三話 森の魔獣とイデアの夢
しばらく家の中で過ごしていたアルレルトだったがふとイデアの様子が気になり、家の外へ出た。
外に出てもイデアはおらず、アルレルトは去ったのかと一瞬考えて、視界の端で浮遊する精霊がとある方向を指さしているのに気付いた。
「白桜の方か」
すぐさま移動したアルレルトは森を抜け、白い花吹雪が舞う草原に辿り着いた。
案の定、白桜の幹の前に純白のローブを着たイデアが立っていた。
「綺麗な花を咲かせる樹木ね、初めて見たわ」
「……ここでしか咲かない
背中越しに話し掛けてきたイデアにアルレルトは一瞬言い淀んでから、答えを返した。
「王都の植物園でもこれ程立派な樹木は見たことないわ、この樹を好きな人が居たのね」
イデアは白桜の墓前に視線を落として呟いた。
イデアの隣に並んだアルレルトは墓の上に積もった白い花弁を払った。
「俺の恩人の墓です、この樹の下を訪れるのは自由ですがこの墓にだけは触れないで下さい」
「わ、分かったわ」
イデアは優しげで丁寧なアルレルトから凄みを感じて、思わずたじろいだ。
言いたいことを言ったアルレルトが踵を返して、家に戻ろうとした時、強烈な悪寒が背筋に走った。
「イデア様!」「!?」
大声を出して振り向きながら抜刀したアルレルトの刃が何かとぶつかり甲高い音を響かせた。
「
アルレルトと鎬を削っているのは鳥型の魔獣魔鷲ファルコニアの鋭い爪先だった。
「イデア様!、白桜の下から出ないでください!」
相次いで襲ってくる
「なんの前触れもなく魔獣が襲ってくるなんて…」
「
ちらりと枝の隙間から外を覗くと
「襲わない筈ですがどうやら俺たちを逃がすつもりはないようですね」
「相手が魔獣ならどっち道倒すしかないわ、フルグラス派の魔術師の力を見せてあげるわ」
白杖と黒杖、異なる色の二本の杖を抜いたイデアは不敵に笑った。
「相手は五匹、こちらは二人。数の内訳は?」
「私が三、貴方が二でどうかしら?」
「御冗談を、俺が三でイデア様が二です」
「はぁ!?、剣士のくせにどうやって空を飛ぶ魔獣を…」
イデアの抗議が終わるのを待つまでもなくアルレルトは飛び出した。
即座に周囲を旋回していた
「"
圧倒する風の斬撃が三匹の
間髪入れず残り二匹の
「堕ちなさい!」
杖から放たれた複数の魔力弾が二匹の魔鷲ファルコニアを撃ち抜いた。
さらなる新手の襲来を警戒しながらアルレルトは血振りを行なって、静かに納刀した。
「援護、感謝致します」
「勝手に飛び出すんじゃないわよ、魔術師の本分が後方支援とはいえ無鉄砲過ぎよ」
「いえ、
アルレルトの理路整然とした説明にイデアは悔しげに唸った。
「それはともかく今日の森は機嫌が悪そうです。急ぎ家に戻りましょう」
「えっ、貴方の家に上げてくれるの?」
「野宿が良いのであれば俺は別に」
「ま、待ってよ!」
そそくさと歩き去るアルレルトをイデアは慌てて追いかけた。
◆◆◆◆
「へぇー、綺麗に整っている家ね」
イデアの言葉通り、アルレルトの家の中は非常に整っており、男の一人暮らしであるにも関わらず物はきちんと整理され、隅々まで掃除が行き届いていた。
「普通だと思いますよ、適当な椅子に座って下さい。家にあげたからには一応もてなします」
「あはは」
あくまで仕方なくという姿勢を崩さないアルレルトにイデアは曖昧な笑みを返した。
アルレルトが居間を出ると、イデアは椅子から立ち上がって部屋を見回した。
何度も見ても綺麗に整った部屋は良く言えば清潔、悪く言えば殺風景、男の家に上がるのは生まれて初めてのイデアはそんな印象を受けた。
「この部屋に魔術師が興味を引くものは特にありませんよ」
「!?、気配を消して部屋に入ってこないでよ
いつの間にか背後に立っていたアルレルトにイデアは素直に驚き、椅子に座り直した。
「俺の家でどう歩こうと勝手です」
机に湧き水が注がれた木のコップを置いたアルレルトはイデアの向かいの椅子に座った。
アルレルトは何も話さず、しばらく沈黙の時間が続き耐えられなくなったイデアが口を開いた。
「えーと、ほとんど見ず知らずの私を家に入れてくれてありがとう」
「本意ではないですが森の機嫌が悪いならば仕方ありません」
「さっき
魔獣は瘴気から生まれる化け物、人を喰らい人に害を成す存在。そんな魔獣が人を襲わないとアルレルトが言ったことにイデアは疑問をもった。
「この森の魔獣だけ特別なんです。たとえばイデア様が矮小な
「無謀を通り越して自殺行為だけど…まさか貴方がこの森の
「まさか、俺はまだまだ修行中の若輩者です。魔獣たちにとっての
先程の戦いでアルレルトの身のこなしは並の剣士を遥かに凌駕するもので、それなりの確信を持って聞いたイデアは予想の斜め上の存在に力が抜けた。
「魔獣が恐れる人間って、貴方のお師匠さんはどれだけ強いのよ」
「さぁ、イデア様のご想像にお任せします」
「アルレルトがそこまで言う師匠に会いたいものね」
イデアの何気ない言葉にアルレルトは視線を下げて黙ってしまった。
イデアは自分が地雷を踏んだ気がして、とてつもなく焦った。
イデアが失敗したと後悔する前に意外にも口を開いたのはアルレルトだった。
「イデア様は俺を冒険とやらに誘いましたが一体何が目的なのですか?」
「目的?、というより私の夢ね。"世界三大秘境”を攻略することよ、そのために私は仲間を集めてるの」
世界三大秘境、その言葉を辺境の森に住むアルレルトでさえ知っていた。
広大な世界に存在する未だ人類が到達しえない三つの秘境、数々の英雄が挑み散っていった場所。
かつて師匠がそう教えてくれたのを覚えていた。
「その口振りではただの夢物語で終わらす気はないようですね」
「当然よ、だから私はアルレルト、貴方を絶対に諦めないわ」
強い意志を込めて真っ直ぐ見詰めてきたイデアは眩しくアルレルトはまともに見ることが出来ず、視線を逸らすのだった。
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