チキンが走る

物部がたり

チキンが走る

 あれは昭和から平成に移り変わる、れいが幼いころ、夏休みに田舎の祖父母の家に遊びに行くことになった。

 当時の田舎には、まだ昔ながらの情緒ある暮らしが残っていて、祖父母の家も多少改装はされているものの、古き良き日本家屋だった。

 玄関は木製の引き戸で、入ってすぐに土間がある。

 土間を上がるとこじんまりした居間があり、中央に囲炉裏があった。

 天井は吹き抜けになっており、とても広く感じられる。


 れいは、祖父母の家の匂いが好きだった。

 畳に使われているイ草や材木の匂いを嗅ぐと不思議と落ち着いた。

「よく来たな」

 祖父母は、れいたち家族を出迎えていった。

「ああ、三日間世話になるよ」

 父が荷物を置くと「疲れたでしょ。お風呂入れてるから先入んなさい」と祖母がいった。


「ありがとう。それじゃあ、れい一緒に入るか」

「うん」

 れいは父と一緒に風呂に向かった。

 祖父は風呂にこだわりがあり、湯船はひのきで甘い香りが充満し、脱衣室まで旅館のようにおもむきがある。

 れいは檜風呂を堪能した。

「晩ごはん何食べたい」

 風呂上がりのれいに祖母が訊いた。


「う~ん」

 何食べたいと問われて、何でもいいと返されるのが一番困るのだが、れいは「何でもいい」と答えた。

 祖母は少し考えて「わかった」といった。

「すぐ作るから、それまで好きなことしててええよ」

 れいは晩ごはんができるまで、祖父母の家の周辺を探索してみることにした。

 周辺に民家はなく、稲の植えられた田んぼが広がっていた。


 自然以外何もないところだった。

 景色はとても美しいが、「暮らすのは大変だろうな」とれいは思った。

 あまり遠くには行けないので、屋敷の周辺を散歩して戻ってくると、庭先で異様な光景を目撃した。

 不気味な影がテケテケとれいの方にかけて来る。

 ネコかと思ったが、猫ではなくにわとりだった。

 祖父母の家は庭で鶏を数羽放し飼いしていた。

 だが、その鶏はれいの知っている鶏と、どこか違うように思われた。

 

 翼をバタバタ羽ばたかせ、狂ったようにかけて来る。

 れいは鶏の違和感にやっと気付いた。

 鶏には頭が付いていなかった。 

 れいは一目散に逃げ出した。

 切断された首から溢れ出る血で、鶏の首は真っ赤に汚れていた。

 しかし慌てて走ったために、足がもつれてれいは派手にこけた。

 首のない鶏が、一目散にれいの方に迫り、一メートルほどの距離で「すまん。驚かしちまったな。怖かったろ」と祖父に捕まった。


 れいは恐怖に膝を震わせながら、ゆっくりと首を振った。

「こいつはお化けじゃねえから安心しろ。鶏はな、首を切られてもしばらくの間生きてられんだわ」

 そういって、祖父は鶏を絞めた。

 グニュという不気味な音がして、首のないまま暴れていた鶏は今度こそ動かなくなった。

 その日の晩ごはんは、祖母が腕に寄りをかけて作った鶏のから揚げだった。


「どうした? なぜ食べない」

 父が元気のないれいに問うた。

「それがな」

 祖父が数十分前に起こった出来事を父に話した。

「ああ、僕も首のない鶏に追いかけられたことあるな。あれ怖いよな……。だけど、お化けじゃないから、安心しろな、れい」

「うん……」

 れいは首のない鶏が怖くて逃げたのではなかった。


 だが、本当のことをいうことができなかった。

 首のない鶏の後ろから追いかけて来る、祖父を見て逃げたのだ。

 血の付いた鉈を持ち、鶏の返り血を浴びて顔が血に汚れていた祖父の異様な雰囲気かられいは逃げたのだった。

 今となっては祖父に恐怖感はないが、大きくなるまで祖父に対する恐怖感は拭えなかった――。

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