《 第11話 とんでもない勘違い 》
ボクは桜井家のみんなと夕食を囲んでいた。
メニューはサラダとカレーライスだ。千尋ちゃんが美味しく食べられるように気を配っているのだろうか。うちのカレーと違って甘口で、具材が細かく刻まれている。小学校の給食で出たカレーを思い出す味わいだった。
「ごめんね。たいしたものを作れなくて」
「いえ、すごく美味しいです」
「あら、ありがとう」
「ちぃもね、ママのご飯大好き!」
「千尋ちゃんもありがとね」
今日は春馬の家に泊まるんだ。息子が女子を家に連れ込むなんて、親としては一大イベントだろうに、おじさんやおばさんがまったく気にした素振りを見せないのは、ボクが女子だということを知らされていないからだ。
約束通り、春馬はボクの性別を秘密にしてくれている。
ボクが知られたくないのは学校関係者だけ。べつに家族になら打ち明けてくれてもいいけど……そんなことしちゃったら、春馬もボクを家に招きづらくなるもんね。
ボクだって親に春馬を紹介するのは緊張する。付き合うことになれば紹介するからそれまでは放っておいてとは言ったけど、家に帰れば根掘り葉掘り訊かれそうだ。
「ごちそうさまでした」
「綺麗に食べてくれて嬉しいわ。お口に合ったかしら?」
「はい。本当に美味しかったです」
「そう。よかったわ。おかわりもあるから遠慮しないでね」
「あ、いえ、お腹いっぱいで……」
「ちぃはおかわりできるよ!」
「そっか。千尋ちゃん、すごいね」
「だってお腹ぺこぺこだったもん!」
「千尋のためにたくさん作ったから、いっぱい食べていいわよ」
「うんっ。あとね、ご飯食べたら遊びたい! ユーリにおもちゃ見せてあげる!」
「楽しみだなー」
遊びといえば、プチキュアごっこはまだしてない。お父さんに連絡してリビングに戻ったあと、千尋ちゃんはおじさんとお風呂に入ってしまったから。
プチキュアごっこは食後の運動にちょうどいいけど……また春馬に襲われるんだと思うと恥ずかしい。
今度はボクがバイ菌役になれないかな……。
「おもちゃで遊ぶ前に風呂入れば?」
「後片付けは……」
「いいわよ気にしなくて。ゆっくりくつろいでちょうだいね」
「わかりました。ありがとうございます」
食器をキッチンへ運び、一足先に食べ終えていた春馬とともに二階へ上がる。そのまま春馬の部屋に入り、着替え一式を渡された。
無地の黒いTシャツに、ジャージズボン。それと……
「パンツって使ってないやつのほうがいいよな?」
「うん。そっちのほうがいいかな」
「りょーかい。んじゃ、はいこれ」
ぷるんとした唇がいっぱいプリントされたブーメランパンツが手渡された。
「な、なにこれ……?」
戸惑うボクに、春馬が嬉しそうな顔を見せる。
「やっぱ気になる? それな、中学の修学旅行で買ったんだ。一番エロい勝負下着を見つけた奴が優勝ってノリでな」
準優勝だぜ、と春馬は得意げに笑う。
いや、笑えないよ。勝負下着って、エッチなことをするときに穿く下着だよね? ボクが春馬とそういう関係になったら、こんな下着を穿いて来られるの? ムードが台無しになっちゃうよ……。
「そ、そういうことをするときは、もうちょっと落ち着いた下着のほうがいいと思うけどな」
「準優勝なのに?」
「準優勝でもだよ。ぜったい違う下着のほうがいいって」
「そっか。まあ、悠里が言うならそうなのかもな。だったら、今度一緒に勝負下着を買いに行くか?」
「ボクと!?」
「こういうのはひとりで買うの恥ずかしいしな」
「ふたりで買うほうが恥ずかしいよ! ていうかボク持ってるし!」
「マジで? どんなの?」
「言わないからっ!」
まさかの誘いに気が動転して言わなくていいことまで言っちゃった……。ちなみにボクは通販で買いました。
「と、とにかく、この下着はやめたほうがいいからっ」
「わかってるよ。悠里に譲るつもりで貸すわけだしな。いらないなら返してくれてもいいが……」
「ううん。もらっとく」
さすがに一度使用した下着を春馬に渡すのは抵抗があるからね。
着替えを抱え、ふたりで脱衣所へと向かう。ドライヤーやタオルの場所を教わり、ごゆっくり、と春馬が出ていく。
ごゆっくりとは言われたけれど、あとがつかえてるんだ。千尋ちゃんと遊ぶ約束もしちゃったし、ささっと入っちゃおうかな。
上半身裸になると、洗面鏡に貧相な身体が映り込む。そっと乳房に触れてみると、自分の手にギリギリ収まるくらい。春馬の手だと確実に収まってしまう。巨乳好きの春馬の好みとはとてもじゃないが思えない。
なのに……どうして春馬、ボクの胸に触りたがるんだろ? なんだかんだ、ボクに興味を持ってくれてるのかな?
