、カスベール伯爵夫人は涙ぐむ。
うーーむ。
家庭内暴力か。
結婚もしたことがない20歳の私にわかるはずもないわね。
こんな相談を16歳の地味子が解決していたというの?
どうせ、適当にそれらしいことを言って煙に巻くのが関の山ね。
「神に祈るのです」
「え?」
「天空に住まわれる慈愛の神に」
「もうやりました。神頼みでは解決しませんわ。うう」
う! そうきたか。
どうしよう?
でも、息子の暴力なんてわからないわよ。
じゃあ、理屈で攻めてみようかしら。
「王都の衛兵には相談しましたか?」
「え? 息子を捕まえろというのですか?」
「だ、だって……。ぼ、暴力は犯罪ですからね」
「そんなことを聞くために相談したのではありません!!」
「ちょ、奥さん!!」
「もう結構です! 2度と来ませんから!!」
ああああああああ……。
失敗してしまった……。
こんな難しい相談どうやって解決すんのよ!
難易度S級じゃない!
今まではもっと簡単な相談だったに決まってるわ。
うう、ついてない。
☆☆☆
〜〜ナナハ視点〜〜
ふふふ。
今日も仕事は絶好調よ。
イルエマの
高級アイテムを作って利益ががっぽり儲かったわ。
ふふふ。今日も食材をたんまり買い込んだからね。みんなに美味しい物をご馳走してあげよっと♪
と、上機嫌で馬車を走らせる。
橋の中央に差し掛かった時。
中年の女性が泣き崩れた。
「ううう……。ううううううううう」
ええええええ!?
何事よ!?
「あ、あの。奥さん。どうされました?」
「……うう。もう私はどうしたらよいか」
彼女はカスベール伯爵夫人。
大聖堂に相談に来たものの、予約がいっぱいで聖女ギルドに回された。そこで相談するも、まったく解決しなかった、とのこと。
「生きてるのが辛いです。もういっそ、あの橋から身を投げ出そうかと」
「そ、そんな悲しいことを言わないでくださいよ。私はこう見えてギルドマスターなんです。お力になれるかもしれませんよ?」
「……うう。悪いけど。若いお嬢ちゃんにはとても難しい相談よ」
うう。確かに。
でも、聖女ギルドの仕事なら、イルエマがなんとかしてくれるかもしれないわ。
「話を聞くだけでも気持ちが楽になるかもしれませんよ? お代はいりませんから」
困ってる人からお金は取れないわよね。
ああ、私って商人失格だわ。
「──と、いうわけでね。カスベール伯爵夫人は困っていたの。イルエマならなんとかできるかと思って連れてきたのよ。できるかしら?」
「ええ。悩み事の相談は私の仕事でしたね」
「あは! じゃあ、やってくれる!?」
「はい。いいですよ」
「うは! ありがとう! ……でね」
「はい?」
「無料で引き受けちゃったんだけど……」
「ははは。ナナハさんはお人好しですね」
「んもう。だってぇ。泣いてるんだもん。放っておけないわよぉ」
「構いませんよ。無料でやりましょう」
「あは♪ 美味しいご飯を作るからね。トロトロチーズのピザなんてどうかしら?」
「トロトロチーズ……。じゅるり。……期待しています」
私たちは客室で相談を聞くことになった。
内容は息子の家庭内暴力だ。
16歳、未婚のイルエマにとって難しい内容だと思う。
彼女は奥様の手を取って見つめ合った。
「私のような小娘に、奥様の悩みを解決するのは難しいかもしれません。ですが、辛い気持ちはお察しいたします。どうか、解決する努力をさせていただけないでしょうか?」
「ど、努力? ですか?」
「はい。私1人の力ではとても無理です。ですから、奥様と一緒に解決いたしましょう」
「
「はい」
「……わ、わかりましたわ」
「では、息子さんのことを、もっと詳しく聞かせてください」
夫人の息子、アルベルトは16歳だった。
丁度、イルエマと同じ年ね。
次期後継者として、毎日、勉強の日々なんだとか。
でも、彼は絵描きになりたいらしい。
「絵描きなんて、趣味でやればいいのです。あの子には伯爵になってもらわなければいけないのですから」
ああ、問題はこれだ。
頭ごなしに彼を否定するからこうなるのね。
夫人が彼を理解してあげればいざこざは減るはず。
でも、彼女は自分の考えが正しいと思っているし……。
こういうの、どうやって解決するのかしら?
