清掃員の獏

朝矢たかみ

第1話 プロローグ

 空へ落ちていく。

 灰色の雲の中を、ぐんぐん降下していく。

 いくら手を伸ばそうと、足をつっぱろうと、つかまれるものは何もない。虚空こくうに投げだされた体は、なす術もなく落ちていく。

 悲鳴が止まらない。口の中が一瞬でからからになる。

 風圧で、髪の毛も服も皮ふも、すべてが上に引っぱられる。

 涙があふれてきた。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。こんなの嘘だ。

 こんなめにあうなんて。

 どうして私が。

 時間を戻したい。

 全部なかったことにしたい。

 でも、不思議な既視感があった。

 この恐怖も、足場がない心細さも、後悔も、覚えがある。

 いったい、いつだろう。こんな強烈な体験、忘れられるはずがないのに。

 急に視界が明るくなった。

 雲を突き抜け、視界が青に染まる。

 やっぱり、この景色を見たことがある。

 いつのことだ。どうしてそんなことになったのだ。

 目の前に海面が迫る中、必死にそれを思いだす。

 落ちていく。

 海から空へ。

 空から海へ。

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