満月、深夜の散歩

月波結

満月に導かれて

 まだ桜のつぼみがようやくほころび始めた春の話だ。

 春と言えば、朧月夜。

 でもその夜の月は、どこも欠けることのない、立派な満月だった。まるで、墨で塗った背景に、金箔を施した一枚の屏風絵のように。



 一人暮らしの気ままさで、若い女ひとりでこんな時間に外に出る。

 サンダルにはまだ寒い。

 薄いカーディガンを羽織った肩を抱く。

 マンション前の元気のない、まだ枝の細い桜の木にもつぼみがついている。こっちは花開くまでにまだ時間がかかりそうだ。


 幼い頃から月が好きだった。母はわたしが満月の夜に生まれたから、名前を『月子』にしたのよ、と言った。

 月はいつでも魅力的で、か細くて折れそうな時と、不安定に欠けている時にも、わたしの心を誘った。心はその度、千地に乱れた。

 月には人間の体や心に作用する力があると、誰かが言っていた。

 スーパームーン、ストロベリームーン。

 わたしにはどれも関係ない。月が月であれば、それでいい。


 折角外に出たのだから、と、コンビニに寄る。コンビニの看板の光は簡単に、宵闇も、月光も吹き飛ばしてしまう。ここには二十四時間、朝がある。

 どうせ来たんだから少し高いアイスでも買ってしまおうか、と冷凍ケースをのぞき込む。あのチョコレートのバーは鉄板だし、あれはこのコンビニのオリジナルでプレミアム商品。確か誰かがネットに上げていたはず。

 躊躇わず、イチゴのシャーベットをカゴに入れて、他に足りないものはないか、頭の中で確認する。大丈夫そう。


 自動精算のレジでもたもたお金を払う。

 スマホバックしか持ってなくて、千円札はあったけど、いつも持ってるエコバッグがない。

 白い袋を三円で買う。

「ありがとうございました」と出る時だけ、元気な声がかかる。世の中って、世知辛い。

 自動ドアの隙間から押し出された外の空気は、思ったより冷たかった。


「あれ? 松永さんじゃない?」

 コンビニ前に自転車を停めた男の子がわたしの名を呼んだ。彼は手早く自転車の施錠をして、わたしの方へ大股でゆっくり歩いてきた。

 川村くんは大学で同じ第二外国語を取っていてなんとなく顔見知り、程度のつき合いだ。背がひょろっと高くて、空気がやわらかい。実際友だちは多そう。どれくらいの距離感で接したらいいのか迷う。

