第60話
我の名は、クルエール・ダンピーレ。
ダンピーレ伯爵家の長男である。
我は、エステリアン王国を治める国王陛下より勅命を受け、新宿ダンジョンを管理することになったダンジョンマスターにして━━
「むにゃむにゃ……、おもちくん! そんなぁ……、食べたら無くなっちゃうなんて……。むにゃむにゃ」
「ヒィィィィ」
ぷるぷるぷるぷる。
……今は、貪欲なる捕食者、こと彩音レイナという少女のペットに落ちぶれている。
※※※
ダンジョンマスターの仕事は、実にシンプルだ。
ずばりダンジョンに適切な罠とモンスターを設置し、ほどよく人間が入ってくる環境を整えることである。
(異世界でのエネルギー収集により産業革命を、か……)
(国王陛下も、思い切ったことを考えたものだな)
我は、勅命が下された日を思い出していた。
あれは、よく晴れた日のことだった。
国の宮廷魔法師を集め、異界への転移魔法を完成させた国王陛下は、突如として壮大な計画を語り始めたのだ。
我が国は、常にエネルギー枯渇問題に悩まされていた。
そこで国王陛下は、異世界からエネルギーを収集するという方法を思いついたのだ。
いわく、異世界に「ダンジョン」と呼ばれる固有領域を作り上げているらしい。ダンジョンというのは、我々の世界の法則が働く異空間のことで━━さしずめ向こうの住人にとっては、異世界そのものといったところだろう。
(エネルギーを収益するためには、ダンジョン内で強者にダメージを受けてもらう必要がある、と)
(ふむ……、なかなか難儀なことだな)
難しすぎても、簡単すぎても駄目。
難しすぎれば、あっという間にダンジョンを訪れる人間が居なくなり、目的を果たせなくなる。
だからといって簡単すぎれば一瞬でダンジョンを踏破され、無能の烙印を押される事になるだろう。
ほどほどに苦戦しながら、夢を求めて探索者が突き進む━━そんな理想のダンジョンを築きあげること。
それが我々ダンジョンマスターに与えられたミッションであった。それはセンスが必要な職人技であり、まさにダンジョンマスターの腕の見せ所であろう。
(平和な世界に生きる人間が、なぜダンジョンに次々と飛び込むのだ……?)
(分からん。さっぱり分からんが━━好都合!)
最悪、ダンジョンに誰も入ってこないかも。
そんな悲観的な予想を裏切り、地球と呼ばれる異世界の住人は、それはもう好奇心旺盛だった。
異世界からの未知の物質に興味を示し、我先にとダンジョンの探索を開始したのだ。
(偉大なる国王陛下の期待に応えるため。我が、模範となるダンジョンを築き上げてみせる!!)
我が任された新宿ダンジョンは、地球の中でもトップクラスのエネルギー収益が見込める土地だ。
これは地球に派遣された者の中でも、国王陛下からの期待が大きいということにほかならず、
(まずやるべきは、地球の人間を強者に育てあげること)
(同時に、無理なく、エネルギーを回収していく必要がありそうだ)
我は気合いとともに、ダンジョンマスターとしての職務に励むのであった。
数年が経った。
我の築き上げたダンジョンは、世界でもトップクラスの稼ぎを叩き出していた。
人気も凄まじく、全国から猛者が集まり攻略部隊が組まれるほどで━━簡単に攻略されたら悔しいので、嫌がらせのようなモンスターを配置し、全力で叩き潰してやった。
軟弱ものめ、出直すが良い。
エステリアン王国の資源枯渇問題を解決するための重要なプロジェクト。
我は、常にそのトップを走っていた。綻びが出始めたのは、そんなある日の出来事である。
(ふむふむ、またレアスキル持ちが現れたのか)
(しかも小さな少女か━━珍しいな)
部下からの報告書には、その日、ダンジョンで起きた珍しい出来事が記載されている。
注記事項として、ダンジョンを訪れていた一人の少女が取り上げられていた。
(ユニークスキル━━食べ放題?)
(モンスターの肉を喰らうと、そのスキルを吸収するか━━ユニークスキルの中では外れの部類だな)
モンスターの肉なんて、まあ食べない。
ダンジョン内は、未知の異世界━━それこそ奴らにとっては毒となる物が、無数に生息しているのだから。
数秒後には、我は、その少女の存在を忘れていた。
━━それが大間違いだったと分かる頃には、もはや取り返しのつかない状態を招いていたのである。
ある日のこと。
我は、ダンジョン深層の建築内容に頭を悩ませていた。
そんな我の元に、一匹のモンスターがおずおずとやって来て、上層について報告があるというのだ。
「上層? 良い感じに、初心者を育てる観光地のような場所として運用して欲しい。我は深層の建築に忙しくてな━━」
「良いから、これを見てください!!」
(何なのだ……)
(我は、忙しいというのに━━)
今さら、上層で大きな問題が起きるとも思えない。
我は、部下から差し出された映像を記録した魔道具(コストがバカ高い!)を覗き込み……、
絶句した!
「やっぱりダンジョンに来たらこれだよね! いっただっきま〜す!」
「う〜ん! やっぱり食後には、ブルーマスカット! これがダンジョンでの最高の贅沢だよね!」
魔道具には、そんな訳の分からない言葉とともに片っ端からモンスターを食していく
恐ろしい勢いで、スキルを吸収している。
(いやいやいやいや!)
