第54話

 ぶるぶると震えるおもちくん。

 そんな不思議生命体に近づき、私はヒョイと掴み、


 ――そっと肩に載せた。

 金ピカ鎧をラクラク・ハコベールに収納し、はてと首を傾げる。



「えっと食材さん、素材って1つで足りますかね?」


"え、食べないの?"

"こんなに美味しそうなのに"

"てっきり、いただきま~すの流れかとw"

"僕たちのレイナちゃんを返して!"


 ネタでも何でもなく、本気で驚く様子のコメント欄。



「食べませんよ、コミュニケーション取れる相手は!?」


 ぷくーっと膨れっ面になる私。

 いくら私でも、人語を介するモンスターを食するのは抵抗があるのだ。



"レアになって命乞いしてくるとは・・・。デュラハン、さすが汚い!"

"【朗報】捕食者から逃れる方法が発見される"

"そんな!? あの日、ボクのことを食べてくれると言った言葉はウソだったんですか!?"


「そんな約束してませんが!?」


 食材さんとそんなやり取りをしながら、私は改めて、おもちくんを観察する。


 もっちり膨らんだ、おもちのような見た目。

 この愛らしい見た目に反して、金ピカデュラハンを操るモンスターでもある。

 それにしても、まるまる膨らんだ先っぽが美味しそうで――



「や、やっぱり……。ちょっとだけ。先っちょだけ、駄目……?」

「タ、タベナイデ!?」


 目をバッテンにするおもちくん。

 ぶるぶると震えていたが、


「トッテオキのジョウホウあるヨ! オイシイ、デュラハンの、タベカタ!」

「なんと!」


"こいつ、仲間売りやがったwww"

"捕食者に睨まれたデュラハンくん"

"草"


 私が、ワクワクとおもちくんを見ると、


「マナダマリで、ニル。ソシテ、コウオンでカネツ! ヨイ、ダシにナルヨ!」


 ぷるぷる震えながら、おもちくんはそんなことを言い出した!


(マナ溜まり煮!)

(食材さんが言ってたやつ~!!)


 私が、食材さんたちの叡智に驚いていると、



「カネツは、フェニックスの、レンゴクカエンがオススメ!」

「フェニックス……?」

「ココの、ジュウイッソウにイルヨ!」


 おもちくんから、続々と飛び出してくる新情報。


"待ってw これ、歴史的瞬間なんじゃ・・・"

"たしかに。モンスター捕まえて、情報聞き出せるのヤバイって!"

"真っ先に聞く情報が、デュラハンの喰い方なの最高にレイナちゃん"

"当たり前のように深層の新情報飛び出してきて草"


(深層11層にいるフェニックス、かあ……)


 まだ先かなあ、と少ししょんぼりする私。


 私は、あくまで料理配信者――何度も最前線に突撃する蛮勇は、持ち合わせていないのである。

 なお闇鍋配信で、様子見しにいったらなぜか倒せてしまったクラゲさんは、無害な生き物だったのでノーカンとする。



"ねえねえ、今は何の時間?(英語)"

"《英検1級はクソゲー》レイナちゃん、美味しそうなモンスターと対話に成功。食べないことを選択(英語)"

"捕食者がこんな美味しそうなのを食べないわけないだろ、いい加減にしろ!(英語)"

"《英検1級はクソゲー》ぶわっ(´;ω;`)"



「おもちくん、他に深層でおすすめのモンスターは?」

「オモチ、クン!? ……エッと、ミズウミのフグ、オイシイヨ!」

「それはもう食べました!」

「エェ……」


"おもちくんwwwwww"

"モンスターすら困惑させる女"

"なんで毒フグもう食ってるんだろうな、この子・・・"


「ナラ…………、ロクソウのエノキノコ! ドクのイズミで、アゲル。オイシイ!」

「その発想はなかったです。天才ですか!?」


 発想力が、私たち人間のそれとは段違い。

 さすが深層の住人である。


"《不死殺し》ふむふむφ(・ω・`)"

"豪腕ニキが何やらメモしてるw"

"ダンジョンイーターズの料理スキルが、また上がってしまうのか・・・"


 おもちくんは、ちょっぴり誇らしげな顔をする。

 びよーんと伸び上がったその姿は、まるで背伸びをしているようで……、



"《ミライ》可愛いッス!"

