第20話 星空の砂浜

 その年の夏、受験勉強の息抜きにと、沙凪は彼女に誘われて海水浴に行った。海岸もホテルの私有地なので、真夏なのに人が少なかった。なぜ彼女がここに出入りできたのかは、なんとなく聞かなかった。

 気にするものがないせいか、彼女はいつもよりもはしゃいで見えた。

 夜、ふたりは浜で花火をした。花火が尽きると足だけ水に入れて遊び、飽きたらレジャーシートを敷いて寝転び、星を眺めた。

「なんで、私なんだろうね」

 唐突とうとつに彼女が言った。

 なんの話か、沙凪はそれだけで分かってしまった。横にいる彼女の顔が見られない。見てはいけない気がした。

「単に仲間はずれにされるだけだったら、なんとも感じないよ。でも、私をはぶくことで他の子同士が仲よくなるのって、おかしいよ」

 もはや、きっかけが何だったのかは完全に忘れ去られていた。ただ彼女になら何をしてもいい、というおかしな空気になっている。彼女を無視するのが一種の踏み絵のようになっている。その理不尽な状況に彼女は怒っていた。

「ねえ、沙凪。私、どうしたらいい?」

 波の音に消えてしまいそうな弱々しい声が、沙凪の胸をゆっくり、深く貫いていく。彼女のこんな声を聞いたのは初めてだった。

 彼女は強いから、ちょっとやそっとのことでは傷ついたりしない。そう思っていた。

 勝ち目のない戦いを何年も続けてきた彼女は、もう耐えることに疲れ果てていた。知的で、強くて、大人びていて、とても優しい彼女だけど、それでもやはり十五歳の子どもだった。苦しい思いをすれば傷つくし、ようやく乾いてきた傷口の上からをさらに新しい傷をつけられ続ければ、傷はいっそう深く、治りにくくなる。彼女はもうぼろぼろだった。

 一番近くにいて、支えているつもりでいたのに、彼女がここまで疲弊ひへいしていることに気づかなかった。

 かすかな空気の震えから、彼女が泣いているのが分かる。

 それでも、沙凪は気の利いた言葉ひとつかけてあげることができなかった。どうすればいい、何を言ってあげればいい、と星空に向かって助けを求めるばかりだった。

 言葉がダメでも、目を見て微笑んだり、手を握ったり、他にいくらでも伝えようがあったはずだ。でもその時の沙凪には、その選択肢すら浮かばなかった。挙句の果てには、自分の不甲斐なさに沙凪まで泣きだしてしまったのだった。

 人気のないビーチで、しばらくふたりはそうやって空を見て泣いた。

 彼女が沙凪に対して助けを求めたのは、あとにも先にも、この時だけだった。

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