(ふざっけるな! そいつら召喚するのにいくらかかったと━━)
「ありがとうダンジョン! 食べ放題、最高です!」
(いやぁぁぁぁぁぁ!)
気がついたら中層なのに、深層もクリアできそうな怪物が爆誕していた。
恐ろしいことに、攻略に興味がない。
延々と浅い層に潜り続けて、多大なコストを払って作り出したモンスターをぱくぱくと食していく。
(彩音レイナ━━覚えたぞ、その名前!)
天敵リストに名前が書き込まれた瞬間である。
こちらの焦りをよそに、配信などを始めた彩音レイナは、今日もぶらぶらとダンジョングルメ(なんなのだそれは!)を求めて彷徨っていた。
数ヶ月後。
(な、なんなのだ。あいつは━━)
我は、部下から送られてきた報告書に戦慄していた。
プライドを捨てて、イレギュラーモンスターを送り込んだりしてみた。
あっさり返り討ちにあった━━嘘やん。
今日も、恐ろしい勢いでモンスターが倒されており……、ついにエネルギー収益は、赤字に転落した。
どうやら彩音レイナは、我が想定する数十倍の速度で成長を続けているようだ。
(ひ、卑怯だぞ!)
(安全圏でレベリングを続けるなんて!!)
地団駄を踏んでも始まらない。
我は、なぜ彩音レイナが暴力的とも言えるレベルを獲得するに至ったか考え込んでいた。
その理由は、やはりソロ探索によるものだろう。
我は、ソロ探索を想定していなかった。だからソロ探索によるデメリットスキル効果━━ソロ探索にボーナスを与える代わりに汎用コストを削減する━━を大量に採用していたのだが、結果的には、これが大失敗だったと言える。
とはいえ、そんなものは結果論。
(こんな事態、想像できるか……!)
たしかにソロ探索は、一般的にも効率が良いと言われている。
我のダンジョン癖を知らずとも、ソロ攻略を試すものはいるだろう。しかしそれは、ハイリスクハイリターンで、いつまでも続くものではない━━死亡率が高すぎるからだ。
事実、我はソロ対策として、ソロ探索者にとっては致命的となる罠を複数設置していた。
毒、麻痺、喪失━━様々な状態異常は、ソロなら一つでももらえば致命的だし、そうでなくてもイレギュラーな事態に弱いのがソロ探索の特徴だ。
数で攻めつぶすモンスターハウスなど、その最たるものだろう━━しかし奴はあろうことか、圧倒的なパワーで、真正面からそれをぶち破ってしまったのだ。挙句の果てには、それを使ってレべリングを始める始末!
(なんなのだ、あいつは!!)
エネルギー収益の赤字は、日々拡大している。
コツコツ貯めてきたエネルギーは、モンスターの補充に費やされ、そのまま彩音レイナの腹に消えていった。
実に、恐ろしい話である。
(喰われる、喰われる……)
(我がダンジョンが、捕食者に喰われる━━)
ハッ、夢か……。
そんなある日、我は恐ろしい話を耳にした。
食材を自称する部下(正気か!? 喰われるぞ!?)が、とんでもないことを報告してきたのである。
(レアデュラハン湧くまで帰れまてん!?)
(いやぁぁぁぁぁ、深層の番人任せてるデュラハンは高いの! 本当に勘弁してぇぇぇえ!?)
レア個体は完全なる確率依存。
多大なる犠牲を出し(エネルギーも死ぬほど消費した)、ようやく現れたレアデュラハンを見て……、
(彩音レイナ!!)
(絶対に許さん━━かくなる上は、我が直接引導を渡してくれる!)
━━カッとなった我は、禁断のスキルを解き放つ。
それは、ずばりモンスターへの憑依。ダンジョンマスター自らが憑依することで、モンスターの性能を著しく向上させるという禁忌の術だ。
長年の宿敵を、この手で打ち倒す予定だった。
……手も足も出ず、ボッコボコにされた。
捕食者、強すぎる。
敗北して気がつく、さらなる絶望。
(やだ、この身体弱すぎ!?)
(魔力が、魔力が足りんぞ……!)
そう、デュラハンのレア個体。
その本体は、鎧を失ってしまえばクソザコナメクジだったのである!
その性能は、ぶっちゃけ上層のスライムより弱い。そのステータス故に、憑依解除スキルすらコスト不足で発動できなくなったのである!
「タ、タベナイデ!」
「おもちくん!」
「((((;゚Д゚))))」
そして我は、捕食者のペットにされた。
(おのれ、彩音レイナ! 栄えあるエスタリアン王国伯爵家の我を、よりにもよって、ペット扱いだと!?)
(絶対に、絶対に許さんぞ!)
我は、考える。
物理が無理なら、華麗なる我が頭脳プレイで、かの捕食者を葬り去ってみせるのだ!
「ぷるぷる、ドクイズミのフグ(行けそうな範囲で、もっとも毒性が高い)が━━」
「あ、あれ美味しいですよね!?」
「((((;゚Д゚))))」
「れ、レベルをソクテイしてホシイな!」
「えーっと……、3000でした!」
「((((;゚Д゚))))」
……我は、考えるのをやめた。
きっと、後は後任のダンジョンマスターが上手くやってくれる事だろう。
「……あ、そうだ。おもちくんも食べる?」
「((((;゚Д゚))))」
差し出されたのは、たぶん食べたら即死する猛毒料理。
━━おもちくんの苦悩は、今日も続く。
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