旅人と思い出のお守り
[短編] [ライト] [ファンタジー度★★★]
旅人がひとり、山道をてくてく歩いて行った。ぴかぴかに真新しい長旅用のブーツを履き、腰にはお守りのクロノグラスをぶら下げて。
クロノグラスは思い出のお守り。魔法の砂時計が閉じ込められたガラス瓶。いつも身に着けられるよう、金の鎖がついている。これを引っくり返せば、さらさらと落ちる砂が持ち主の記憶を遡り、その者の過去を見ることができるという優れものの魔法具だ。
さて、この旅人は親友を探して旅に出た。親友はある日突然村を出て、行方知らずとなってしまったのだ。彼はいったいどこにいるのだろうか。
旅人はてくてく、てくてく、山道を進む。
旅人の目の前に、深い深い谷と、そこに架かる細い細い橋が現れた。旅人がそこを渡ろうとすると突然、谷底から怪物がぬぅっと姿を現した。
思わずその場で尻もちをつく旅人。その旅人に向かって怪物は鋭い爪を見せつけながら、大きな恐ろしい声でこう言った。
「おい、お前。そこのお前! これからオレは、お前に三つの謎を出す。答えられなかったら、お前を食う! オレの出す謎は普通の謎じゃあない。オレが膝を打つような答えでないと、認めないぞ! なぜならオレは、この谷に来てからずっと飲まず食わずでハラペコだからなぁ!」
言い終えると怪物は真っ赤な口をガパッと開け、谷底が揺れるほどの笑い声を上げた。その怪物のあまりの恐ろしさに、旅人は全身がガクガクと震える思いがした。
しかし旅人はクロノグラスをひと撫でして(大丈夫、俺にはこのお守りがあるのだから)と心の中で言うと、立ち上がって怪物をまっすぐに見据えた。
「分かった、良いだろう。さぁ、謎を聞こうじゃないか」
怪物は口を開く。
「あるところに大男がいた。その大男に、リンゴを五つ、プラムを七つ、ブドウを三つ渡した。さて、大男の持っている果物はぜんぶでいくつ?」
旅人は先ほどの怪物の言葉を思い返した。
(怪物は『オレが膝を打つような答えでないと認めない』と言った。つまりは、普通の答えではきっとダメなんだろう……)
何かヒントが得られないだろうか。そう旅人はほんの少しクロノグラスを傾けた。魔法の砂はさらさらと流れ、持ち主の記憶を浮かび上がらせる。
現れたのはムキムキと筋肉の盛り上がった男。旅人はクスリと笑った。そしてその口を開く。
「ははぁ、答えはゼロだ」
「なぜだ」
怪物が吼える。旅人は笑って続けた。
「俺の村で一番の大男、食いしん坊のエイブは、食べ物なんて渡した傍からみぃんな食ってしまうからな。一つも残りやしないさ!」
怪物は歯ぎしりをした。
「ちくしょう、このオレになんてハラの減る話をしやがるんだ。……良いだろう、次!」
怪物は口を開く。
「パンはパンでも、食べられないパンはなんだ?」
旅人は考える。
(これまた古典的な謎が出てきたな。さぁ、どうしたものか……)
旅人はまたクロノグラスを傾けた。魔法の砂はさらさらと流れ、持ち主の記憶を浮かび上がらせる。
現れたのは、もうもうと立ち込める黒い煙。旅人はニヤリと笑った。そしてその口を開く。
「ふふん、それはケイトおばさんの焼いたパンだよ」
「どうして焼いたパンが食えないって言うんだ?」
怪物が吼える。旅人は笑って続けた。
「俺だってどうしてなのか分からないよ。ケイトおばさんの焼いたパンは岩のように硬いのさ。きっとお前でも噛み砕けないだろうね!」
怪物は歯ぎしりをした。
「ちくしょう、またハラの減る話か。いや、減らないのか……? ……まぁ良い、次!」
怪物は口を開く。
「氷が溶けると水になる。それでは、雪が溶けると何になる?」
旅人はううむと首をひねった。
(これは、今までのものよりずっと難しいぞ……)
さらに旅人はクロノグラスを傾けた。魔法の砂はさらさらと流れ、持ち主の記憶を浮かび上がらせる。
現れたのは、キラキラと揺らいで輝く水面。旅人はニコリと笑った。そしてその口を開く。
「ああ、それは、春だ」
「理由を聞かせてもらおうか」
怪物が吼える。旅人は笑って続けた。
「今はもう、村中の雪も大池の氷もなくなっている頃だろうな。ボートを浮かべて釣りができるぞ。ピクニックだな。弁当にはサンドイッチを持っていこう。釣れた魚は夕飯だ!」
怪物は歯ぎしりをした。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! お前わざとか? ああハラが減る、ハラが減る!」
そうして怪物は閉じた口のまま、喉の奥から絞り出すような唸り声でこう言った。
「ああ、良いだろう。お前はもうここから離れてどこへでも、好きなところへ行くが良い!」
恐ろしい顔をくしゃくしゃになるまで歪めて、谷底へ戻って行こうとする怪物。
旅人はその口元に、何か光るものがぶら下がっていることに気がついた。
「待て」
旅人は引っ込みかける怪物に向かってそう言う。
「お前、ハラペコだと言ったよな? この谷に来てからは何も食べていないと、言ったよな?」
「ああ、その通りだ!」
怪物はやけっぱちに怒ったように、爪を振り上げてそう唸る。
「では、そのクロノグラスは、何だ……?」
怪物は旅人にそう指差されて初めて気がついたように、自分の牙に金の鎖でひっかかった、ガラスに入った魔法の砂時計を、その鋭い爪の生えた指先で摘まみ上げた。
クロノグラスが傾く。魔法の砂はさらさらと流れ、そうして――
ムキムキの大男、もうもうと立ち込める煙、キラキラと揺れる水面。それらが谷に現れた。
大男はあんぐりと口を開けて果物を次々とたいらげ、エプロン姿のふくよかな女性は自慢げにかまどから黒い塊を取り出し、二人乗りのボートはうららかな日差しの中でゆったりと進む。
「ああ、ああ!」
怪物は張り裂けんばかりの声を上げた。
「エイブは山なりに種を吹いて飛ばして見せたよな! ケイトおばさんの手伝いもしてみたけど、原因はサッパリ分かんなかったな! オレが釣りをしている間、お前はずっと昼寝していただけじゃないか!」
怪物の姿は消え去って、旅人の親友が橋の手前に立っていた。その手に、クロノグラスを握りしめて。
旅人は笑ってこう言った。
「帰ろうか。ハラペコなんだろ?」
旅人はふたり、山道をてくてく帰っていった。ほんの少しだけ汚れた長旅用のブーツを履き、腰にはお揃いのクロノグラスをぶら下げて。
クロノグラスは思い出のお守り。いつしかこの日の出来事もふたりの大切な思い出となって、クロノグラスは守るだろう。魔法の砂は、さらさらと。
お題:指定の「魔法のお守り」をテーマにした短編(ノベルアップ+企画)
お守り・「クロノグラス ~魔法の砂時計が閉じ込められたガラス瓶。所持者の記憶を遡りその者に関わる過去を見ることができる魔法具~」
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