 川村くんもそんなわたしの躊躇いに気がついたのか、「ひとつだけ買うものがあるからちょっと待ってて」と止める間もなく、店に入ってしまった。


 今は珍しい赤いポスト。

 その横に並んで、彼を待つ。なんで待ってるのかな、と思いつつ、約束してしまったんだから仕方がないと思う。

「お待たせ。それじゃ、松永さんのうちまで送るよ。夜道は危ないし、僕は帰りは自転車だからさ」

「そんなことしてもらったら悪いよ」

 わたしは顔の前で手を振って、遠慮する旨を伝えるジェスチャーをした。

「ここでさよならをして、明日の朝、松永さんがニュースになってたら嫌じゃないか」

 ごくん、と唾を飲み込む。それは確かに怖いし、絶対にないとは言い切れなかった。


 ◇


 月の綺麗な夜だった。

 街灯が暗いところでも、わたしたちは十分な光を浴びて、アスファルトに影を落とした。

 あまり話したことのない人にどんな言葉をかけたらいいのか考えてるうちに、時間ばかりが過ぎていく。沈黙は、気まずい。


「松永さんの絵」

「はい」

 突然、声をかけられて心臓が飛び出しそうになる。

 身体に電流が走ったかのように、ピョンとなる。

「松永さんの描く絵は線が強くて、画面も黒い方だから、どんな人が描いた絵なのかなってずっと気になってて」

「ああ、デッサンのことかな?」

「そう、線が迷いなく描かれてて潔いラインだよ ね」

「⋯⋯ありがとう」

 デッサンは線だけじゃなく、面で捉えていくもので、褒められたのかそうじゃないのか曖昧だ。文脈的には褒められたのかもしれない。


「専攻は何にする予定なの?」

「日本画です」

「日本画か。松永さんの雰囲気には合うけど、あの線の強さを見ちゃうとなぁ。風神雷神図とか? あ、冗談だよ」

「······筆圧が」

「?」

「筆圧が、人より高めなんです。だからいつも画面が黒くなりすぎないように気をつけてて」

「いや、大丈夫だよ。ほら、僕も素敵だと思ったから話に出したんだし。それに黒を上手く白で抜いてるなっていつも」

「練り消しが、いつも真っ黒になっちゃって」

 彼は笑いをもらした。少し恥ずかしかったけど、ほんの少し親密度は上がったかもしれない。

 わたしはじっと、背の高い川村くんを見上げた。この人はどうも実直で誠実そうだ。あまり口は上手くないけど。

 友だちになれるかもしれない。



 ――その時、何か、蛍のかたまりのような淡い光の群れが空から降りてきた。

 わたしは突然のことにどうしたらいいのかわからず、立ち尽くしていた。すると驚くことに川村くんがわたしを庇うような形で前に立った。

 異常現象に巻き込まれて、川村くんだけ被害に遭ったらどうしよう、頭を覆うようにして目をギュッとつむった。


「お迎えに上がりました。月子様」

 そこに現れたのは、ぼんやり発光するふわふわの兎だった。真っ白で赤い瞳。その兎がしゃべった。

「月子様がお生まれになったのは満月の夜。ハタチになられたお祝いに、主様から月子様をご招待するよう、仰せつかって参りました」

 兎は五匹。

 一言、誰かがものを言うと、その度にみんなでこそこそ相談を始める。まるで舞台稽古のよう。

 こそこそと、兎たちは話し合う。でもそういうことに慣れていないのか、目の前で話されるといくら小声でもダダ漏れだ。

 どうやら川村くんが問題らしい。


 誰かが、「一緒に連れていけば?」と言うと「主様に怒られるぞ」、「そうだ、許可をいただいてない」と反論が上がり、最初にわたしに話しかけてきた兎が言った。「我々のうちの誰もまだ、人間の記憶を消す呪を覚えていない。連れていくしかない」と。

