再審判申請

夏伐

第1話

「納得できない!」


 私たちの前には一人の混乱した男がいた。


「神を呼べ!」


 ここへ来た時には無神論者だと豪語していた彼は、今や私たち天使に囲まれて神さまを呼んでいる。


 色んな宗教があるが、無神論者は死んだ時の土地で担当する神さまを決めている。

 男はビジネスの為に海を渡って私たちの担当地区へやってきた。


「タナーカさん、神さまは洗礼を受けた人を優先に対応していますから」


「タナーカではない! ≪タナーカ≫だ!」


 言語が違う所ではこうして自動的に翻訳できるようになるのだが、どうしてもこんな風に誤翻訳が起きてしまう。


「タナーカって言ってるよね」


「神さまを呼べ、なんていう人はじめてみたわ」


 皆がそう口にする。タナーカさんには、きちんと自動翻訳の話はしたのだが、大仰に頷くばかりでどうにも理解しているとは思えなかった。


「私が地獄行きだなんてバカな話があるか!」


 みんなが彼の対応に疲れている。私は、数人を残して他は仕事に戻るように伝えた。

 めったにいないモンスタークレーマーだ。


 この場を立ち去るキューピッドたちはほっとして、恋が芽生える弓をつがえながら立ち去った。この場に残ったのは、案内係や連絡係、役職付きの二対羽たちだ。


 普段は「どうして死んだのか」「あの人は泣いているだろうか」など悲しみで混乱している人間ばかりを相手にしている。ごくまれにこうして「自分は天国に行くべき」と主張する人間がいる。


「日本なら俺は極楽浄土に行く人間だ! 判決は間違っている!」


「天国も地獄もないと行って、生きている間は神はいないと言っていたのでしょう? 今さらそんな事を言っても仕方がないですよ」


 連絡係がそう反論した。

 そのせいか、タナーカさんは激昂し、さらに話が伝わらなくなってしまった。


「アジアの冥界を担当している閻魔大王さま宛てに、向こうでの判決をお伺いしましょう。それで極楽行きだったらこちらでも天国行きに変更しますから」


「ふん、さっさとしろ」


 私は結局、上層部に判断を投げた。人は一日に何人だって死ぬ。人の数だけ人生はあるだからこそ、案内の時点でそれだけ現場は混乱する。


 今日だってまだまだ何人も案内待ちの人がいっぱいいる。


 皆に、その場を任せて私はタナーカさんを天国の一区画に案内した。こちらの判決で、彼は地獄行きだった。

 しかし今は判決保留状態。無下に扱うわけにもいくまい。


 連絡係はこちらでタナーカさんがもめた一部始終をメモ、判決に対する説明もつけてアジアの冥界宛てにメッセージを送った。


 私たちは仕事終わりにぬるいビールを飲みながら羽を伸ばした。天使たちの本当に頭が痛くなってしまう。最近は、神や仏はいないとして増えた無神論者たち。死後、冥界にやってくるタナーカさんのような人は――迷惑だがまだマシだ。


 無神論者たちの大半は浮遊霊だとかそういったゴーストになってしまう。


「今日のタナーカさんは、どうなると思う?」


「どうかな、アジアの地獄では遺族の供養で情状酌量されたりするから分からないよ~」


「はぁ、どちらにせよ仕事が増えたのには変わらないよ……」


 まるでお葬式のようにしん、と静まり返ってしまった。私たちのようなある程度の責任が生じる立場の二対羽。少し前に羽が増えたばかりなのに、こんな問題ばかりが起きる。

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