もし合コンで岡崎弘子とブッコローが出会っていたら

ひな

第1話

これは今から遡ることウン十年……岡崎弘子がキムワイプについて語るよりも、文房具王になり損ねるよりも、ずっとずっと前の話である。



ある土曜の夜、弘子は合コンに来ていた。


「じゃあ今日は盛り上がって行きましょう」


パーマをかけた男がビールがなみなみと入ったグラスを掲げる。


「かんぱ~い!」

「か、乾杯……」


小さな声で弘子もグラスを持ち上げた。場の皆が頼むのに合わせてビールを頼んでみたものの、弘子はビールは得意ではなかった。


「卒業ぶりに連絡したのに急に来てもらっちゃってごめんね」


隣の礼香が小声で手を合わせてきたが、弘子はううんと首を振る。有隣堂でアルバイトをしていた弘子の夜の予定が埋まっている日は月に何日かだけだったし、礼香からの電話に出た実家の母親も合コンだと知るや否やいってらっしゃいと背中をたたいてくる始末だった。


「俺は礼香と同じ会社のタケシって言います!面白いってよく言われます、まあ自分ではどちらかっていうとインテリ系って思うんだけどさ。あ、あと男子側は今日は一人遅れてくるけど人数合わせてあるんで俺の取り合いとかはしないでくださいよ、なんつって」


そう言うパーマの男、タケシはどう見ても礼香一人を意識していた。おそらく礼香を狙いつつも本人にデートしたいと言うほどの度胸は彼にはないのだろう。


(インテリ系っていう見た目では……とか言ったら失礼かしら。あの髪型何かに似てるのよね。何か文房具……。……。あ!あれだわ。耳かきについてるふわふわ!)


「耳かき……うふふ」

「弘ちゃん、弘ちゃん」


タケシだかサトシだかを見ながらひとりで笑う弘子は礼香に肩を叩かれ我に返った。どうやら礼香の自己紹介もいつの間にか終わり、弘子の番になったようであった。


「こんばんは、岡崎弘子です。礼香ちゃんとは専門学校時代の同級生でした。文房具が大好きで、今は文房具のお店でアルバイトをしています」


そういう弘子に男子陣はふんふんというものの、目線はすでに別の女の子に移っているようだった。弘子は文房具が大好きだったが、周りの人が自分ほど文房具が好きなわけではないということはよく知っていたので、まあそんなものよね、と思いつつ曖昧に微笑む。

その時、急に真横から特徴的な―ボイスチェンジャーを使ったような―声がした。


「えー、文房具って何がおもしろいんすか?」


そこにいたのは鳥だった。


「ええ、鳥?」


思わず大きな声を上げる弘子と、ワイワイと鳥に声をかける男子陣。


「お、ブッコローじゃん。もうとっくに自己紹介始まってるよ」

「いやーすまんすまん。明日の馬の予習しててさ」


鳥が馬の予習?首をかしげる弘子をよそにその鳥は弘子の向かいに座る。


「R.B.ブッコローって言います。まあ見ての通りミミズクです。趣味は競馬で、特技は数字を語呂合わせで覚えることですかね」


およそミミズクらしくない趣味と特技をあげたその鳥は、少し外斜視ぎみの目で弘子をじっと見た。


「そんで、文房具って何がおもしろいんすか?」


困惑しつつも文房具という趣味に興味を持たれることはあまりなく、弘子はすこし高揚した。


「えぇ……。知りたい?」

「いやそれほどでもないけど」

「まずね、特に好きなのはインクかしら」

「え、そんな知りたいわけでもないって言ってるのに話始めるんすかこの人」

「ガラスペンって知ってる?」

「まあ、名前は聞いたことありますけど……」

「今私販売のアルバイトをしていてね、」

「なんかプレゼン始まっちゃったよ」


弘子はすでにガラスペンのパンフレットを鞄から出そうとしている。

ブッコローは周りを見回したが、同じ卓の男女はすでにそれぞれの世界ができつつあった。仕方なくブッコローは弘子に相槌を打つ。


「ガラスペンってね、これなのよ」

「これがガラスペンですか。キレイですねこれ」

「どれもいろんな特徴があってすごくキレイなの。私が持ってる実物も見せてあげる。私のとっておき」


そういうと弘子はおもむろに箱から美しいガラスペンを取り出した。


「へえ、ちょっと触ってみようかな」


弘子はミミズクの茶色い羽根にガラスペンを手渡した。美しいガラスペンをそっと扱うブッコローの羽根さばきに、弘子はお気に入りの文房具を見つけた時のような、それでいで少し違う胸の高鳴りを感じた。


「これね、インクを付けると毛細管現象って言って付けたインクが上がっていくの、ほらこの写真見て。好きなインクもあってね、この紫陽花っていう色がすっごく素敵なの」

「ふむふむ」


目をきらきらさせる弘子の語りに、ブッコローもいつの間にか夢中になっていた。ブッコローは確かにミミズクだったが、知的好奇心旺盛かつ話をするのも聞くのも好きな、そこらのミミズクとは格が違うミミズクだった。


「全然インクも垂れないし、すらすら書けるしね。書く時にカリカリ音がするのもガラスペンの特徴でね、音がよく出るように柄が空洞になっているなっているやつもあるの」

「へえー岡崎さんってプレゼンうまいっすね。テレビとか向いてるかも」

「ええ、テレビ?無理無理」

「文房具に詳しい人選手権とかあったら優勝できちゃうんじゃないですか?」

「ええー!嬉しい。でも家族とかに反対されちゃいそう、うふふ」


居酒屋で若い女性とミミズクが語り合うという傍から見たら異常な光景であったが、二人はそんなことは関係なく夢中になって話し込んだ。主にガラスペンとインクについて。


「そろそろ行くするけど二次会行く人ー」

パーマの男が声をかけた時、弘子とブッコローはターコイズのドイツ製インクのパンフレットを広げていたところだった。


「まあ、二次会は別にいいです」

「え?岡崎さんこれだけ盛り上がってたのに?」

「はい、楽しかったので今日は満足しちゃった。また今度会いましょう」

「いやちょっとおかしいでしょ、僕の競馬の話も聞いてくださいよ」

「じゃあまた」


それが弘子とブッコローの最後の会話だった。


ウン十年後に再会するまでは。


――――


「あ」


帰りの電車でガラスペンのパンフレットを整理しながらふと弘子は気づいた。


「電話番号、交換し忘れちゃった」


弘子もまた会いたいと思っていたのだ。

しかし携帯電話のない当時、知り合いの知り合いの知り合いともう一度出会うのは至難の業であった。


「文房具の仕事をやっていたら、またあの鳥に出会えるかしら……」


弘子がその後有隣堂の正社員となるのも、文房具王選手権で2度準優勝を取るのも、そしてブッコローにもう一度出会うのも、また別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もし合コンで岡崎弘子とブッコローが出会っていたら ひな @kyoko_2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