 五匹の兎の意見は固まったようで――わたしたちの意向は聞かれることもなく、足元につむじ風が起きて、まだ花開かないはずの桜の花びらがくるくる舞った。

 うわっと思うと足元が地面からふわっと浮いて、怖いと思うと、もうそこは――月だった。誰がこんな話を信じるだろう? 夢にしても荒唐無稽。



「ようこそ、松永月子さん」

 そこにはお雛様のお内裏様のような麗人が、肘掛にもたれるように寛いだ姿勢で座っていた。

 流れるように波打つ髪は烏帽子にまとめられ、何故か平安時代の時代設定だと思われるのに、銀縁の細いフレームの眼鏡をかけている。年齢はまだ三十代ほど。若い男性だ。

 そして、その目は、黒かった。赤ではなかった。

「······御神楽みかぐら先生?」

「ほう、よく気がついたね。君とはそれ程、袖触れ合ったわけではないのに」

 恥ずかしさのあまり、顔を伏せた。わたしは先生の描く日本画がすきだった。幽玄で、儚い、切り取られた風景の中、時間は止まらない。

 そう言えば、桜に月の絵も何点かあった気がする。


「それにしてもまさか、他の人間を連れてきてしまうとは、これはちょっと問題だね。しかも、朔の者じゃないか」

 はんなりとした口調ながら、主と呼ばれるだけあって、どことなく手厳しい。

「申し訳ありません、主様。どのようにしたものかと迷ったのですが、まさか朔の者だとは気づかずに······」

「まぁ、良い。今宵は宴だ。無粋なことはやめよう。それより月子殿のお召しかえを」


 ははっ、と他の兎たちが何匹か出てきて、わたしを館の奥に連れていく。されるがままになっていると、わたしまでお雛様になっていた。

「十分、お似合いですわ。主様の隣に相応しいお方です」

「もう少し御髪が長ければ、素晴らしい垂髪すべらかしになりましたものを」

「まぁ! 現代人の中では月子様のように腰まで髪を長くしていらっしゃるのは稀ですよ。それは望みすぎというものです」

 わたしの髪を気に入らなかった兎はまだ新入りらしく、申し訳ありませんと恭しく頭を下げた。

「あの、わたしのことで争わないでくださいね」

「そういうわけにはいきません。月子様は貴人でいらっしゃいますもの」

「貴人?」

「その通りです。たっとい方だということです」

 はぁ、とよくわからなかったので気の抜けた返事をする。十二単は恐ろしく重いと聞いたはずだけど、普通の服とあまり変わらない。もしかしたら月の重力のせいかもしれない。


 元いた間に戻されると、当たり前のように、御神楽先生の左隣に座らされる。席にはお膳が用意されている。

 川村くんは、とおろおろしていると、一段下がったところにまたお膳があり、川村くんも正装で現れた。御神楽先生に比べると、背筋がピシッとしていて、着物が決まっている。

「本当によく来たね、川村朔かわむらさくくん。我々、月の光を司る月兎族に対し、月の影を司る朔兎族の者が混じるとは、これはまた愉快な。君は自分の名の由来を知っているかい?」

「新月······つまり朔月に生まれたと」

「その通り。月兎に朔の者とは、月子殿はどうやら不思議なえにしをお持ちのようだ」

 先生の言うことが頭の中でぐるぐる回る。

 月兎族と、朔兎族。

 月の光と影を司る者たち。

 わたしは月兎で、川村くんは朔兎? わたしたちはどちらも人間にしか見えないけど。


「話が飛んでしまったが、私たちは月兎でも朔兎でもないんだ、本当は。ただ、特定の満月の夜に生まれた者、同じように朔月に生まれた者を、こちらでは貴人と呼んで、満月の夜に招いてくれる。川村くんはそのうち朔兎族に招かれるだろう」

「おもてなしされる理由がないです」

「私も初めはそう思ったんだけど、いいんだよ。月兎たちはそれで満足しているし、それに毎日の中に小さな刺激を求めているようなんだ」

 御簾の向こうには、紺碧に輝く地球が見えた。実に不思議な気持ちになった。宇宙旅行に出たわけでもないのに、ここは月の上だなんて。

 ――そう言えば、空気もあるし、重力も普通にある。確か、月での重力は六分の一のはず。


「はは、いろいろ不思議かい? いわばここは兎たちの作り出した仮想空間なのさ。でもなかなか心地いいと思わないかい?」

「はい······」

「月子殿はもうお酒を召されたか? 頬が赤いようだが」

 だって憧れの人の隣にいるなんて、こんな特殊な状況でも緊張してしまう。この人に会いたくて、大学を選んだなんて、口が裂けても言えないし、知られたくない。

 そんなことになったら、恥ずかしくて溶けて消えてしまう······。

「今夜は無礼講だよ、好きな物を好きなだけ食べて楽しんでおくれ」



 夕餉はゆっくりと進んで行った。

 お膳をいただいている間、兎たちが舞い踊ったり、琴の演奏を聴かせてくれる。

 いつの間にか、御簾の向こうには地球のフレームのように満開の枝垂れ桜が生えて、はらはらと宇宙にその薄紅を散らす。

 すべてが嘘みたいだった。

 御神楽先生は笑って、わたしにもっと飲めというように、盃を持たせた。注がれたお酒は、甘露のように甘く、喉を転がるように落ちていく。

 川村くんも同じように月兎たちに接待され、時々わたしと目が合った。

 こんなことに巻き込んでしまって申し訳なかったような、そうでないような。

 せっかくの素敵な体験をふたりで分かち合えたことは悪くないと思えた。


「月子殿、どうせ君は僕のところを専攻するんだろう?」

「······はい。日本画は元々すきだったんですが、先生の絵を初めて見た時······とても不思議な、その風景の中に入り込んだような気分になって、ぜひ先生に師事したいと思い、受験をしました」

