そして君と私は

三夏ふみ

そして君と私は、

雨が降ったその日、私は真夜中の散歩に出た。


濡れたアスファルトに映る町並みは、まるで鏡の国。さんさんと街を濡らす雫が、等間隔に並ぶ街灯と消えかけのネオンを反射して、レインコートにまでまとわり付く。


跳ねる。車が通り過ぎて波紋が広がる水たまり。パンプスが少し濡れたが気にならない。


光る粒が舞い降りる空を見上げて息を吸い吸い込むと、ポケットに手を入れて歩きだす。



何があるわけでもない。


チーフに抜擢されやり甲斐のある仕事、厳しくも優しい先輩に、頼りなくとも助けてくれる後輩達。


大学時代からのひとつ年上の彼は、そんな私を応援してくれている。多分、ううん、きっとそう。この人がこの先を共に歩む人、確信めいた予感がある。


小さな家に2人の娘、ささやかながら明るい我が家。衝突もあるけれど、年を重ねる事に増える絆。


どこにでも有るよな、誰もが知ってて誰もが願う、祈りにも似た未来が、手から滑り落ちる。



何がいけなかったの?


どうして私なの?


なんで?



レインコートのポケットに、ぐしゃぐしゃに丸めた封筒を握りつぶす。




誰も居ない公園の、街灯下のベンチにそっと腰掛ける。止まない雨がレインコートの隙間から、私の中へ染み込んでいく。




だれ?



両手で覆っていた顔を上げる。



だれなの?



辺りをゆっくり見渡す、誰も居ない公園。街灯のスポットライトに私しか居ない世界。



ちがうの?



微かな気配を頼りにベンチの下を覗き込む。絞り出すような音。小さいけど誰よりも力強く、消えそうだけど何処までも届く音。


小さなダンボール箱が濡れている。引き出して蓋を開けると、消えそうな塊が賢明泣いている。私はここだよって。


壊れないように抱き上げると、優しくそっと包み込む、小さな小さな子猫。



うん、そうだね。そうだよね。



賢明に鳴くその子を、きゅっと抱きしめる。暖かい雨粒が頬を伝っていく。




そして君と私は、次の日、風邪を引いたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして君と私は 三夏ふみ @BUNZI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説