道の駅
口羽龍
道の駅
ここは北海道のオホーツク海沿岸にある小さな漁業の町、空別(そらべつ)。過疎化が進んでいる農村だが、わずかに若者もいる。ここで獲れる海の幸は絶品ばかりで、宅急便などで人気が高い。だが、ここを訪れる人や住む人は少なく、後継者問題で悩まされている。
深夜、そこを1人の若者が歩いている。和弥(かずや)だ。和弥はここに住む数少ない若者だ。仕事がなかなか見つからなかったが、漁師としてここで働く事になったという。最初は慣れないことだらけだったが、だんだんその仕事に慣れてきて、先輩から少しは信頼されるようになった。
「ちょっと歩こう」
この辺りはとても静かだ。オホーツク海の波の音が聞こえるだけだ。道路には全く人が歩いていないし、車すら通らない。わずかな街灯が道を照らしている。
「静かだなー」
と、道の駅空別に差し掛かった時、ピアノの音色が聞こえてきた。こんな夜遅くに、誰かがピアノを弾いているようだ。誰だろう。
「何だろう、この音色は」
和弥はその音色にうっとりしていた。まるでプロのピアニストのようだ。
「道の駅から聞こえてくる」
和弥が道の駅の駐車場に入ると、そこには透明なピアノを弾いているオバケがいる。オバケはハンサムな顔で、どこか寂しそうだ。
「お、オバケ?」
和弥はその音色に引かれて、オバケに近づいた。なんて美しい音色だ。思わず聞き入ってしまう。
「いい音色だなー」
それを聞いて、オバケは弾くのをやめた。和弥に反応したようだ。オバケは和弥に目をやった。
「あ、ありがとう」
オバケは笑みを浮かべた。とてもかわいい。全く悪さをしないオバケのようだ。
「ピアノを弾くの、好きなの?」
「うん。ここって、小学校だったって、知ってる?」
和弥は空別の事を全く知らない。道の駅の事は知っているが、まさか道の駅が小学校だったとは。
「そうなんだ。あっ、そういえば、この建物、まるで小学校みたいだと思ったけど、本当に小学校だったとは」
ただ、和弥は感じていた。道の駅の周りの塀や建物の外観が小学校を思わせる。最初見た時、小学校と見間違えてしまったぐらいだ。
「うん。空別小学校っていったんだ。多くの子供たちの歓声が聞こえて、楽しい学校だったんだけど、閉校しちゃったんだ」
「そうなんだ」
和弥は閉校なんて全く考えた事がなかった。だが、ニュースでよく聞く。空別でもこんな事があったなんて。
と、オバケは空を見上げた。空にはいつものように星空が広がっている。
「あの子、元気かな?」
「誰の事?」
和弥は気になった。誰の事を考えているんだろう。このオバケには、忘れられない出会いがあるんだろうか?
「本吉和孝(もとよしかずたか)くん」
「本吉和孝って、あのピアニスト?」
その名前を聞いて、和弥は驚いた。本吉和孝は有名なピアニストだ。その人に何があるんだろう。
「うん。知ってるの?」
「うん。でも、あの人って、ここ出身なの?」
本吉和孝の事は全く知らない。まさか、ここの出身だろうか? もしそうなら、間違いなく空別の一番の偉人だろう。
「うん。卒業式の直前に会ったんだ。もうすぐ東京に行く所だったけどね」
「そうなんだ」
オバケは卒業式が迫る3月に出会った時の事を思い出した。世界的に有名なピアニストになりたかった自分の遺志を受け継いで、東京に旅立った。世界的に有名なピアニストになった時、ここに戻ってくる約束をした。今でもその約束を忘れずにいるだろうか? そして、世界的に有名なピアニストになった時、ここに帰ってくるんだろうか?
「いつか、また帰ってくるといいね」
「だって、約束したんだもん! 有名になったら、また帰って来るって」
和弥は思った。もし、本吉和孝が世界的に有名なピアニストになったら、ここに帰ってくる。だから本吉和孝を応援しよう。そうすれば、世界的に有名なピアニストになって、ここに帰ってくるだろうから。その時には、ぜひ握手したいな。
道の駅 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます