小さな少女ミネイラと小さな小さな魔石

[短編] [ライト] [ファンタジー度★★★]



 小さな両の手のひらで、そっと包み込むようにオーブの表面に触れる。瞬間、一陣の風に吹かれたように、少女のおかっぱにした茶色の髪が後ろになびいた。


 透明なクリスタル製のオーブの内側で、中に込められたいくつもの魔石がキラキラと煌めき、風に吹かれた花びらのようにクルクルと舞い踊る。


 小さな少女ミネイラはそのオーブみたいにまんまるに目を見開き、内側で舞い踊る石たちのようにキラキラと瞳を輝かせて、自分の手のひらの先で広がるその光景をじっと見つめていた。




 煌めきのクリスタルオーブ。初めて魔法を授かる時に使う魔道具マジックアイテムだ。人々は五歳になる誕生月を迎えると、各村や町の魔法使いの指導の下、クリスタルオーブの内側からただ一つだけ自分の魔石を選び取る。魔法の力が目覚めていない者と、その者の魔法の力を引き出す石とが、クリスタルオーブを通じて共鳴し合うのだ。

 加えて、今さっき「自分の魔石を選び取る」としたものの、魔法に造詣の深い者たちが口を揃えて言うには、魔石と人の巡り合いとは定められた運命的なものであり、魔石と人とが煌めきのクリスタルオーブ越しに共鳴する様は、えにしの表れと言うべきものであるそう――




 ミネイラがオーブに手を置いてから、一秒、二秒……。


(あれ……?)

 ミネイラはふと何かに気づいて眉をひそめた。

(わからない……。どれも、なんだか遠いみたいで……?)


 途端、ミネイラの意識が目の前のオーブから自分の周りの方へと逸れる。

 村の小さな教会堂の中、オーブを使う順番待ちをする同い年の子たち。その友達みんなが一人ひとり、ワクワクした眼差しをこちらの方に投げかけていることに、どうしても意識が向いてしまって戻せない。

 ミネイラがその列に並んでいた時のドキドキとは違う鼓動が、ミネイラの胸を内側から叩く。ミネイラの焦りとは裏腹に、クリスタルオーブの中では初めに手を置いた時から変わらずに、魔石たちがクルクル、キラキラと渦巻いていた。

(どうしよう、どうしよう……)


「ミネイラ?」

 とんがり帽子を被った若い魔女の先生が首をかしげ心配そうに歩み寄ってくるのが、ミネイラの目に映る。みんな大好き魔女先生。ミネイラももちろん大好きだ。その先生を、困らせたくはなかった。

「こ、これ……っ!」

 ミネイラはオーブの蓋を開けその間から手を差し込んで、初めに自分の手に触れた石をグッと掴むと、そのまま手を伸ばし高く掲げて見せた。

「良くできました! はい、では次の人!」

 魔女先生は安心したようににっこりと笑って、二度高く手を打ち鳴らした。

 次の子がわぁっと前に走り出てくる。ミネイラはその子と入れ違いに、茶色いおかっぱの髪を揺らして小走りで元の位置へと戻った。手には一つの魔石を握りしめて。

 その胸は相も変わらずドキドキと、うるさいほどまでに高鳴っていた。




「今日はこれでおしまいです! みなさん良くがんばりましたね。明日からは、みなさんより先に魔石を授かっていたお友達と一緒に魔法の練習をしていきます。みなさんがはしゃぎたくなる気持ちはとっても良く分かりますが、転んだりしないように気をつけて帰るんですよ!」

 先生の言葉と笑顔を背に、子どもたちはわらわらと教会堂を後にした。


 花の咲き乱れる丘の上に建つ、魔女先生のとんがり帽子みたいな三角屋根をした木造の小さな教会堂。丘の一部分は崖状に切り立っていて、そこから下を覗けば岩場を流れる清流が見えた。その谷間を気持ちの良い風が吹き抜けていく。うららかな春の昼下がりだった。

 村の子どもたちがわいわいと丘を駆け下りていくその後ろで、ミネイラはうつむいてゆっくりと歩みを進めていた。

 手を持ち上げてそっと開き、握りしめていた魔石に視線を落とす。内側からほんのりとにじむような淡い水色をした石。それは春の日差しを受けて無邪気に輝いた。


(でも……)

 それを見ても、ミネイラの心からずっと離れない気持ち。

(何かが、違うような……)

 淡い魔石の輝きは、ミネイラの胸の内の不安を晴らすことはできなかった。






 次の日から魔法の授業がはじまる。ミネイラの悪い予感は的中した。


(魔法が使えない……!)


 明かりを灯すのもダメ、物を浮かせるのもダメ。空を飛ぶだなんてもってのほかだった。ずっと前に魔石を授かっていた子たちどころか、同じ日に魔石をオーブから取り出した子たちもみんなみんな、難なく魔法を扱えているというのに。

 村の子たちが歓声を上げながら魔法を使うのを横目に、ミネイラは教会堂のすみっこで隠れるようにうつむいてただじっと魔石を握りしめていた。

 教会堂の正面に置かれた煌めきのクリスタルオーブには厚い布が被されていて、今はその中の魔石たちを見ることはできない。




「魔女先生、わたし、間違えちゃったのかな……」

 授業終わり、一人教会堂に居残ってミネイラは魔女先生にそうぽつりと漏らした。

「ミネイラ……」

 魔女先生はトスンとミネイラの横に腰を下ろした。

 ミネイラの固く握りしめたこぶしをその中の魔石ごとそっと、両の手で包む。木の梁の間を抜けてやわらかく差し込む日差し。

「焦らなくたって良いのよ。大丈夫。あなたは煌めきのクリスタルオーブの中からこの魔石を選んだのだし、この魔石は煌めきのクリスタルオーブの中であなたを選んだのですもの」

 ミネイラはコクンとうなずく。しかし未だその表情は晴れなかった。

「……そうだわ。ちょっとついていらっしゃい、ミネイラ」




 教会堂の屋根にはしごをかけて上る。魔女先生のとんがり帽子で言えばつば|の部分。そこに鳥の巣があった。その巣を先生とミネイラは、額を突き合わせて覗き込む。

 親鳥は魔女先生の顔を見ると、挨拶するようにクックッと喉を鳴らした。その羽毛の下には小さなヒナと、もっと小さな卵が。

「小鳥もね、孵るまでにそれぞれでかかる時間が違うの。それは魔法の力も一緒のことなのよ」

 ミネイラは思わずその卵と自分の手の中の魔石を見比べた。

 魔石はミネイラの手の熱を受けてじんわりと温かい。


 その後、先生の魔法でミネイラはふわりと地面に降りた。

「しばらくの間、このままはしごを掛けておくわ。どうか見守ってあげてちょうだい」

 先生の言葉に再びコクンとうなずいたミネイラ。




 それでも魔法は使えない。授業の終わりに鳥の巣をじっと覗いては帰る日々。何日過ぎても、あの日からずっと一つだけ残っていた卵は孵らなかった。


 過ぎ去っていく春の日々の中で、ある時ミネイラはハッと思った。

(卵がもし、初めから孵らない卵だったら……)

 空模様は下り坂。ひょうひょうと風の音がする。もうすぐ春の嵐がやってきそうな頃だった。




 それから数日。

 いつもよりずっと早くにミネイラは教会堂の前に来ていた。屋根の下に入った矢先、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り始める。まだ村の子たちは他の誰も来ていなかった。

(魔石の選び直しってできるのかしら。次の誕生月の子たちと一緒に、もう一度わたし……)

 そっと先生に言ってみよう、そう思って教会堂の扉を開ける。

 明日は、次の誕生月の子たちが煌めきのクリスタルオーブを使う儀式の日。




 教会堂の中に入る。入口から真正面。煌めきのクリスタルオーブの覆い布は外されていた。ミネイラの目はハッとそれに吸い寄せられる。


「あら、ミネイラ」


 魔女先生の声に、ミネイラは小さな肩を跳ねさせた。気持ちが逸るあまり、オーブのすぐそばに立っていた人影にまるで気がついていなかったのだ。


 オーブのそばには先生の他にもう一人、大人の人が立っていた。

 ミネイラがこれまで見かけたことのない人。口ひげと顎ひげが繋がったおじいさんで、背中には大きなつるはしを担いでいる。

 おじいさんは手にした革の袋からキラキラと輝く石を一つ一つ丁寧に取り出して、先生が蓋を開いたクリスタルオーブの中に入れていく。雨の降る空の下、日の光は差し込んでこないのに、オーブに入る魔石たちはキラキラと静かな輝きを放っていた。


 そのおじいさんは今手にしている魔石をオーブの中に入れ終えると、目を上げてミネイラの方を見た。もじゃもじゃのひげに覆われた口が、「おお」と声を上げる。

「お嬢ちゃんが、その魔石と巡り合ったか……!」

「……この魔石のこと、知っているんですか?」

 言いながらミネイラは駆け足で教会堂の中を進む。

 二人のそばまで行き、もじゃもじゃひげのおじいさんに向かってミネイラは握りしめていた手をそっと開いた。小さな手のひらの上に乗った石を慈しむように、おじいさんは目を細める。

「おお、おお。よぉく知っているとも。わしが、その魔石をここまで連れて来たんじゃよ」


「この方は、魔石の採掘をしている鉱夫のおじいさんでね」

 魔女先生が微笑んでそう言う。

「ずっと昔から魔石を掘っていらっしゃるの。今日は、明日の巡り会いの儀式のための魔石を届けに来てくれたのよ」


 おじいさんはミネイラの手に乗った魔石に、節の目立つ手をかざした。

「この石は、とりわけ印象深い石じゃった。採掘場の岩壁のずっとずっと深いところに埋まっていたものでな。ある日壁が大きく崩れた時に、ちょうどわしの目の前に転がってきたんじゃ。わしは驚いたよ。この石が、とても強い力を持っていたのでな」

「強い、力……?」

 ミネイラは自分の手の中にある魔石を見つめてつぶやいた。石は相も変わらず淡い水色を湛えている。

「……でも、なんだか遠いみたいって……、そんな気がするんです」

 それを聞いておじいさんはにっこりと笑った。

「ああ、そうか、そうじゃな……。でも、心配はいらんよ。この魔石はこのままでクリスタルオーブの中に行きたいと言ったんじゃ。じゃからわしもそのまま運んできた。魔石にも意志があるんじゃよ。……いしだけに、のう!」


「コホン」

 魔女先生が咳払いをする。鉱夫のおじいさんは頭をかいた。

「いやぁすまん、すまんて。……でも、これは本当の話じゃよ」

 そうして一つ、ミネイラに向かっていたずらっぽくウィンクをしてみせる。


「煌めきのクリスタルオーブは、目覚める前の魔法が眠るはじまりのゆりかご。そこに入る魔石は特別でな。ただ魔力が強かったり引き出しやすかったりすれば良いというわけではない。クリスタルオーブに入りたいと、その先で自分と共鳴する者と出会いたいと、強く願い、全身で叫ぶ魔石。その石だけがここに来て、自分を取り出してくれる者と巡り合うんじゃ」






 鉱夫のおじいさんは、徐々に強まり始めた雨の中を帰っていった。そのうちにみんなが来て魔法の授業が始まる。


 教会堂のすみっこで、ミネイラは魔石を手のひらに乗せ顔の前まで持ち上げて、改めてしげしげと見つめた。その視界の背景には、再び厚い布がかけられた煌めきのクリスタルオーブ。


(わたしがあなたを選んで、あなたがわたしを選んだのは、「巡り合い」なの……? それならどうして、わたしは魔法を使えないの? あなたは強い力を持っているそうなのに……)


 魔石はミネイラの手のひらの上で静かに、春の空のように白くぼけた水色を浮かべていた。




 外の音が教会堂に大きく響く。谷を抜ける風がひょうひょうと高く鳴るようになった。いよいよ雨は強くなり、谷の風に乗じて教会堂の飾りガラスの窓を力任せに叩きつける。

 魔女先生はサッと顔を上げ、二度高く手を打ち鳴らした。

「みなさん、もうすぐお帰りの時間だけれど……、今日はこの嵐が治まってからのお帰りにしましょう。それまでもう少しだけ、このお部屋の中にいましょうね?」

「はーい、魔女先生!」


 先生は「念のために」と、教会堂全体に守りの魔法をかけるべく屋根裏の部屋に上がっていった。

 雨の音と風の音が合わさって恐ろしい魔物のような声を上げる中、子どもたちは身をぎゅうぎゅうと寄せ合って嵐が過ぎ去るのを待つ。


 その時。

 ひときわ大きな風の唸りが聞こえ、ミネイラたちのすぐ上の方から、バキッと何かが折れる音がした。キャアッと子どもたちの中から叫び声が上がる。

 ミネイラは天上の飾り窓を見た。雨が滝のように流れ落ちる中、細かな木の枝がガラスの外側に貼り付いている。

(小鳥の巣が……!)


 気がつくとミネイラは、友達たちの制止も振り切って教会堂の外へと駆け出していた。




「ああっ!」

 吹き荒ぶ雨風の合間に、木の枝のかたまりが見えた。あの小鳥の巣だ! 巣は風にあおられ、谷に向かって押し出されるように流されていく。

 ミネイラは目を凝らす。巣から親鳥とヒナたちが飛び立つのが見えた。ホッと息をついたのも束の間。ミネイラの目にひとつ。白く丸いものが映る。

(卵……!)

 ミネイラは嵐の中に足を踏み出した。しかし。


「きゃ……!」

 ぬかるみに足を取られたところを風に突き飛ばされ、ミネイラの小さな体が地面に倒れ込む。転んだ拍子に花びらがパッと宙に舞った。それでも懸命に体を起こそうとする。

 その時、ミネイラは自分の手の中に魔石がないことに気がついた。

 体を起こすより前に顔を持ち上げる。その視線の先に、真っ二つに割れた石があった。

(そんな、そんな……っ!)

 泥水を被った以上に顔をぐしゃぐしゃにして、ミネイラはそれを見つめる。嵐の中、視界が徐々ににじんでいく。


 その中で。ミネイラの視界に何か眩しいものが映った。それはまるで、春の青空のような……。


 ぐしぐしと目をこする。そうしてもう一度地面を見やる。

 割れた石の真ん中に、小さな、しかし強い強い光を放つ、淡い青色があった。


「わたしの、魔石……っ!」


 ミネイラは目を見開きそこに光を映して、伸ばした自分の手に触れた小さな石をグッと掴むと、そのまま体を起こして駆け出した。花びらのクルクル舞う中、その目の輝きはキラキラと。


 ミネイラの小さな足が地面を踏んで宙を蹴り、その体が空を飛ぶ。

 高く、高く! 村の子たちの誰も飛んだことのないほど高く!

 そのままミネイラは透明な階段を駆け上がるように、宙を舞う鳥の巣、その中の卵へと追いついた。片方の手にしっかと魔石を握り、もう片方の手を思いきり伸ばす。

 その手が、小さな卵をふわりとキャッチした。


「ミネイラ……!」

 魔女先生が、魔石を柄の先に埋め込んだ魔法の箒で駆けつけ、ミネイラをふわりと抱きかかえる。風除けの魔法が温かくミネイラを包み込んだ。唸るような雨風の音が耳から遠ざかる。

 その最中さなかでミネイラの手の中、小さな卵がコトリと揺れ、殻を割り、中から一羽のヒナが孵った。


「魔女先生、わたし、わたし……!」

 ミネイラは息を弾ませて叫ぶ。魔女先生はぎゅっとミネイラを抱きしめた。

 空を覆い尽くしていた黒い雲に切れ間が生まれる。そこから春の青い空が覗き、温かな日差しが差し込んだ。




 ミネイラと先生がふわりと地面に降りる頃には、嵐はすっかりと治まっていた。教会堂から子どもたちが、歓声を上げながら駆け出してくる。

「すごい、ミネイラ、すごぉいっ!」


 歓声に囲まれる中、迎えに来た親鳥にヒナを返して、ミネイラは魔女先生の顔を振り返った。

「魔女先生、わたし、大きくなったら魔石を探すお仕事がしたい! あのおじいさんみたいに、クリスタルオーブの中に魔石たちを迎え入れてあげたいの!」

 その弾むような声は高らかに響く。

「だって、だって、こんなにも素敵な巡り合いがあるんですもの!」


 嵐の過ぎた春の空の色は、ミネイラが今手にしているような目映いばかりに澄み渡った青。

 その空に虹がかかった。教会堂から谷を挟んで向こう側、その奥の採掘場へと延びるように。その煌めきは魔石の込められたクリスタルオーブのように、キラキラ、キラキラと煌めいて、世界を包み照らしていた。




お題:指定の「魔法のお守り」をテーマにした短編(ノベルアップ+企画)

   お守り・「煌めきのクリスタルオーブ ~初めて魔法を授かるときに使用するマジックアイテム。魔力が覚醒していない者のみに反応するようになっており、両手で触れるとオーブの中の魔石たちがほのかに煌めき、その中の一つだけが触れた者と共鳴する。共鳴した魔石を手にすることで魔法を使えるようになる~」

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