第17話

 コラボ配信の翌日。

 私は、千佳に呼び出されていた。



「レイナ、正座」

「はいっ!」


(ひょえぇ。千佳。すっごく怒ってるぅ!?)


 千佳の部屋……兼、研究室にて。

 私は、怒れる千佳の前で正座していた。


 千佳にマジギレされたのは、最初に毒を食べて入院した時ぐらいである。

 あの時は自業自得だったが、今回は心当たりがない。



「レイナ、ウチが何に怒ってるか分かる?」

「ええっと、コラボ配信でコラボ相手を放ったらかしたこと?」

「ちゃう! いや、あれもあんまり良くないんやけど…………」


 やぶ蛇だった!

 千佳が、クマのできた恨めしそうな顔を私に向けてくる。



「千佳、最近だいぶ忙しいの?」

「誰のせいや思っとるんや……」


 千佳は半眼になると、


「レイナ、ほんまに大人気やで。昨日から、夜通しギルド勧誘の電話が鳴り続けてな……」

「えぇ? まさかぁ――」


 なんの冗談かと笑いそうになったが、千佳の顔はいたって真面目。


「……本当に?」

「うん。大手の探索者ギルドからベンチャー企業まで、よりどりみどりって感じやな」


 千佳が、そう言いながら何やらリストを渡してくる。


 昨日、勧誘があった連絡先のリストらしい。

 千佳いわく、大手の探索者ギルドは軒並み手を上げたとか。



(はえー……)


 何それ怖い。


「ひえぇ……。千佳ぁ、どうしよ!?」

「まあ、急いで決めることはないと思うで。自分の将来のことや。そもそも無理にギルドに入る必要もないし、じっくり悩んでから決めるのが良いと思うで」


(急いで決めることはない。そうだよね……)

(私が将来、したいことかあ――)


 千佳は、具体的にオススメの道を口にすることはない。

 ただ後悔しないように考えろと――そのアドバイスは、とても真面目で役立つものだった。


 思えば千佳には、いつも迷惑をかけていると思う。

 それでも千佳は、面倒そうな顔をしながらも的確なアドバイスをくれるのだ。



「ありがと、千佳。とりあえず次の配信で、マネージャーに連絡送るのは控えるように言っておくね」

「あ、それならもう大丈夫や。今は、自動応答AIが稼働中やからな」

「ほわっ!?」


(うちのマネージャーがハイスペックすぎる件!)


 あんぐり口を開ける私。


「え? なら、そのクマは?」

「あー、これは……。ちょっぴりAIの返答パターンに凝ってしまってな」

「割としょうもない理由だった!」


(千佳の寝不足、絶対そのシステム作るのが楽しかったやつじゃん!?)


 満足そうに笑う千佳に、私はじとーっとした目を向けた。

 何かにハマると一週間は不眠不休で動ける妖怪――それが鈴木千佳という少女なのである。



「そうだ、レイナちゃんボイス取って良い?」

「絶対にお断りです……」

「なら、しゃあない。アーカイブから取ってくるか――」

「勘弁して!?」


 本気でイヤそうな顔をする私を見て、千佳はケラケラと笑った。



「ダンジョン探索工具ブランドの新設も合わせてバッチリや。これから楽しくなるで!!」


 寝不足にも負けず、千佳はツヤツヤした顔をしていた。


 いつ見ても、バイタリティーに溢れている千佳である。

 その精神は、見習いたいと思った。




※※※


 その後、私は千佳からもらったリストに目を通していく。


「この中から選ぶん?」

「う~ん、どうしようかなあ…………」


 私はいまだに、お気楽な学生で。

 ダンチューバーを続けていきたいという希望はあれど、具体的な進路なんて何にも考えていない。

 当然、どのギルドが良いかなんて分かるはずもなく、



「あ、ここなんかどうかな」


 私は、見覚えのあるギルドを見つけて指さした。


 ダンジョンイーグルス――私の配信に現れ、熱心に勧誘してきたギルドである。 

 実際、その名前は非常に有名で、トップクラスの探索者が集っている探索者ギルドだと聞いている。

 私が、そんなことを思い出していると、


「そこだけは、やめておいた方が良いと思うで」


 千佳は、そう眉をひそめた。



「そうなの?」

「碌な噂を聞かんしな。それに――」

「それに?」

「ギルド長の語り口が、怪しすぎや。あのギルド、探索者という存在を――ダンチューバーという存在を下に見てる。そんな気がするで」

「そうなんだ……」


 私は、リストに載っていたダンジョンイーグルスに赤でバッテンをつけた。 

 千佳の直感に、全幅の信頼を置いている私である。


(う~ん、後で目を通そ!)

(それより今は――)


 問題を棚上げ。

 

 私は、お茶と一緒に出されたクッキーを口に運ぶ。

 もぎゅもぎゅ、サクサク。甘くて美味しい。


「こんなバズり方するなら、もっと早くに信頼できる後ろ盾を見つけとくんやったなあ……」

「ほえ?」

「まったく、呑気そうな顔で――」


 千佳は苦笑しながら、私の口元を拭うのだった。

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