「奥さまは息子さんと話をしましたか?」
「ええ。勿論よ。それでいつも喧嘩になるの。そして、私に暴力を振るうのよ……ううう」
「では、息子さんの話は聞きましたか?」
「勿論です。いつも絵描きになりたいとわがままを言うんですから」
「では、聞いてあげましか?」
「そんなことはできません。彼には伯爵になる勉強をしてもらわなければならないのですから」
「きっと、彼は我慢の限界なんですよ。彼のやりたいようにやらしてあげるのが、ベストな解決方法だと思います」
「何を言うのです? 私は解決方法を聞きに来ているのですよ!?」
「はい。ですから。息子さんの願いを叶えてあげるのですよ」
「そんなことができるのなら苦労はしません! 絵描きなんて趣味でやればいいのです! 大切なのは伯爵になる勉強です!!」
「まぁまぁ。では、これをお渡しします」
そう言って1枚の紙を渡す。
そこには『アルベルトの希望条件』とだけ書かれているだけだった。
「なんですの? これ?」
「息子さんの希望条件を文字にするんですよ。言葉で言うより眼に見えるようにした方が議論は整理しやすくなります」
「そんなことをしても無駄です! 私は絵描きなんて認めませんから!」
「でも、息子さんは我慢の限界なんですよ。やりたい条件を聞いてあげてみてください。そこから話が進むと思いますよ」
「もう結構です。相談した私がバカでした。もう帰ります」
「奥様……。私は奥様を心配しています。この気持ちに嘘はありません」
「……ふん!」
ああ……、帰っちゃった。
「やっぱり難しい相談だったわね」
イルエマは平然としていた。
「なかなか簡単に解決しないのが当たり前ですからね」
うーーん。
でも相談依頼は失敗ってことよね。
そもそも難しすぎるのよねぇ。
ところが、次の日。
カスベール伯爵夫人は【狸の
泣くほど大喜びで。
「イルエマさん! 本当にありがとう! 息子と和解ができましたぁああ!!」
ええええええ!?
なんでよ? どうしてぇ??
「あなたのいうとうりにね。息子の希望条件を聞いてね。文章に起こしたんですよ。そしたら、案外簡単でね」
結局。息子さんは絵を描く時間が欲しかっただけのようで。
それさえ確保できれば伯爵の勉強もしてくれるとのことでした。
「ああ、本当にありがとう! あなたには感謝しかないわ。これ、少ないけどお礼よ」
そう言って、20万コズンをくれた。
通常、相談事の報酬は2万コズンが相場である。
「すごいわイルエマ!」
「あはは。たまたまですよ」
「じゃあ、半分はギルドが貰うとして、残りの10万はイルエマの取り分ね」
「そ、そんなに貰ってもいいのですか?」
「当然よ。女神ギルドでもそれくらいは貰っていたんでしょう?」
「いえいえ。1件の相談ごとを解決するのに、私の報酬は千コズンだけでしたね」
「少なっ!」
「取り分のほとんどは聖女ギルドですからね。それが当たり前でしたから」
どれだけブラックなのよ。まったくぅ……。
それにしても、
「こんな難しい相談ごとを見事に解決できたわね。やっぱり文章で問題を見えるようにしたアイデアが良かったのね」
イルエマは当然のように微笑んだ。
「私は、奥様と息子さん。2人を心配したんです。この問題は奥さんだけの問題ではなかったんですよ」
ふぉおおおおおおおお!!
奥が深いぃいいいいいい!!
表面上のアイデアよりも、人を想う心が問題を解決に導いたとでもいうのかぁあ!!
彼女は自分の功績を自慢するでもなく、満足げに笑う。
「ふふふ。良かった良かった」
聖女の鏡ぃいいいいい!!
この子は聖女の鏡ですやーーーーん!!
ポヨォオン!
「イルエマ。今日も。可愛い」
「うひゃあ! バーバダさん。苦しいです!」
ううう。
バーバダの気持ちがわかる気がする。
愛おしくて抱きしめたい気持ちよ!
底抜けに優しいイルエマ! あなたはすごいわ!!
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