二輪
大学に入学すると同時に、地元を出て知らない町に住んだ。
誰も私の事を知らない町に行きたい。
それが、この町の大学を志望した理由だった。
始めたばかりの頃、一人暮らしは想像していたよりも楽しいものではなかった。
妄想していた幸せな生活はそこにはなく、わたしの部屋にあったのは少しばかりの家具と、自分よりも大きくなってしまったような寂しさだけだった。
毎日、朝起きるときと夜眠るときに、なにもない暗い天井に向かって「おはよう」と「おやすみ」を言った。
天井はカーテンをすり抜けた外の灯りを映して、ほんのすこし橙色だった。車が表の道路を通る度にそれが揺らめくのを見ながら眠った。それは数少ないわたしの喜びだった。
卵を床に落としてしまったときも、慣れない手つきで作る創作料理が思っていたよりもおいしかったときも、私は1人だった。
1人で、部屋を埋め尽くすほど大きくなった寂しさに向かって、「うわあ」とか「美味しい」と言っては、気づいたら泣いていた。声も上げず、静かに顔をゆがめて。
楽しいふりはより悲しみを大きくすることを、その時の私ははじめて知った。
それでも、大学の授業には欠かさずに行った。
無事に大学デビューを遂げ、偽物の光を放つクラスメイトのなかでは少し浮いていたが気にしなかった。そして彼らもわたしを気にしていないように思えた。彼らの間で代返、というものが流行っていることを知ったとき私はそう悟った。
聞き慣れない言葉にはじめは「ダイヘン」と脳内で変換できないワードが回っていた。ただ次第に、周囲の会話の内容を聞いていると、それが出席をしている友人に代わりに出席カードを出して貰う協力体制とのことだとわかった。
代返、の効果か日を追うごとに、出席者の人数は減っていった。
そして納得した。
当初に比べて徐々に出席者が減っているにも関わらず、教授が授業前の点呼を辞めたわけを。役立つ情報をたくさん知っていると急に話しかけてきたいけ好かない先輩がこの授業を選択することを強く勧めてきたわけを。
彼は“優しい”で有名な教授だった。
それでも私は毎回全ての授業に出席し、必ず自分の出席カードだけを出して家に帰った。いわゆる“浮いている”わたしと初めて話すにもかかわらず、なれなれしく代返を依頼してくるようなある意味勇気のある人達は、すぐに私の世界から消した。
そのせいでわたしは“浮いている”から“嫌われている”に昇格をしたらしい。
気にしない、関係ないと唱えながらそれらの視線はわたしを刺した。
大学からの帰り道で見つけたささやかな楽しみである、洋菓子店への寄り道は辞めた。ケーキをすごすごと持ち帰る私とは対照的に、店内で楽しそうにおしゃべりをしながらお茶しているクラスメイトに見られ、話の種にされるのは耐えられなかった。
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