アグラフーズ・アムール
@dotounohoshi
第1話
男はとある地方企業に勤めていた。男の名前は、B氏。会社の経営企画本部の広報部に属する彼の仕事は、約20枚程度の書類をホッチキス止めすることだ。通常の思考と見識を持った人間ならば、正社員として入社した自分が雑用のような業務を任されていることを情けないと思い、悲観する。しかし、B氏は違った。彼は、この仕事に誇りを持っていた。彼の相棒は、10号針のホッチキス。入社した際に、買ったそれは今や切っても切れない深い関係までに堕ちている。書類の内容は理解できないが、彼はそれらを相棒と共にこなす過程には確かにやりがいと達成感を感じていた。業務をこなす時、彼は世界を救うヒーローのような感覚を感じていた。そんな変わった彼を、周りの人間は揶揄ったが、皮肉交じりの批判を彼は賞賛の声として受けっとている。
しかし、彼にも大多数の人間と同じ感覚をひとつだけ持ち合わせていた。
それは、彼女に対してだった。広報部のマドンナ、Oさん。
きっかけは、ほんの些細なことだった。B氏が落とした書類を、彼女だけが包み込むような優しさで、拾ってくれた。彼女が拾った紙だけは、他のA4コピー用紙のようなザラザラとした質感と違い、まるで、カシミヤで出来た高級ティッシュのようで、B氏はその紙だけを両手の平に乗せ、惜しみながらも有象無象の群集に労わるように重ねた。その、取り留めのない、ほんの数十秒の出来事だったが、彼には、B氏の脳に、胸に、皮膚に確かに染み付いた思い出だった。
B氏は変わっている男だったが、それが恋だということははっきりと認識することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます