2章
第11話
あの日からも、チャンネル登録者数は順調に伸びていた。
不思議なことに、ダンジョンでの料理配信がまたバズったようなのだ。
不本意ながら新聞の表紙を飾ってしまったのも大きい。
ドラゴンゾンビを殴り飛ばす例の切り抜き画像が、朝刊の一面を飾ってしまったのだ。
返り血を浴びながら哄笑する私……、もうお嫁にいけない。
チャンネル登録者数は気がつけば100万人間際。
配信すれば、安定して数万の同接を叩き出す。
ダンジョン探索&料理の配信をすれば、毎回、すごい勢いでコメントが流れていく。
私のダンチューバーとしての知名度は、着実に上がり続けているのであった。
――黒歴史の拡大とともに。
※※※
困ったことと言ったら、普通に顔バレしたことだ。
某所で特定されてしまったらしく、学校ではすっかり有名人扱いである。
今日も学校の前には、私を一目見ようと人だかりができていた。
こっそりと裏口から侵入するのが、最近の習慣である。
そんなわけで、私は教室に向かおうとして、
「
「げっ、軍曹……」
私を呼び止めたのは、実技担当の
ムキムキマッチョの熱血漢である。髪は無い。
座右の銘は、言葉より拳で語れ。その言葉には全力で共感しかないが、それはそうとて怒ると鬼のように怖いのである。
アカデミーでは割と問題児として名を馳せていた私は、割と苦手意識を持っていた。
今日も今日とて、迫力満点である。
「げっ、とは何だ……」
軍曹が、ショックを受けた様子で苦笑したが、
「ちょっと職員室まで来て欲しいんだが……」
そう言って歩き出した。
(ひえぇ――)
(軍曹、めちゃくちゃ怒ってる!?)
到着、職員室。
お説教スペースは、私にとっての定位置である。
(私、何しでかした……?)
配信か、配信のせいか!
おそるおそる私が椅子に座ると、
「頼む、彩音! うちの宣伝担当になってくれ!!」
予想外の言葉とともに、軍曹は深々と頭を下げてきた。
「ほえ!?」
軍曹は、私にパンフレットを手渡してくる。
そこには……、
──集え、未来ある若者たち!
──あのレイナちゃんを間近で見られます。サインだってもらえるかも!?
──アットホームで楽しい学校です
パンフレットのど真ん中には、素手でオークキングと殴りあってる私の姿が!
「いやぁぁぁぁ!」
私はパンフレットをぐしゃぐしゃに丸めて、そのまま粉々に粉砕する。
(ふぅ、悪は滅んだ……)
(これでよし――)
「ふっ、実はもう1000枚ほど刷ってあってだな──」
「ノォォォォォオ!」
「あぁぁぁぁあ! 渾身のレイナちゃんパンフレットがぁぁぁ!」
私は闘気を飛ばし、パンフレットの山を粉砕。
なんっちゅう物を配ろうとしてやがるんだ。
軍曹はさめざめと涙を流していたが、
「あれは、やってくれないの?」
「へ……?」
「ほら……、喰えないモンスター倒したときのいつものやつ──」
何を求められてるんだ、私は……。
思わず反射的に、
「……キモチワルッ!」
「ありがとうございますぅぅぅぅ!」
(なんなのこの人ぉぁぉぉ!?)
軍曹、こんなに愉快な人だったの!?
恐ろしい鬼教官のイメージしかなった相手の意外な一面を前に、私は少しだけホッコリして……、
(……うん、ないな)
素直にドン引きしただけである。
それから私は、正気を失ってる軍曹を必死に説得した。
私はいつも怒られてる問題児でしょうと。
今日だって、校門前に人だかりが出来ててるし、問題が起きてますよ~、と。
ほ~ら、私は問題児。学校の顔、相応しくない!
「ああ、あの人だかりな……。いい加減迷惑だから警察に通報してしょっぴいてもらうか」
「私の方から言っておくので、やめてあげて下さいね!?」
違う、そうじゃない!
危ない、危ない。私のせいで逮捕者が出るところだった……。
「ぬぅう……。どうしても、駄目なのか?」
「イ・ヤ・で・す!」
「焼肉食べ放題」
「………………お断りします」
ちょっと揺らいだ。
その後、必死の説得の甲斐あって、どうにか軍曹に考え直してもらうことに成功。
(そりゃあ、私だって学校の宣伝に協力するのはやぶさかではないけれど……)
(でも――アレは例外だよ!)
「ところで、やっぱりレイナちゃんパンフレットは──」
「没です、没!」
しょぼーんとした顔の軍曹を残し、私は教室に向かうのだった。
朝からドッと疲れた……。
※※※
昼休み。
私が、食堂で黄昏れていると、
「どったん、サイレントエンジェル?」
そんな呼びかけが聞こえてきた。
「その名前で呼ばないで……」
私は恨みがましい視線を、悪友──千佳に向ける。
頼れる我が悪友は、面白がるような視線を私に向けていた。
「おかしいな……、私は癒し配信者のはずなのに──」
「うん。それはだいたいレイナが悪い」
最近はもう開き直ってるところもあるけど。
みんな、もっと料理の方を切り抜いても良いのよ?
私がそんなことを考えていると、
「そういえばレイナ、サイン見たんやけど……」
「ど、どうだった?」
ワクワクした目を向ける私を、
「ナメクジがのたうち回ってるかと思ったで。練習しよう?」
「そこまで言う!?」
バッサリ一刀両断する千佳。
突然、同級生にサインを頼まれて困惑した朝。
オールして一生懸命考えた渾身のデザインだったのに!
「無茶言わないでよ。慎ましく生きてきた一般人にサインなんて、ハードル高いって」
「プロに依頼しちゃうのが良いと思うで」
なんとも現実味のない話である。
ちょっと前の自分に話したら、夢見てるんじゃないよと鼻で笑われてしまう絵空事。
でも現実サインを求められ、そういえば微妙そうな顔をされてしまって、
「依頼、してみます」
「よろしい。なら後でリスト送っとくで!」
それでファンが喜んでくれるのなら……。
結局、私は思考放棄して、千佳に丸投げするのであった。
そんなわけで学校での一日を終え、帰宅した私は配信用PCを立ち上げる。
――今日は、雑談配信をしよう。
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