5月21日⑤:こんな見た目だ。驚かせることがあるかもしれないが
最後は園芸部
最初に回った手芸部同様、幽霊部員の温床であるこの部活は基本的に部長である
「ん〜食った食った」
「あの後、全員分食べたの?」
「ああ。でも、結構多かったからさ・・・今日の夕飯入るか心配だよ」
中間服という割と薄着な状態のおかげで、尚介の状態・・・特に腹部あたりの状態がよく見える
一言で言えばなんだ。たぬきの様なぽっこり状態なのだ
この状態で帰れば尚美さんをびっくりさせるだろうな
しかし、その状態でよく夕飯のことを考えられるな。まだ食べる気なのか?
ちょっと限度を考えた方がいいと思う
「そんなに食べたら将来太るぞ、尚介」
「だよなぁ・・・でも、せっかく作ってくれたんだし、残したら駄目だろ」
「できすぎた男だよ、お前は・・・!」
好き嫌いはあるし、食事量は若干少なめの俺からしたら尚介の信念は輝いて見える
「でもさ悠真。俺も少しは調子のって食べ過ぎた自覚はあるんだ。このままじゃ母さんの晩ご飯を残してしまう。何かいい案はないか?」
「じゃあ園芸部で軽くお手伝いってどうだ?熊代だけじゃ手が回らないところもあるだろうし、力仕事も手伝えることがあるかも」
「なるほど。その手があるな」
「園芸部は冷泉君が言っていたとおりな、その・・・真面目に活動している人が少ない部活、なんだよね?」
羽依里の疑問に、尚介がむすっとしながら答える
彼にしては珍しく、怒りの籠もった表情だ
「そう!園芸部は手芸部以上に酷いんだ!穣だけだよな。真面目にやってるの!」
「そこまで酷いんだ・・・」
「ああ。だから見かけたら用事がない限りは手伝うようにしている」
「むしろ部員じゃない奴の方が園芸部やってるぐらいだ!何が園芸部なんだろうな!」
「尚介君が怒るの、珍しいね」
「まあ、やっぱりさ。部活に属している訳なんだから、入ったからには真面目に取り組めって思うよ。俺はできなかったから」
尚介は怪我の影響で柔道部をすぐに辞めなければいけなかった
元々推薦枠。今後も活躍を期待されていた選手だ
そういう経験があるからこそ、尚介は怒るのかもしれない
できるのに、やろうとしないことを
「まあ、こんな暗い話は終わりにしてさ。園芸部、見に行こう!」
「う、うん。そうだね。悠真、そろそろつくのかな?」
「ああ。ええっと・・・あ、いたいた。おーい!熊代!」
俺が声をかけた、がっしりとした体格の男
彼こそ熊代穣。俺たちのクラスメイトで園芸部の部長だ
ちなみに尚介より身長がでかいし体格がいい。一言で言えば、その名の通り「熊みたいな」男だ
「悠真と尚介か。他のところは終わったのか?」
「ああ。インタビュー、できそうか?何か終わらせることがあったら先に手伝うけど」
「後は水やりだけだからな。気にしなくていい。腕に負担を与えるな、悠真」
発する言葉は鋭くて、体格も相まって人によっては恐怖心を与えてしまうけれど、熊代は滅茶苦茶優しい
俺たちはちゃんと知っている
「わかってる。気遣いありがとうな」
「怪我人を心配するのは当たり前だ。それよりもインタビュー。白咲を早く帰してやれ」
「ああ。じゃあ早速頼むよ」
「よろしく頼む」
「・・・尚介は手が空いているし、手伝い希望だから。手伝いがあれば後で声をかけてくれ」
「・・・助かる。人手がいなくてな」
「俺も手伝いたいが」
「病み上がりの腕と病気の彼女を労るのがお前の仕事だろう。ちゃんとやれ」
「ああ。もちろんだ」
熊代の言葉に背を押されつつ、彼の取材を進めていく
撮るのは部活風景の写真
取材は熊代があらかじめ用意していた原稿を押しつけられた。聞きたいことは書いてあったから受け取ったけれど・・・早く帰すためにここまでしてくれるとは
「熊代はさ」
「なんだ」
「本当にいいやつだよな」
「そんなことはない。ほら、五十里。白咲さんを待たせている」
「ああ。そうだな。今日はありがとう。尚介。俺たちはもう戻ろうと思うけど」
「俺はこれから食後の運動!穣、仕事あるか?」
「水やりを頼みたい」
「了解!ホース、いつものところだよな?」
「ああ。頼む」
早速尚介が食後の運動へ走り出し、園芸部のエリアには俺と羽依里、熊代の三人だけになった
「羽依里、そろそろ戻ろうか」
「うん。そうだね・・・」
「綺麗に咲いているだろう?」
「熊代君が育てたんだよね?凄く綺麗だね」
