深夜の散歩で起きた出来事【大学生編】

くらんく

深夜散歩

 ふと散歩をしたくなった。

 時刻は午前2時。何があるわけではないが、ゲームで熱くなった体と酷使した目を休めるために夜風にでも当たろうと思ったわけだ。


 家を出て鍵を閉める。5月の風は想像よりも冷たく、上着を着て来なかったことを後悔したが、もう一度鍵を開けるのも億劫なのでそのまま散歩を開始した。


 アパートの駐車場で見つけた石を蹴りながらのスタート。緩やかな上り坂ながら上々のボールコントロールで線路の前までやって来た。ここで第一の難関。終電はとっくに終わっているので電車は問題ではない。単純に線路の段差が障害となっているのだ。


 私はしばし線路の前で思案した。遮断機の下りていない線路の前で停止する当時大学生の私は傍から見れば怪しい人物であろうが、深夜にそんな目で見る人の姿は無いので時間いっぱい長考した。


 長考した結果編み出されたのは、強めに石を蹴りだして段差を飛び越えるというシンプルな強硬策だった。大学生になってフットサルサークルに所属した私にかかればこれくらい造作もないこと。深夜のテンションで自身に満ち溢れていた私だが、この時点ではまだサークル活動に参加してないし、これ以降も1度も行くことは無かった。


 私は足元の小石を見つめ、照準を定めてつま先で中心を蹴飛ばした。力は少し強かったが完璧なコース。私は嬉々としてボールの元に向かった。


 しかし、ボールが見つからない。


 勢いよく蹴ったのが災いし、ボールを見失ったのである。不運にも見失った地点は街灯もなく月明かりだけが辺りを照らしている薄暗い場所。私は必死にボールを探した。その場にしゃがみ、目をこらし、根気強く探し続けた。


 かの人は言った。ボールは友達だと。


 私とボールは深夜に二人でともに夜の街を歩いた。人生においてそんな時間に目的もなく駄弁りながら一緒に歩くことのできる友達など何人できようか。きっと多くはないことだろう。あるいはいないなんてこともあり得る。それほど貴重な存在だ。


 そんな存在を大切にできない人間に、家族や恋人を幸せにできるとは思えない。たかが石だと思えば別の石で代用することもできようが、大事な友人を代理で済ますなんてもってのほかだ。


 私は闇の中を探し続けた。その時。


「どうかしたんですか?」


 背後から声がかかった。大学生らしき女性に話しかけられたのだ。深夜に薄暗い道端で一人しゃがんでいる人間を目の当たりにして、恐怖するでもなく、体調を心配して話しかけてきたのだ。こんな慈しみを持った人間がどれほどいるだろうか。


「えっと……」


 私は言葉に詰まった。さっきまで蹴っていた石を探してました、などと正直な事を言ってしまえばきっとこの人は呆れてしまうだろう。それだけならばまだ良い方だ。


 もし、心配して損したなどと考えた場合、本当に体調が悪い人を見かけても声をかけなくなってしまうかもしれない。そうすれば慈悲深い彼女を失うだけでなく本当に苦しんでいる人が助からない可能性がある。


 そう考えた私は嘘をつくことにした。


「鍵を落としまして、探していたんです。お構いなく」


 これできっとまだ見ぬ誰かは救われることだろう。と、思っていたが甘かった。


「どんな鍵ですか?一緒に探しますよ」


 彼女は底抜けに優しかったのだ。私の嘘を信じ、深夜に小さな鍵を当てもなく探す手伝いをするなど、私の想像のはるか上をいく慈愛の精神で、想定外の事態。


 私は断るわけにもいかず、彼女に鍵の詳細を伝えた。そして1分後くらいにポケットに入っている鍵を道に落として自分で拾い上げた。


「ありました~!!これで家に帰れます~!!」


「良かったです!じゃあ私はこれで!!」


 去り際までカッコいい彼女の後ろ姿に罪悪感を感じながら、私は星空に呟いた。


「二度と散歩はしない」

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