夜の世界の甘い酒
みずうみりりー
夜の世界の甘い酒
築何十年という今にも壊れそうなボロアパートに住んでいるその中年の男は夜の道を歩いていた。
家族もいない一人である。
寂しさはあるが、もう家族を持とうと積極的に動く年齢ではないことも理解しつつある。
ボロアパートであるから当然洗濯機置き場などなく洗濯物が溜まったらコインランドリーに行くことになる。
コインランドリーは駅近くの繁華街の中にあるため、夜遅いと様々な顔が見える。
季節は冬であるが身なりは薄いコート一枚である。
「さみぃな~」
夜の繁華街に入ると今までの夜道の一転して光が男を迎える。
そこを歩くと一斉に「どうですか~」と声を掛けられたりするが、無視をしてコインランドリーに向かう。
「洗濯物持っているおっさんに声かけてどうすんだ」
手持ちのランドリーバッグを見せつけるかのように手を肩にかけて歩き、コインランドリーに到着した。
洗濯機に汚れた服を入れ百円玉数枚を入れ、時間になるまで待つ。
乾燥機の存在で外よりは暖かいが、しばらくすると汗が噴き出してくるほどになる。
「こんな暑いところに居られねぇや」
男は外に出ると再び繁華街を歩き始め近くの公園へと入った。
街灯が一台あるだけの闇の中にある。
そこにある自動販売機を眺めた。
ポケットにある残りの小銭を入れて一番右下に売られている酒を買った。
その酒をもってベンチに座ると繁華街の様子がよく見えた。
酒のプルタブを開けると酒粕の匂いがふんわりと流れた。
口には少しドロッとした感触が流れ、酒の甘さが際立つ。
それをちびちび飲みながら繁華街の人々を見た。
男より一回り以上若い女や、メガネ姿の黒スーツ男がうろついている。
酒を飲みながら見ていると、ある店が男の目に留まった。
店前には化粧バッチリのドレスを着た若めの女が立っている。
冬なのに肩が出るドレスだ。
その店に現れたのは自分と同じぐらいの年代の男だ。
かなり太っていて顔も脂ぎっている。
身なりからも、いかにも金持ちそうな男である。
男の左手の薬指には光るものがあった。
その指で肩を抱き寄せながら階段を登っていった。
その様子を見た後、手元の酒を一気に飲み干した。
少し苛立ったように男は呟く。
「そんなバカ高くて甘ったるい酒を飲んでも美味くねぇよ。他人と飲んでも楽しくねぇよ。家で飲めや、家で」
甘い酒なら自動販売機でも買える。
しかも百円ちょっとだ。
酔っ払うこともないし、一人で飲んでも美味い。
「そろそろ戻るか」
殻になったスチール缶をゴミ箱に捨てて、繁華街へと戻るのであった。
夜の世界の甘い酒 みずうみりりー @riri-3zuu3
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