「ありがとう。でも、育てたのは俺だけじゃない。色々な人が手伝って咲いてくれた花だ」
「園芸部だけじゃなくて」
「ああ。全校生徒で作ったのかもな、この花壇は」
「凄いね。あ、私も手伝えることはあるかな?」
「ない」
「・・・そっか」
しょんぼりする羽依里
熊代の言い方はきついが・・・きちんと気遣っているものだ
「何にせよ、まずは病気を治してからだ。無理はさせられない」
「気遣いありがとう」
「いい。当然のことなんだ。それよりも白咲は花に興味があるのか?」
「うん。入院先では花を育てるとかできなかったから。こうして近くで見るのは久しぶりで、つい見ちゃったや」
「病院に鉢植えの持ち込みとかできるのか?」
「んー・・・確か、土が駄目だって言われたことがあって。だから、育てたいけれど駄目なんだ」
「じゃあハイドロカルチャーならいけそうだな。少し待っていてくれ」
熊代はふらっとどこかに向かう
しばらくして戻ってきた彼の手には、小さなサボテンが乗せられていた
「白咲、これをやろう」
「これ、いいの?サボテン・・・」
「ああ。それなら病室にも持ち込めるだろう。確認はした方がいいが・・・」
「ありがとう」
「いい。それで物足りないと感じ、元気になった日が来たら・・・本格的な園芸を初めてみては?」
「考えてみるね。その時は、ご指導をお願いできれば」
「ああ。その時は五十里も連れてきてくれ。こき使うから」
「うん。連れてくるね」
羽依里が楽しい代わりに、俺が将来的に大変な労働をすることになりそうだが・・・いいかな
園芸をしている彼女はなんとなく、絵になる
写真に撮りたいぐらいだ。その為なら、庭を作るぐらい・・・頑張らないと
「後、サボテンを贈ったがあくまで友好の証だ。花言葉は気にしないでくれ」
「わかった。それにしても、熊代君は花言葉にも詳しいんだね」
「母さんが好きでな。小さい頃から色々とたたき込まれたんだ。母さんの趣味が昂じて、今うちはアロマの専門店をしているぐらい花が好きなんだよ」
「あ、アロマ・・・!」
「興味があれば、五十里と来たらいい。歓迎する」
「なにから何までありがとう」
「気にしないでくれ。それじゃあ、五十里」
「ああ。家の方は考えておく。サボテン、ありがとうな。しかし、なんでここまで?」
熊代が優しいことは知っているが、一人の人間にここまでする光景は初めて見た
まさか一目惚れ!?俺のライバルか、熊代・・・!
「心臓、弱いから・・・俺を見たらびっくりさせるかと。だから、悠真がいる間に、ちゃんと友好関係を築いておいて、彼女を怖がらせたりしないようにしただけだ」
「なるほど。本当に優しさの権化だな、熊代」
「それ、悠真だけじゃなくて他の奴らにも言われるが、俺は優しくないぞ」
「「「いや、優しいと思う」」」
俺と羽依里だけじゃなくて、戻ってきた尚介まで首を縦に振る
それを見た熊代は無表情を珍しく崩し、困ったような表情を浮かべていた
「白咲まで・・・まあ、なんだ。こんな見た目だ。驚かせることがあるかもしれないが・・・一年間よろしく頼む」
「うん。よろしくね、熊代君」
新しい関係を得た羽依里を背後で見守りつつ、俺と羽依里は熊代と尚介に別れを告げ、一足早く帰り道についた
・・
家にもどってしばらく
尚介からメッセージで「母さんのご飯完食!」と送られてきた。どれだけ食べるんだ、尚介よ
それから、気になったのでサボテンの花言葉を調べてみた
「枯れない愛、情熱・・・」
確かにこれは前置きをしておかないと、誤解をさせてしまうかもしれない代物だ
誕生日や結婚記念日に贈りやすいとか書いてあるし!
確かに、サボテンはよく枯らすのが難しいとか言われるし・・・趣味のお気軽鑑賞目的で育てるのは楽なのかもしれない
けれど、なんだかなぁ
「羽依里に贈り物、俺もしてみようかな」
熊代と張り合っているわけではないが、ちゃんと恋人らしく何か贈り物をしたいと思う
彼女は何を贈れば喜ぶだろうか
明日からリサーチをしてみようか
そう心に決めながら、俺は布団の中に入る
明日も部活紹介は続く
確か明日は・・・明日は、明日に考えたらいいか
気楽な考えと眠気を混ぜ込んで、今日の俺は眠りにつく
明日もまた、頑張ろう
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