"おかしいな…。凶悪なモンスターのはずなのに、何だかぬいぐるみみたいに見えてきた・・・"

"なお名前はおもちくん"

"おもち食べたくなってきたナ・・・"



「決めました! おもちくん、あなたをダンジョンイーターズのグルメ案内人に任命します!」

「ヤ、ヤッター?」


"!?"

"レイナちゃん、思いつきだけで生きてそうw"

"↑↑食欲だゾ"



 ヤケクソのように、肩の上で飛び跳ねるおもちくん。

 その姿からは、金ピカ鎧がまとう強者の威厳は、微塵も感じられないのであった。



"いや、さすがに深層モンスター地上に持ち帰るのはどうなの"

"なんか資格いるんじゃなかったっけ?"

"そもそも放し飼いされると、普通に怖いゾ・・・"


 た、たしかに……。

 食材さんからの書き込みに、私は思わず首を傾げてしまう。


 モンスターとは、基本的に人間に害を為す生き物だ。

 まして相手は、深層ボスのレア個体。

 その危険度は、当然、見た目だけでは測れないもので――



"《鈴木 千佳》モンスターを地上に連れ帰るには、テイマーの資格が必要やな"


 私が悩んでいると、千佳からコメントの書き込みがあった。


「テイマーの資格?」


 ダンジョン内で、モンスターを使役して戦う探索者のことを、テイマーと呼んだりする。

 テイマーは、共に戦うモンスターとの絆を深めるため、地上にモンスターを連れ帰ることも多い。

 そのためには、探索者組合による資格が必要となるらしい。


 当然、私は資格など持っておらず……、



"やっぱり食べちゃうしか・・・"

"冷静に深層ボス持って帰ってこないでw"

"さらば、おもちくん"


 私は、じーっとおもちくんを見る。

 もっちり、ふわふわ――やっぱり、美味しそう。



「ぷるぷる。ボク、ワルいデュラハンじゃ、ナイヨ!」


 瞳をうるうるさせて、私の方を見てくるおもちくん。

 表情豊かで、妙に愛くるしい顔をしている。

 美味しそうではあるけれど――やっぱり、食べるのは無しだ。


 となると逃がす一択だろうか。

 貴重なグルメ案内人を逃がすのは勿体ないけど、仕方ないか。

 私が、そんなことを考えながら名残惜しくおもちくんを見ていると、



"《鈴木 千佳》あ、なんか許可下りたで"


「ほえっ!?」


"草"

"早すぎぃ!"

"そんなことある!?"


 千佳からの書き込みに、にわかに盛り上がるコメント欄。


"《鈴木 千佳》なんか探索者組合の人が、配信見とったらしい"

"《鈴木 千佳》人語を解するモンスターを、連れ帰る恩恵が大きいからな"

"《鈴木 千佳》正式な許可は後日とのことやけど――今だけ特例とのことや"


 大丈夫なのかなあ、と一瞬不安になる私。


(……まあ、千佳が大丈夫って言うなら大丈夫か!)

(とはいえ、私なりに安全策を考えるなら――)



「おもちくん、ここ入って?」

「ワカッタヨ!」


 私は、おもちくんを、ラクラク・ハコベールに詰め込むことにする。

 念の為、倒した鎧も入っていない真新しいものだ。


 ちなみにラクラク・ハコベールは、収納魔法を参考にしており、異空間に繋がっている。

 こちらから出そうとしない限りは、出てくることはできないはずだ。



「ねえ、おもちくん。やっぱり先っぽ。ちょっとだけなら、齧ってみても――」

「タベナイデ!?」


 悲鳴をあげるおもちくん。

 そのまま、あたふたとラクラク・ハコベールに逃げ込んでいく。


"それ、先っちょだけて言いながら気が付いたら完食してるやつ!?"

"平常運転すぎるw"

"おもちくんとかいう、食べる気満々のネーミングやめてw"

"レイナちゃんは可愛いなあ"



 ――そうして耐久配信を終え。

 その日、私たちのギルドの新たなメンバーが加入したのであった。




===


このたび、本作の書籍化・コミカライズが決定しました。

本作をいつも読んでくださっている読者様のおかげです!

詳しい情報は、レーベル様から許可をいただけたら発表していきます!


面白いと思っていただけたら、「☆☆☆」や「フォロー」で応援いただけると嬉しいです!

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