「うむ、これもまた運命というものだよ。偶然という名のまやかしに隠された真実だ。君と僕は兎たちに選ばれた······」

 ぽうっと、白い光があちこちに浮かぶ。

 いくつもの光のかたまりが、わたしたちを見ているような気がする。

 不意に浮遊感を感じると、わたしたちは月面に浮いていた――。


 あんなに立派だった館は霞んでいき、白い光はいくつも、いくつもこちらを見上げている。

 心の中に、聞こえないはずの声を聞く。


『またどうぞ、お迎えにあがります』。


「兎たちの魔力が切れたようだね」

「魔力?」

「うむ、満月の光をどうやら魔力に変えているそうなんだ。それを貯めて、然るべき時に館を用意し、貴人を迎える。兎の形になって、ね」

「じゃあ、あの兎たちは?」

「文字通り、月の光を司る者たちなんだろうね」


 わたしたちは気がつけば流れる雲の上で、まるでかぐや姫が月に帰った時と正反対に、地球へと戻った······。


 ◇


 ドサッと何かが落ちる音がして、一体何が、と思ってみるとそれは自分の体だった。ベッドから思い切り落ちたらしい。

 この寝相の悪さは直さないと、と思いつつ、喉が渇いて狭い部屋を這って冷蔵庫に向かう。

 とりあえず水をごくごく飲む。なんだかひどく喉が渇いた。そして何故か、甘いもののことを思い出す。

 わたし、昨日――?

 冷凍庫には、コンビニプレミアムのイチゴのシャーベットが入っていた。

 ん? 何か大切なことを忘れているような。

 ま、忘れているのなら大したことじゃないのかもしれない。

 デッサン用のイスに座ってアイスのフタを半分めくったところで、それが目につく。

「ひゃあ!」

 イーゼルにかかってたのは、わたしの下手くそな課題のデッサンではなく、月と、桜と地球を描いた日本画だった。これは――間違いない、御神楽先生のサイン!


 ······やられた。

 わたしは多分、飲みすぎたんだ!



 廊下を走るなんていつ以来だろう? 知り合いが次々にわたしを見つけては止めようと名前を呼ぶ。

「松永さん、危ない」と。

 急いでるの、と言ってわたしは疾走した。足は棒のようで、息は切れそうだ。その扉の前で、上体を折って、呼吸を整える。苦しい胸の痛みはなかなか止まなかった。

「松永くん、そんなところで躊躇ってないで早くお入りなさい」

 ドアは、わたしがノックする前に開いた。

「やあ、十二単も似合ってたけど、割烹着も良く似合うね」

「······次、デッサンなんです。汚すといけないんで」

「ああ、君、筆圧強いよね。僕は悪くないと思うけど。形も素材感もよく取れてるし、何より光の抜き方が絶妙だ」

「そんなこと、ないです······」

 わたしは部屋に通されて、示されたソファに座った。緊張して何も言えない。ずっと憧れていた人が目の前にいる。手に汗をかく。顔が上げられない。


「実はね、僕ももうひとりの貴人が君だということを知らなかったんだ」

「そうなんですか?」

「兎たちは賢そうで、割と杜撰なんだ。私も何度か呼ばれるうちに、空になっている隣が気になってね、そっちに目がいってたんだ。

 そうしたら兎たちは『もうすぐお会いできます』とか『素晴らしい方です』、『きっとお似合いでしょう』、それから『お近くにおりますよ』なんてなんの具体性もないことばかり言うんだよ。スフィンクスのなぞなぞよりひどいよ」

