バスケ少女
くにすらのに
深夜のバスケコート
日中は春の陽気でも夜になるとグッと冷え込む。夏だとこの辺りは暴走族もどきのたまり場になってしまうけど、今の時期だと誰も居ない穴場スポットだ。
ダムダムダムダム
ボールが跳ねる音が聞こえる。こんな時間に私以外が使っているなんて珍しい。気合いの入った暴走族がバスケに興じていたらどうしよう。
バスケなら男子相手にも勝ってやる自信はあるけどケンカは無理だ。
恐る恐るバスケコートに近付くと一人の女の子が誰かと1on1をしているみたいに鬼気迫る表情でドリブルをしていた。
外見だけで判断するなら私と同じくらい。しっかりとフェイントも決めて実践せながらだ。
仮想のライバルを相手にしている彼女は頭の中の動きに追い付けなかったのかボールを取りこぼしてしまう。
コロコロと転がってきたボールを手に取ると細かな傷がたくさん付いていることに気が付いた。
「ありがとう、おじさん」
ノーメイクでマスクをしているとは言えおじさん呼ばわりは失礼過ぎないか? せめておばさん……いや、お姉さんじゃないか? たぶん同年代だぞ。
初対面でなかなかに無礼な絡み方をする彼女に注意しようと思ってもなぜか声が出ない。
私がこの場所を使っていたのは一年前。まだバスケ部だった頃の話だ。なかなか寝付けなくて深夜の散歩としゃれこんで、自然と足が向いたのがこの場所だった。
全国大会の切符を賭けた地区予選決勝で惜敗して、そして……あれ? どうしたんだっけ? この悔しさは忘れようと思っても忘れられないのに、その後の記憶が全くない。
そんな私のもどかしさをよそに、彼女は練習へと戻っていった。
親友の分までバスケするんだと語る彼女の瞳には同年代の子と一線を画した情熱の炎が宿っていて、春冷えにも関わらず汗がキラキラと輝いていた。
「おじさん、いつも夜遅くにありがとうございます」
私を『おじさん』と呼び『いつも』ありがとうと言う。彼女の言葉は何一つ私に当てはまらない。
「娘の夢でもあるからね。それに深夜は危ないから」
「ずっと一人で練習してるって思ってたみたいですよ」
「そうかそうか。バレてないのなら良かった」
「バスケに夢中になると周りが見えなくなる子でしたらかね。ほんと、すごい集中力で。あ……っ!」
せっかくの綺麗なフォームが話しながらだったせいで乱れてしまう。調子よく連続で入っていたフリースローの記録が途切れてしまった。
「すみません、次のチャレンジで失敗したら諦めるので」
「僕はまだ平気だけど」
「さすがに悪いですよ。こんな風に見守っていただいてるだけでもありがたいのに」
スポン! スポン! とリズムよくゴールを揺らしていく。私が憧れたフォームは半年前よりも洗練されていた。
「次で10本目……」
ここ一番でプレッシャーに弱いのが我が親友の弱点だ。普段は私よりも動けるしシュートも決めるのに、土壇場で力を発揮できない。
「やばっ!」
フォームは完璧だったのにボールを離す瞬間の手首が固かった。わずかに飛距離が伸びず、このままだとボールはリングに跳ね返されてしまう。
今は一人で練習しているとしても本来のバスケはチームプレイだ。ここは親友の出番ですよっと。
思い切り手を伸ばしてボールをふわりと持ち上げる。フリースローとしては外れているけどゴールしたことに変わりはない。しっかり2点をゲットだ。
「おじさん、今の見ました? なんかボールの動きが」
「う、浮いた? いや、まさか……しかし」
二人は困惑の表情を浮かべてうろたえていた。そうだよね。二人にしてみれば不思議な現象だよね。だって二人には私が見えてないんだから。
決勝で負けたあと、私は交通事故に巻き込まれた。事故に遭ったことは思い出したけど、痛かったとか怖かったとかの記憶はない。たぶん即死だったのかな。
それで、そっか、相棒は私の分までバスケをしてくれて、お父さんはそれに付き合ってくれてる。
「怖いから帰りましょう。一応10本決めたし」
「そうだね。念のためお祓いでも行く? ちょうどお墓参りにも行くし」
「お寺ってお祓いとかしてくれましたっけ?」
「まあ、いいじゃないか。娘が力を貸してくれるかもしれない」
その娘を祓おうとしてるんですけど。でも、そうだよね。ちゃんと成仏しないと悪霊になるかもしれないし。漫画によくあるパターン。
「だけど、なんか自信が付きました。最後まで諦めなかったらなんとかなるかもしれない。ミスったと思っても、もしかしたらゴールに入るかもしれないって」
土壇場に弱い彼女はもういない。次の夏を迎える頃には高校生として新しいバスケ人生を歩んでいるはずだ。
親友への最後のアシストを決めて、私は夢を託した。
バスケ少女 くにすらのに @knsrnn
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