特別
@yasiromikado
特別
『生きていれば幸せは必ず訪れる』
俺の祖父の口癖だ。
俺はそれを信じて生きてきた、生きていれば何か特別なことが起こって幸せになって俺は特別な何かになれるんじゃないかと。
ただ待っているだけでなく特別で幸せな曖昧な何かになるために努力も人一倍にした。
しかし現実はどうだ、どれだけ努力をしようとも結局は最後には才能という壁に突き当たり努力をしている自分を簡単に越していく。
「努力をすれば才能があるものにも勝てるんだ、お前は努力が足りない」
耳にタコができるほど聞いた。
しかし俺から言わせてもらえばそんなことを言っている者ほど努力を知らないのだと思う。
テレビに出ているような若手社長なんかは経営の才能があって努力もしている、さらには運も持ち合わせているときた、そういう人が自分が理想としている特別で幸せな何かなんだろう。
努力をしているはずなのに周りが突出した才能を見せ自分を追い抜いていくときに生じる焦燥、嫉妬、羞恥、劣等感そんなものを感じている中、
「あいつに比べてお前は何をやっても中途半端だなぁ」
こんな言葉は反則だろう。
だから俺は自殺することにした。
手さがバッグに自殺用の縄と菩薩地蔵のお供え物を詰め込み靴底が擦り切れた革靴を履き、私は自宅の裏の墓地に向かう。
なぜ墓地なのかというとどうせ死ぬならそれらしい場所で死にたいし墓にある地蔵に親より早く死んだことへの罪を肩代わりしてもらうためだ。
自殺して死ぬのに厚かましい限りであるが死後の世界があるのならやっておいて損はないだろう。
墓へ向かう途中自分は今から死ぬんだと思うと自分の人生を振り返るように記憶が想起する。
『お母さん!テストでまた100点とったよ!』
学校から帰り、ただいまも言わずに嬉々として大声を上げ母に駆け寄る。
『すごいねー!幸清!これで5回連続100点じゃん!』
『ほんと?僕すごい?』
『うん、すごいすごい』
小学生の頃は自分は特別な存在なのだと純粋に信じてやまなかった。
『お母さん!また定期テスト一位だったよ!』
『また!?すごいじゃん、今日の夕飯は豪華にしないとね!』
中学でもそれは変わらなかった。
しかし高校に入ると今まで自分に感じていた絶対的な自信はすぐに自惚れだったとを自覚した。
高校は全国でもそこそこに名の知れた進学校に進学した。
そこでは自分以上に頭の良い生徒が五万といて今まで成績が良いのが自分にっとってのアイデンティティーだったが
それが無くなって初めて劣等感というものを感じた。
『お母さん、今回の定期テスト17位だった』
吐き捨てるように母に向けて言い放ち、成績表を机に叩きつける。
『まあまあ、幸清は十分頑張ってるよ、これから点数も順位も上がっていくんだから』
違う
『お母さんはいつでも幸清のこと応援してるからね』
違う
『幸清は努力しているんだから、きっとできるよ』
違う、欲しい言葉はそんなものじゃ、ない。
大学に入ると高校の時などよりさらに勉強した。
劣等感などを感じる間などないほどに、劣等感を押しつぶすように。
『おい幸清、飯行こうぜ』
『ああ、ごめん、俺この後予定あるんだ』
自分を大きく見せるため一人称も「俺」と改めた。
どれだけ隠そうとも劣等感そのものは無くなろうはずもないのに。
気付けば木々に囲まれた墓地はと向かう坂の前まで来ていた。
墓地へと向かう坂を踏みしめる足はいつもより軽やかだ。しかし坂の上へと向かう道はいつもより長く感じた。
それもそうだろう、いくら足取りが軽やかでも歩幅が小さいのだから。
長い長い坂を登ると六体そろって並んでいる地蔵が見えてきた。
どうやら墓地には誰もいないようだ。
では早速地蔵にお供えをしようと思い地蔵に近づくと
「地蔵にお供えとは感心だね」
ぎょっとして後ろを振り向くとそこには70代半ばほどの男性がっ立っていた。
その姿はすらっと伸びた背筋に黒と白が混じった髪、青いジャケットでどこか若々しさを感じさせた。
「その地蔵は水子供養の意味があってね、仏教では親より早く死んだ子供には親不孝の罪を背負うんだよ
親不孝の罪を背負った子供は石積の刑を受けるんだがそこで鬼が邪魔しに来るんだよ、そこに地蔵菩薩が表れて守ってくれると言われているんだよ」
「へえ、そうなんですか」
早く行ってくれと思いながら相槌を打つ。すると次に老人から驚きの言葉が吐き出される。
「自殺はいかんよ」
心臓がビクンと跳ね、鼓動が早くなる。
まさか、バレるはずがないと思いながらすかさず否定に入る。
「まさか、そんなことしませんよ」
「隠さなくてもわかっているよ」
「うっ」
涙がすぐそこまでこみあげてくる。
しかしそれを止めることはできない。
「うっひっ、ぁうっ、ぐすっ」
すべてを見透かしたような様子の老人に気づけば俺は嗚咽とともにすべてを吐き出していしまっていた。
自分が今まで努力していたが周りのほうが優れていたこと、それに劣等感を感じていたこと、それから自殺しようと思ったこと。
老人は腕を組みながら終始俺の話を優しい包み込むような笑顔で聞き、諭すように言葉を紡ぐ。
「なるほど、君は随分自分を追い詰めているみたいだがそもそも前提として間違っている事がある」
「それは、何ですか?」
その老人の言葉に問いかける。
今まで得られなかった、欲しくてたまらなかった言葉が得られるのではないかと淡い期待を抱きながら。
「それはね、君は特別じゃないってことさ」
刹那、俺の世界が音を立てて壊れた。
視界が歪みぼろぼろと目から雫が零れ落ちる。
今まで自分が欲していた言葉が自分を特別だと信じ込ませていたあの無表情な日常が終わらせてくれたのだから。
「誰しもが自分が特別だと思ってる、でも自分が特別じゃないと気付ける人はそう多くない、君は、気づいていたんだろう?」
そう気付いていた、気付いていたからこそそれを認めたくなかったのだ。
「でも今の君は特別じゃないことを認めることができている、今の君の世界はきっと生まれ変わったように澄んでいて何もない可能性に満ちていることだろうね」
確かに見える世界はきっと生まれ変わったように澄んでいた。
今までの特別になるために使命感めいたものを感じていたのが無くなり晴れやな気持ちだ。
「僕はもう特別になろうとしなくてもなくてもいいんですか?」
「君は人の意見で散々な目にあったというのにまだ人の意見に頼るのかい?それにもう答えは出ているんじゃないかい?」
僕はもう居てもたってもいられなくなった。
「すみません、僕帰ります」
これからは「他人と比べての自分」ではなく「以前までの自分と比べての自分」になるんだ。
そう決意し、僕は墓地を後にした。
「ふう、特別じゃないことが特別だなんて笑えるねぇ」
そう呟き幸清の落としていった縄を老人は手に取る。
その手に取った縄は結び目などなくまっすぐ、ただまっすぐに伸びていた。
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