キャトル・シミュレーション

雨宮羽音

キャトル・シミュレーション

 深夜、誰もが寝静まった遅い時間。いまいち寝付けなかった私は散歩に出る。


 家から出ると、二月の冷たい夜風が暖房で暖まった私の熱を冷ます。

 私はコートのポケットに手を突っ込み、空を見上げて白い息を吐いた。


 燦然さんぜんと輝く星々の下で、田舎道の薄暗闇に、どこまでも続いていそうな先の見えない道がのまれている。


 もう春はすぐそこまで来ていたけれど、まだ夜は寒い。だけど、こんなに冷たくて澄んだ空気だからこそ、空に散らばった星々があんなにも煌々こうこうとして見えるのだろう。

 自然と目を奪われてしまう。


 私は夜空が好きだった。


 一面に広がる真っ暗な空間。その中で、『自分を見て!』と言わんばかりに瞬く小さな光達。

 その様がどうしようもなく、自身の置かれている状況と重なって見えてしまうから。



「オーディション……受からないかなぁ……」



 役者になりたかった。


 同じ夢を抱くライバルは、それこそ星の数ほどいる。


 空に輝く有象無象の星を、ひとつひとつ別々に認識している人はきっといないだろう。

 それと同じで、ドラマや舞台に出ている俳優だって、一部の有名人やタレントを除けば名前を覚えられてない人ばっかりだ。



 そんな中でも、私は星座になりたい。いくつかのまばゆい光に連なって、私も強く輝きたい。


 そうして私という星を、みんなに知って欲しいのだ。



 夜道を一人歩く。

 その足で、気付けばいつの間にか近所の公園に着いていた。


 誰もいない静まり返った空間を、いくつかの街灯がほのかな光で照らす。

 ヘビの巻かれた鉄棒、亀を模したジャングルジム、ゾウのお鼻の滑り台──動物をモチーフにした遊具達が、無機質な目で私を迎えた。



 ふと、明るい光に目を奪われた。

 公園の中央にある丸い砂場が、まるでスポットライトが当たったように照らされているのだ。


 何故だか、私にはそれが月明かりの差した舞台に見えた。思わず胸がときめくのを感じる。

 無意識に、軽い足取りで、私はその舞台の中へと躍り出ていた。


 その場でくるりと一回転。それから、動物達が見ている方へと、芝居がかった会釈えしゃくをひとつ──。


嗚呼ああっ、星の海はどこまでも広く、美しい! もしも私に翼があったのなら……誰の目も気にすること無く泳ぎ、気の向くままに瞬いてみせるのに──!!』


 ──それは、いま私がオーディションを受けている舞台の主人公、『キャトル』の台詞セリフだった。

 彼女は自由を夢見る猫の女の子。しかし、

劇中では様々なしがらみに悩まされ、それでも前を向こうとする姿が人々に勇気を与える役柄だ。


『たとえ何度挫けても諦めない! 私の中にある輝きは、他の誰にだって消せやしないのだから!』


 彼女の台詞セリフ、生き様、仕草。その全てが私を前向きにさせてくれる。



 彼女になりたかった。

 何としても演じたかった。


 『キャトル』でいる間は自分が特別な人間であるような感覚がして、気分が高まり、ふわりと宙に浮く気持ちになれるのだ。


 現に今だって、私はちょぴり浮いている。


「えっ? あれ!?」


 足が砂場から離れて、私の体は宙を舞う。


「本当に──浮いてる!?」


 驚きのあまり、思考が混乱してどうすることも出来なかった。


 そのまま、私は空から降る光の中へと吸い込まれて──。





 宇宙を漂う光。銀色に輝く円盤の中で、未知の生命体が言葉を交わした。


「なんか、自分から捕まりに来た人間がいるんだけど」


「ええやん。ちょうどこの『ネコ』って生き物と融合させる生物を探してたんだよね」


 そう言って、そいつは得体の知れない輝くボタンをポチッと押した。




キャトル・シミュレーション 完



あとがき


 キャトル・シミュレーションじゃなくて、キャトルミューティレーションだっつってね。

 ちなみ『キャトル』って『牛』って意味らしい……。

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キャトル・シミュレーション 雨宮羽音 @HaotoAmamiya

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