興味を持たれないよりは興味を持たれるほうがいい。問題は、まったく女子として意識されていないことだけど……こないだ女子だと打ち明けたときは、ちゃんと意識してくれた。パンツ姿を見せると、顔を赤らめてくれていた。
だからって、あんな破廉恥なことは二度とできないけど。
あのときはそれ相応の事情があったけど、もう違うから。春馬には女子だと信じてもらえたんだ。軽い女だと思われたくないし、次に春馬に下着姿を見せるのは、恋人関係になってから。
そんなことを考えながら、ボクは生まれたままの姿になる。
うう、ボク好きな男子の家で裸になってるよ……。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。さっさと風呂を済ませちゃおう。
脱いだ服をたたみ、浴室に入る。シャンプーとリンスを済ませて、身体を洗おうとタオルに手をかけたところで、脱衣所から物音がした。
「悠里~」
「ひゃっ!? な、なに!?」
磨りガラス越しに声をかけられ、とっさに胸を隠す。ま、まさか一緒に入ろうとか言わないよね?
「ボディソープ切れてるだろ? 持ってきたぞ」
「ボディ……」
あ、ほんとだ。空っぽになってる。
そ、そりゃそうだよね。だってボクは裸なんだから。さすがの春馬も一緒に入ろうとは言わないよね。
「開けるぞー」
「だめだよ!?」
「ボディソープ渡すだけだぞ」
「だ、だからって開けちゃだめだよ! ボク、服着てないんだよ!?」
「知ってるよ。そこに服がたたまれてるしな。洗濯機に入れといていいか?」
「い、いいよ! 服はそのままで!」
今日はいっぱい歩いて汗をかいた。こないだと違って、パンツもブラジャーも洗濯前のもの。触られるのはもちろん、見られるのだって嫌だ。
「いまのうちに洗濯すれば明日には乾くぞ」
「いいってば。春馬の服で帰るからっ」
「りょーかい。持ち帰り用の紙袋はあとで貸すから。ボディソープと歯磨きセットも置いとくからなー」
「う、うん。ありがと」
脱衣所を出ていく音が聞こえ、ボクは胸を撫で下ろす。
換気扇の音に混じり、心臓の鼓動が聞こえそうだ。
ボクはこんなに恥ずかしがってるのに、春馬ちっともドキドキしてなかったよね? かなり落ち着いた声だったし……ドアを一枚隔てた先に、全裸の女子がいるのに。
いつもグラビアばかり見てるから、これくらいのことじゃ動じなくなったのかな。
「グラビアじゃなくて、ボクにドキドキしてよ……」
ため息が漏れる。
唯一の希望は、性別を打ち明けたときに見せた春馬のリアクションだ。あれは演技じゃなかった。
もちろん軽い女だと思われたくないので下着姿を見せることはできない。それに、こないだみたいに下着姿を見せるなんて破廉恥なことをすればぎくしゃくした関係になりかねない。
だけど……ちょっとくらい積極的に行動しないと、春馬の僕を見る目は変わらないんだ。
幸いというかなんというか、今日はお泊まりだ。同じ部屋で寝ることになる。でも同じベッドじゃない。布団を敷くはずだ。
そこでボクが『ねえ、同じベッドで寝ない?』とおねだりすれば、春馬はドキッとしてくれるはず。『同じベッドって……恥ずかしくないのか?』『恥ずかしいけど、春馬は特別だからね』『特別って……ど、どう特別なんだ?』『さぁ~て、どう特別でしょう』みたいな流れになり、春馬は『もしかして悠里は俺のことが好き……?』ってドキドキして、ボクを意識しちゃうはず。
恥ずかしいけど、やってやる!
