自転車のライト

泉葵

自転車のライト

朝陽は大学生になり一人暮らしを始めたが、そう輝かしいものではなかった。


田舎。

イノシシやタヌキが住み着き、近くの山を根城にしている。

深夜は中々出歩けない。12時を回ると街灯は消え、車はそもそも通らないため町は一転真っ暗になる。

休日は電車に揺られて遠くの街に遊びに行く。駅に向かう途中のパチンコ屋はいつも繁盛していて、みな感情の分からない不思議な顔でお店を出入りしている。


ある日友達とお酒を飲んだ。20歳になり、飲んだお酒は案外悪くなく、すぐに飲み方を覚えた。この日もそれなりにお酒は飲んだが、自分の足で帰れるように量を調整し、チェイサーを挟んでいた。

「じゃあ、お疲れ」

「お疲れ」

友人と別れ、1人家路につく。口にはチューハイの砂糖が粘着いていた。

信号機の光だけが街を照らし家々は息を潜めていた。

車もちらほらとしか見かけず、街全体が寝ているように静かだった。


僅かな光を頼りに道を進むと突然に暗闇は現れた。木々に挟まれた坂の街灯は消え、暗闇に慣れていない目では何も見えない。

坂手前の信号機まで進むと、暗闇の大きさを知った。

信号機の光も限度がある。一歩一歩と進むたびに何も見えなくなっていった。

朝陽の歩く音だけが聞こえ、森も静かに眠っていた。

スマホを取り出し、ライトをつけると少しだけ前が見えるようになった。転ばないようにと一歩一歩踏みしめるように歩いているうちにその異変に気付いた。


前で何かがこっちを見ている。

ライトを前に向けると何か光る2つの点が闇に浮かび上がった。

体はすくみ上り、一瞬足が止まってしまった。

すると暗闇の中の目も止まり、ずっとこっちを見続けていた。

それでも歩き続けた。朝陽に合わせるように目も後ろに下がり続けた。

距離は少しずつ縮まりその姿が見えるかと思われたその時、それが何なのか明らかになった。

人だ。

思い返せば暗闇の中の目は規則的に動いていた。片方の目がわずかに上に上がり、もう片方の目もわずかに上がる。

足を止めるとカラカラと車輪が空回りする音が耳に入る。

背筋がピリッとした。

辺りは真っ暗で前を歩く人は誰かも分からない人。朝陽と彼以外通る人なんていない。周りに家はなく、監視カメラなんてあるわけない。

もしあいつに殺されれば死ぬしかない。


コンビニ帰りの人かもしれない。

そう思いながら歩いていると暗闇から目が消えた。その位置は山へと入っていく細道でその先に家なんてない。あるのは道と林だけ。

車輪の音は止み、彼は姿を消した。

朝陽は何も見えず、しんと張り詰めた空気の中で走り出した。

自転車だろうが坂なら走ったほうが早いだろう。

体力とその足に自信のあった朝陽は一気に彼のいたであろう場所を追い越し、ぐんぐんと坂を上っていった。

無我夢中で走り続け、坂上の信号機に到達するとその足を止めた。

膝に手を突き、体で息をしながら後ろを振り向くが何も追ってきていない様子で深く息を吐いた。

結局何もなかった。家に帰り、朝を迎えた。

あれはなんだんだろうと今でもたまに思い出す。

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自転車のライト 泉葵 @aoi_utikuga

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