【KAC20234】性癖本屋:『深夜の飼い主待ち』

@dekai3

【KAC20234】性癖本屋:深夜の飼い主待ち

 人住む所に物語あり。

 人育む所に書物あり。 

 物語と書物あれば、それ即ち本屋あり。






色   ア

々 本 リ

な   〼


 公共交通機関の配備や道路の開通ラッシュによって、やや郊外であっても通勤可能県内の首都圏と認められ始めた頃。新築の淡いクリーム色の団地が立ち並ぶの片隅の公園にて、夜の間だけ現れる本を詰め込んだ移動式の屋台がありました。

 店名は特に書かれておらず、屋台の横に置かれた手書きの看板に上記の文字が定規で引いたかのような角ばった文字で書かれています。


 屋台は決まった曜日に現れるわけではなく、なんとなくですが夜の公園を利用する人が少ない時を見計らう様に現れては、人が集まり出すと去っていくという屋台らしからぬ営業を取っている様に見えます。

 屋台の屋根からはいくつもの延べ紙がぶら下がっていて、その一枚一枚が小説となっています。屋台の台車部分には和紙で閉じられた冊子や昔の浮世絵なんかも並べられていました。

 そんな年代物の移動式屋台の隣、一斗缶に座布団を置いただけの簡単な椅子に腰かけて、彼女は居ました。


「お客様かぇ? いらぁしゃい」


 二十代前半にも三十台後半にも見え、昼間ならば目が痛くなるほどの黄色のワンピースを着た、キセルを吹かしつつやや釣り目気味の目をすうっと細めてこちらを見つめる小麦色の髪色の女性。

 体格は細身ですが、放漫な胸はワンピースの胸元からはちきれんばかりで、椅子の上で組んだ足も艶めかしさを漂わせています。

 そして、一番目立つのは大きな眼鏡。顔の半分を覆う程の大きな丸眼鏡をかけているのが特徴です。


「聞いとるよ。カクヨムの方だろぅ?」


 女性はそう言うとふぅっと煙を吐き、ゆっくりと立ち上り、屋台にぶら下がっている延べ紙を指を舐めてから捲ります。


ぺらぺら、ぺらぺら


「おんかし、確かこの辺りに…」


ぺらぺら、ぺらぺら


 中々探し物が見つからないのか、彼女はワンピースの裾が捲れ上がるのも気にせず屋台に頭を突っ込んでごそごそしだします。

 そして、何束目かの延べ紙を捲り切って、ようやくお目当ての物を見つけました。


「おぅおぅ、あったがぇ」


 屋台の上をひっくり返したかのようにぐちゃぐちゃにして彼女が差し出して来たのは、一枚の人の絵が描かれた延べ紙。

 何やら文字らしき物が筆で書かれていますが、達筆すぎて読めません。


「んぇ、お客さん。もしかして読めなんだか?」


 差し出した延べ紙がいつまでも受け取られないのを見て、彼女は文字なのか波打った模様なのか分からない物が読めないのだと気付きました。


「ほんなら、読んでやるとするかぇ。気にせんでぇえ。よぅあることや」


 彼女はそう言いながら一斗缶に座布団を置いただけの椅子に座り直し、組んだ足の上に延べ紙を置き、キセルを吸いながら内容を読み始めました。





『深夜の飼い主待ち 書:牛酪軒』



 ああ、今夜はとても綺麗なお月さんだ。

 とても朱く。

 とてもまあるい。


 そんなお月さんを見ていると、

 無性に夜の散歩に行きたくなる。


 家内には内緒の、深夜の散歩。


 服を脱ぎ、

 褌を前後ろ反対に絞め、

 地に手と膝をついて、

 口を半開きにし、舌を出している。


 どうだい、

 立派なお犬様だろう?

 

 今夜はとても綺麗なお月さんだ。

 とても朱く。

 とてもまあるい。


 だから、お犬様になって散歩する。

 町の中を、ゆっくりと散歩する。


 良さ気な壁には小便をかけ、

 良さ気な広場には糞をする。


 それが深夜のお犬様だ。


 ただ、今夜は違った。

 居たんだ。お犬様が。


 今夜はとても綺麗なお月さんだ。

 とても朱く。

 とてもまあるい。


 だから、居たんだ。

 もう一匹のお犬様。


 服を脱ぎ、

 褌を前後ろ反対に絞め、

 地に手と膝をついて、

 口を半開きにし、舌を出している。


 立派なお犬様だ。

 こちらに負けず劣らし、立派なお犬様。


 暫く、

 暫く、

 暫くの間お互いに見つめ合い、

 自分以外にも仲間がいたのだと気付く。


 思わず駆け寄りたくなった。


 今夜はとても綺麗なお月さんだ。

 とても朱く。

 とてもまあるい。


 だから、お月さんが仲間を導いてくれたんだ。

 そう思ったんだ。


 だけれど、向こうには飼い主が居た。


 垂れる褌の先を握り絞めた飼い主。

 お犬様である俺を怯えた目で見る若い女。

 あちらのお犬様は、飼い主との間に立っていたんだ。

 堂々と、飼い主を守るために。


 逃げ出した。

 逃げ出したさ。

 こんなみじめな事はない。


 今夜はとても綺麗なお月さんだ。

 とても朱く。

 とてもまあるい。


 だけど、心は晴れなかった。

 仲間だと勝手に思っていたのが恥ずかしかった。

 惨めだった。


 それからというもの、お犬様になるのは止めた。

 とても綺麗なお月さんでも、

 とても朱くても、

 とてもまあるくても、

 飼い主が居ないんじゃ、お犬様にはなれなかったんだ。


 お犬様、なりたかったなぁ。








「おしまいおしまい、と」


 物語を読み終えた彼女は、キセルの煙を吐きながらそう言いました。

 やや釣り目の目をすうっと細め、口元をやや開けてニヤつく顔は、悪い事を考えているのか、良い事を考えているのか分かりません。


「さて、店仕舞いよな」


 気が付くと時間は深夜を通り越して早朝とも呼べる時間です。

 彼女は椅子に使っていた一斗缶と看板を屋台に仕舞うと、ケラケラと笑う様に話しかけてきました。


「深く考えんでもぇえ。意味なんかあるんかあらすか分からんもん」


 その笑顔は本当に楽しそうな笑顔で、さっきまでの妖艶とも言える笑い方とは全く違いました。

 そして、片付けの終わった屋台にもたれかかりながら、彼女は続けて言います。


「んなら、カクヨムさんからお題がでたら、また来んしゃいね」


 彼女のお別れの声が聞こえたと思った瞬間、あなたは目の前が暗くなりました。


そう、お題につきお話は一つ。


 それでは、また明日。

 若しくは、明後日。

 お題を元に作られる性癖小説で会いましょう。

 本屋とは一旦お別れ。


「またのお越しを」

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