そうして決意したボクは、ボディソープを補充すると、身体を洗って浴室を出た。春馬が貸してくれた服を着て、歯磨きして、髪を乾かしてから脱衣所を出る。
そのままリビングへ。
「お風呂上がりました、けど……」
言いながら声のボリュームを落とす。
千尋ちゃんが、ソファで寝息を立てていた。ボクと遊ぶつもりだったのか、手にはプチキュアの人形が握られている。
可愛いなぁ、千尋ちゃん。ボクもこんな妹が欲しかったよ。
「くつろげたかしら?」
「はい、くつろげました」
「よかったわ。ごめんね、千尋が無理を言ったのに寝ちゃって」
「ああいえ、今日はたくさん歩いてましたから。寝ちゃうのも無理ないですよ」
「また遊んでくれると嬉しいわ」
「もちろんです。ボクも千尋ちゃんと遊ぶの好きですから。……それで、春馬くんはどこに……」
「自分の部屋にいるわ。ついでにお風呂いいって伝えてくれる?」
「わかりました」
そっとリビングのドアを閉め、春馬の部屋へ向かう。
春馬は学習机に向かい、宿題をしているところだった。
「次お風呂いいよ」
「りょーかい。んじゃささっと入ってくる。適当にくつろいでてくれ。それか宿題を代わりにしてくれてもいいが」
「そういうのは自分でしなさい」
冗談めいた口調に軽い口調で返すと、春馬は「うぃ~」と適当な相づちを打って、部屋を出ていった。
ベッドに腰かけてそわそわしていると、ほどなくして春馬が戻ってくる。
風呂上がり姿の春馬を見るのははじめてだ。自然とドキドキしてしまう。
と、春馬はボクのとなりに腰かけて、
「寝る場所だけどさ、布団とベッドどっちがいい?」
来た! 誘惑チャンスだ!
可愛くおねだりして春馬をドキドキさせてやる!
「そ、それなんだけどさぁ~……ボク、春馬と一緒にベッドで寝たいな~」
「いいぞ」
「いいの!?」
「おう。俺は気にしないしな」
「そ、そう……」
これでもドキドキしないって……。もうこないだみたいに下着姿を見せるしかないのかなぁ。
で、でも理由もなくただ誘惑するために下着姿を見せるって……。春馬にドン引きされちゃうよ。
どうしたものかと悩んでいると、春馬が肩を組んできた。
「ま、今日は寝かさねーけどなっ」
「え、ええ!? 寝かせてくれないの……?」
「せっかくのお泊まりイベントだからなっ」
「で、でも、下に家族がいるんだよ……?」
おじさんもおばさんもボクのことを男子だと思っているけれど、そういうことは男同士でもできるって地元の友達が熱弁してた。
おばさんたちにエッチなことをしてるってバレたら気まずくなっちゃうよ……。
「静かにするから心配ねえよ」
「静かにする自信がないよ……。わかんないけど……そういうのって声出ちゃいそうだし……」
それにそもそもボクたちはまだそういうことをする仲じゃない。それとも、これを機に……ってことなのかな?
身体の関係を持つのは恋人になってからだと思っていたけど、付き合う前に身体の相性を確かめたがるひともいる。
軽い調子で誘われたのが気になるけど……ちゃんと責任を持って付き合ってくれるなら、このまま流れに身を任せるのも悪くない。
「優しくしてくれるって、約束してくれる……?」
「いや、ボコボコにするぜ!」
「ボコボコ!? ボコボコにするの!?」
「おう。フルボッコだ!」
満面の笑みで怖いこと言わないで!?
「さっそく準備していいか?」
「ちょっ、待って! まだ心の準備が……」
……春馬がゲーム機をセットし始めた。
ど、どうしてゲームを?
「ね、ねえ、これからなにするの?」
「なにって、ゲームに決まってるだろ」
「……ゲーム?」
「レースゲームな。前に来たとき盛り上がっただろ? 今日は泊まりだし、とことんやろうぜっ!」
「あ、ああっ、レースね! ゲームね! それでボコボコにするってことねっ!」
うわあああ! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる! ボクとしたことがとんでもない勘違いをしちゃってた!
「べつのことするって思ってたのか?」
「う、ううん! 思ってない! 最初からゲームだって知ってたよ! 早くやろうよレースゲーム!」
勘違いを悟られないように、ボクは必死に誤魔化した。
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