 いつもは少し冷たそうに見える先生の内面が窺えて、思わずくすくす笑ってしまう。兎たちに翻弄されるなんて、兎もなかなかやるな。


「笑い事じゃないよ。――しかし、僕にもわかったんだ。君の絵を見た時。君、ポートフォリオに月の絵を持ってきただろう?」

「······はい」

「夜の海に浮かぶ月。あれを見た時、僕は僕の月を見つけたと確信したんだよ」

 ぴょん、と飛び跳ねそうになる。

 多分、心臓は跳ねた。

 先生を思って描いた絵が、本人に伝わるなんて――。


「兎たちは私たちをつがいに決めたらしいけど」

「······はい?」

「僕はもう三十男だし、君にも選択権は必要だ。ここで学ぶ間、いろんな男と私を比べていいよ。そうすれば君も納得できて、僕たちの間にしこりはなくなる」

「はぁ」

 なんか難しい話になってきたなぁと思う。番ってつまり、夫婦ってことで。え、わたしと先生が結婚? そんな、尊敬する方と対等な位置に立てるわけがない。

「せ、先生こそ、もっとお似合いの方がいらっしゃるんじゃないですか?」

 先生はその優しげな雰囲気と誰も寄せつけない空気のギャップと、端正な風貌から女生徒にとても人気だった。先生のそばに、と思う子はたくさんいるはずだし、わたしの知らない大人の女性だって、先生に惹かれる人はたくさんいるだろう。

 兎たちに踊らされなくたって。


「わかってないなぁ。君が現れるまで、僕がどれくらい君を待ったと――僕には君しかいないように、君にも僕しかいない。これは満月のまじないさ。試してみるといい、他の男ひとりひとりと比べてくれ」

「そんな!」

「ただし、朔月はダメだよ。君と川村くんは何か縁があるみたいだけども」

 川村くんのことを思い浮かべる。

 昨日、まだあまり知らないわたしのことを、善意で家まで送ろうと言ってくれた。あの、木漏れ日のような彼の笑顔を。

「朔月と近寄るなとは言わない。が、どうせ結ばれない運命だ。そういう星の元なんだよ。親しくなるほど別れが辛くなるだろう?」

 わたしはまたうつむいて、「はぁ」と言った。ため息をこぼすみたいに。



 失礼します、と部屋を出て、いけない、遅刻しちゃうと気持ちがはやる。

 今度は走らずに早足で歩く。先生の言葉を噛み砕くように、頭の中で繰り返す。

 先生はとても素敵だし、もっと一緒の時間を重ねていったらきっともっと素敵に思えるに違いない。だってもうわたしは先生に惹かれ始めているし······。男と女として。

「松永さん?」

 呼び止められて振り返る。背の高いひょろっとした彼の影に、わたしは入った。

「飲みすぎてたみたいだから心配してたんだ」

「覚えてるの?」

「あんなの、忘れるわけにいかないでしょう。特に美術やる人間としてはさ。二度とない、夢のような経験だった。松永さんも覚えてるってことは夢じゃなかったんだね?」

 わたしは何も言えなかった。

 何故だろう? 首を上げて彼の顔を見ているのに、言葉はするりと出てこない。

 このまま影から出たくないような、不思議な感覚。


「どうしたの?」

「ううん。わたし、新月もすきだよ。『そこにある』って、見えなくても重さを感じるの」

 彼は赤くなった。

 そしてとても落ち着かない様子でこう言った。

「新月も満月も月に変わりはないからね。おんなじ月の表と裏だよ。月子さん、またね」

 それじゃ、とお互い歩みを速めて反対の方向に歩き出した。次の講義はもう始まる。

 ――運命がどう動くのかわからないけど、それはきっと自然に、わたしが行く方向を示してくれるに違いない。

 地球をぐるりと回る月だけが、わたしの運命を握ってるわけじゃないだろう、多分、きっと。


(了)




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