四話 風の祝福とハプニング

その後も自分の夢を語り続けたイデアをアルレルトが拒絶することはなく、日が落ちるまでイデアの話は続いた。


恐らく今までイデアの夢をまともに聞いてくれた人なんていなかったのかもしれない。


ましてや未だ踏破者の現れない世界三大秘境の踏破という夢物語、普通の人間なら鼻で笑うだろう。


だがアルレルトは決してイデアの夢を笑わなかった。


どうしても眩しく見えるイデアという人間を知らぬうちに尊敬の念を覚えたからかもしれない。


師匠の言葉に従わず、ずっとこんな森の中で足踏みしている自分よりも。


◆◆◆◆


簡単な手料理を夕食として振舞ったアルレルトにイデアは驚いた。


「このスープ美味しいわ、辺境まで来てこんな料理を食べれるなんて…アルレルト?」


考え事をしていたアルレルトはイデアに声を掛けられて、顔を上げた。


「何か?」

「この野草スープ、凄く美味しいんだけど何が入ってるの?」

「スープに入っているイーデン草は食用の草でして、苦味が少なく旨味がある万能な草です。食べるのは初めてですか?」

「初めてよ、王都で店を開いたら売れると思うわよ」

「お褒めに預かり光栄です」


アルレルトが謙遜気味にそう言うと、イデアは睨むような表情になった。


「何ですか?」

「アルレルトって私と同年代よね?、だったら敬語は止めて欲しいんだけど」

「止めて欲しいと言われましても敬語で話すのが俺の素です」

「うーん、ならせめてイデア様は止めて。呼び捨てがいいわ、これから仲間になるんだしね!」

「俺にそのような予定はありませんが呼び捨ての件は了解しました」

「ふふん、一歩前進ね」


ニヤリと笑うイデアにアルレルトが憮然とした表情になるのだった。


◆◆◆◆


一人暮らしの家ではあるものの寝室は二つあり、その一方にイデアを案内したアルレルトは寝付けず家の外に出た。


夜天の夜空を満天の星々が彩り、春の温かい風と木々のさざめきがアルレルトの訪問を歓迎していた。


裏の庭の端にある大岩の上に座ったアルレルトは静かに鞘から得物を抜いた。


特にやることもなかったので自身の愛刀の手入れをすることにした。



「刃は危ないので気持ちだけ受け取ります」


懐から布を取り出し手入れを始めたアルレルトの周囲に集まってきた小精霊たちに笑みを浮かべて、申し出を断った。


風が草木を撫でる音だけが支配し黙々と集中して手入れをしていたアルレルトは磨かれた漆黒の刀身に星空が映り、流れ星が流れるのを見た。


『星は運命を、風は導きを私たちに与える、覚えておいてね。アル、私たちは風に祝福されてるんだよ』


翠緑の髪を靡かせ笑みを浮かべて教えてくれた師匠の言葉がアルレルトの脳裏を過ぎった。


「流れ星、そういえばあの時も降っていましたね」


今流れ星が流れるのか、アルレルトは奥歯を食いしばって愛刀を振るった。


空気を切り裂く音と共に風で飛んできた数枚の青葉を見事に両断した。


「師匠、運命は俺に前に進めと言います。でも俺は師匠と暮らしたあの家と貴方の墓を放っておけません、俺はどうするべきなのでしょうか?」


答えてくれる人はもう居ないと分かっていてもアルレルトは夜空に語り掛けてしまった。


ビュオ!、一際強い風が吹くと目の前にドレス姿の美女が現れた。


反応するよりも先に抱きついてきた精霊の女王にアルレルトは身を固くし、気がつくと精霊は消えていた。


『貴方と一緒に居る、もう絶対に離れない』

「!!、女王様!?」


突然頭の中に響いてきた見知った声にアルレルトは驚き、周囲を見回したが精霊の姿はどこにもなかった。


『貴方に風の女王たる私の祝福をあげる、だから前に進んで、風はいつも貴方を見守ってるから』


再び頭に響いてきた言葉にアルレルトは混乱するばかりだった。


ここまでハッキリと女王様の声が聞こえたことは無かったし、いきなり告げられた祝福の意味も分からなかった。


「女王様!、俺に何を…」


鞘に愛刀を納めて大岩から下りたアルレルトは強く吹き付けてきた風に咄嗟に目を瞑った。


目を開けると風は止み、女王様の声も聞こえなかった。


「幻聴?、疲れていただけか?」


首を傾げたアルレルトだったがやはり声は聞こえず、諦めて家に戻るのだった。


◆◆◆◆


昨夜、不思議な出来事があり寝るのが遅くなったアルレルトだったがいつも通りの時間に起床し、日課の墓参りを終えて帰宅すると下着姿のイデアが立っていた。


「あっ、アルレルトー、おはようー」

「お、おはようございます」


挨拶をされたので反射的に返してしまったが、アルレルトはなんと反応していいか分からず呆然としてしまった。



イデアは朝に弱いのか、寝ぼけ眼を擦っていたが次第に眠気がとれてちゃんとした目でアルレルトを捉えた瞬間、頬が一瞬で朱色に染まった。


「な、ななな、なんでアルレルトが…」

「ここは俺の家ですから」

「確かにそうだけど今は出ていって!」


杖を抜いて叫んだイデアから逃げるようにアルレルトは慌てて、家から出た。




「ごめんなさい、自分が朝に弱いのをすっかり忘れてたわ」

「謝罪は受け取りますが俺の家でなくとも女性が下着姿で歩き回るのはどうかと思います」

「ぐぐ、それを言われると何も言い返せないわ」


言外に下着姿で歩き回る方が悪いと言われたイデアは反論できず、唸った。


無事ローブを着て昨日と同じ服装になったイデアはアルレルトが作った朝食を食べ終えると、おもむろに立ち上がった。


「改めて誘うわ、アルレルト。私の仲間になってちょうだい」


差し出されたイデアの右手をまじまじと見たアルレルトは昨日とは違い、すぐには拒絶しなかった。


「それはともかくとして今日は森の調査に行こうと思うのですが、一緒に行きませんか?」

「へ?」

「家に居ても特にやることはないでしょう?」

「た、確かに何もやることはないけど…ってそうじゃなくて私の誘いは?」

「お断りします、けれどイデアの貢献次第では変わるかもしれないですよ?」


アルレルトに上手く利用されている気がしたイデアが断るという選択肢はなく、森の調査に同行するのだった。


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